ナナフシギ・その1
放課後の新聞部。
珍しく静かな午後を過ごす少女が、長机と向かい合っていた。
卓上には散りばめられた写真。
そして書きかけの原稿用紙と新聞のスクラップ。
どれも、この伊勢海小学校の掲示板を飾る『伊勢海通信』を作成するのに用意したものなのだろう。
だが原稿用紙はまだ半分も埋まっていない。
黒髪の少女はペンを置くと、ふぅと一息入れて大きく伸びをした。
「んん……っはぁ。 こうして思い返すと、随分色んな怪異と遭遇したものですね」
新聞部に所属するこの少女、クラヤミ。
彼女は今、この学校を賑わす怪談話についての記事をまとめている所であった。
「この量、流石に一人だと骨が折れますね。 ガオルさん……まだ取材中でしょうか?」
そう呟くと、彼女は壁に掛けてあるホワイトボードに目を移す。
自分の名前、そして同じ新聞を手掛ける相棒のガオルの名、他にも他学年の部員の名前も羅列されていた。
名前の横には、各々が今何をしているかを記す行動表の欄があり、待ち人はというと『取材』の一言。
彼は先日の放送部との対決に勝利し、晴れて転入生のネクロの取材権を勝ち取っている。
丁度その最中で不在というわけであった。
「ふぅ……ですが、弱音を吐いている場合ではありませんね。 こうしている内に、また次の怪異が舞い込んで来るかもしれませんし。 書かなければならない記事がどんどん山積みで嬉しい悲鳴、といったところでしょうか」
疲れた利き手を揉み解すと、再びペンと取って座り直す。
そうして、机の上に散乱する写真を見っ比べ始める。
気まぐれに眼を泳がせて、たまたま目に付いた一枚を取り上げた。
「そういえば……この写真が、始まりでしたね」
目の前に掲げると、彼女の赤い眼に不思議な時計模様が映り込む。
『逢魔時計』、夕暮れにただ一人、クラヤミだけが見た幻。
異界の扉を開き、一夜にしてこの学校を怪異だらけにした原因でもある、思い出の一枚であった。
「ここから数えて、もう怪異の記事が6つ目……とすると、あと一つで七不思議の完成ですね。 あら……?」
ふむ、と考え込むように彼女は写真の角を唇で軽く挟む。
爪を齧るような仕草であるが、こうしていると集中できるのだろう。
しばらく考え込むと、やはりと言葉に出して写真を置いた。
「これだけ歴史のある学校なのに、ここには固有の七不思議がありませんね……? 普通、いくらでもメジャーなものがありそうですが……」
記事の参考までにと、過去の新聞をいくらか漁ってスクラップにしたものの、それでもそれらしきものは見つからなかった。
クラヤミの記事が人気を博したことからも、生徒からの喰い付きは悪くないはず。
それなのに見つからないとは、不自然極まりないことであった。
新聞部に所属しているからこそ、見てもらうための呼び込みやすいネタというものは彼女も知っている。
だからこそ、余計に気掛かりなのだろう。
「でも、いい機会なのかもしれませんね。 この際、私達の代で七不思議を作るというのも面白いかもしれません」
怪訝そうにひそめていた眉をパッと緩めると、途端に彼女が機嫌良く鼻歌を奏でる。
無いならば作る、その発想をえらく気に入ったらしい。
分かりやすくウキウキと手を運ぶと、散らばった写真を並べていく。
「夕暮れの逢魔時計、廊下のテケテケ、裏庭の守神様、体育館の青天井、隣墓場のリビングデッド、そして昨日の窓辺で覗くメノウズ」
時系列順に写真を並べ、その恐ろしい怪異達の姿を一望した。
どれも見るだけで恐怖が蘇り、身の毛のよだつクセモノばかり。
七不思議として語るに十分な面子だろう。
ここにあるのは全部で六つ。
あと一つ、ピースが欠けていた。
「最後の一怪、七つ目の怪談、これをどうするかが悩みですね……」
今のところ、目ぼしい事件は起きていない。
最後を飾るに相応しい、誰もを震え上があらせる恐怖の対象が欲しいところ。
「うぅん、仕方がないですね……とりあえず記事の方向性はこれで行くとして……ここは他の写真で仮置きした状態で進めましょうか」
掲示する記事には規格がある。
全体像から逆算して内容を書きこむためにも、代用品を使ってイメージを掴むつもりなのだろう。
「あら、これは……」
写真の束をめくっていると、怪異に混じって場違いなものが顔を出した。
そこに映っているのは二人の少女。
裏庭の守神様のお社前、そこで委員長のヤガミンと撮った写真である。
「まぁ、そういえば撮っていましたね。 普段、他人を撮ることばかりですっかり忘れていました」
まじまじと自分の映った写真を見つめる。
あまり見慣れていないのか、クラヤミは気恥ずかしそうにしていたが、すぐに違和感を覚えてしまう。
「これは……どういうことでしょう?」
じっと写真の中の彼女を観察していると、何故か自分の姿がぼんやりとして明瞭ではないのだ。
隣に並ぶヤガミンはハッキリとしているため、ピントボケではないだろう。
だというのに、クラヤミだけはまるでモザイクでも掛けたように、あるいは写真に溶けだしていると表現してもいい状態であった。
続きます。




