テケテケ・その7
もはやこれ以上、足掻くことは無駄だと悟り、膝をついて止まりそうになるター坊。
そんな彼のもとへ、テケテケと小さい脚を動かし、ダイコンランがやって来る。
「うぅ、今更なんだよ……」
自分よりも強そうな気配を感じて、さっさと死んだフリをしていた癖に、今頃ノコノコと何用なのか。
下手な慰めは止めてくれとばかりに振り払おうとするが、それでも執拗にダイコンランは彼の手を引いた。
「はぁ? そっちに何かあるってのかよ?」
だが、その必死に喰らいつく様に、どうにも様子がおかしいと気が付き、手を引く方へと導かれてみる。
ター坊よりも余程小さい人形のような大根であるため、引っ張られながらというのはなんとも歩きにくい。
ふとした拍子に、目の前を先導する大根を蹴飛ばしてしまいそうだった。
しかしそれじゃ遅いとでも言いたげに、ダイコンランはバシバシとター坊の脛を叩いて急かす。
「でも、どうせ逃げ場なんて……痛てて、叩くなって、分かった行くってば」
その急かす理由、ぺたぺた床に貼りつくような皮膚を叩く音が、廊下の角から聞こえて来た。
時折聞こえて来る床を掻く音は、以前よりもかなり研ぎ澄まされており、どんどん鋭さを増しているに違いない。
「げぇっ!? マズいぞ、アイツだ、アイツが来るぞ!! あぁもうじれってぇ、オレが運ぶから、お前は案内だけ頼んだ!!」
藁にも縋る思いなら、大根にだって縋ってやろうというもの。
どうせ逃げても無駄なのならばと、いっそのことオバケ大根へ全て賭けてみることに。
肩を下げて動きにくい体勢を起こすと、ダイコンランの頭に生えている葉の根元をむんずと掴んで、ぶらんと持ち上げた。
最初こそワタワタ手足を振って抵抗するも、すぐに状況を理解したのか、案内したい方向へと腕を指してコンパスとなる。
「へへ、コイツはいいや! よっしゃ、行くぜー!」
一度は失った希望の光が灯り、ター坊の顔には自然と笑みが帰って来る。
指し示す先は、何の変哲もない廊下の壁。
それでもコイツを信じると決めたのだから、当たって砕けるくらいの気持ちで、全速力を惜しまず駆けだした。
「そっちか! おーし、やったろーじゃん! どりゃぁぁぁ!!」
壁とぶつかる瞬間、ギュッと目を瞑って、衝撃に備えるために口をキツク結ぶ。
しかし、踏み込んだ先で待っていたのは、堅く冷たい壁ではなかった。
「もがっ!?」
そこはかとないデジャヴ。
目を開いても見ても、何かがター坊の視界を奪う。
彼の頬を包むのは、優しい柔軟剤の匂いと、フカフカのクッションのような感触だった。
「きゃっ!! え……ター坊さん……?」
「ほのほえ、ふふぁふぁみは!?」
「あの、何度も言いたくないのですが、人のお尻で喋らないでください……」
頭の上から、恥ずかしそうに声を震わせるクラスメイトの声がする。
今度は声が二重に聞こえてこないことに安心すると、ゆっくりと顔を後ろにやって、相手の頭を仰ぎ見た。
「ふぃ~……お前は頭が一つだけっぽいな。 ちゃんとケツがあるし」
「はい……?」
「そうだ! お前、どこ行ってたんだよ! 誰もいなくて怖かったんだぜ!?」
どうにも要領を得ないと疑問符を浮かべているクラヤミへ、口早にあれこれ問い詰める。
大根は会話できないし、人と喋るのが久しぶりのような気がして口が止まらないのだ。
「いえ、何処かに行っていたのはター坊さんの方ですよ」
「はぁ!? どういうことだよそれ!」
「あの、落ち着いて聞いてください。 実は、このカメラが反応したので、ここで撮ってみたんです。 そうしたら、突然後ろからター坊さんが現れたんですよ」
そう言って、クラヤミは手元のカメラを見せて来る。
しかし、そのカメラは以前見た形状と明らかに異なっていた。
「うぉー!! なんだこりゃぁ!? 変形すんのかお前のカメラ!!」
新発売の玩具でも見つけたようにター坊は目を輝かせ、クラヤミの手の上で手脚を出し入れするオバケカメラを興味津々で観察していた。
小学男児にとって、ガションガションと形を変えるギミックほど目を引くものはないだろう。
「ですから、落ち着いて……これは玩具ではなく、ター坊さんの大根と同じ、怪異なんです。 どうも、結界のようなものを切り取る力があるみたいでして」
「結界ぃ? なら、オレはどっかに閉じ込められてたってのかよ」
「はい、恐らくは……ター坊さんは『迷い家』というものをご存じですか?」
「いや、ぜんぜん」
「マヨイガ、この場合は迷い学校でしょうか。 それは在るけれど無い場所、あるいは空間のことです。 探しても見つからず、また一度迷い込むと自力で出ることも出来ない不思議な所なんだそうですよ。 言ってみれば、小さな異世界ですね」
「そういやぁ、どこまで走っても出口無かったなぁ」
「やはり……迷い込んだ者の多くは死ぬまで出られず、また、とても怖ろしい怪異の巣窟にもなっているそうですから、ター坊さんは本当に運が良かったですね」
「死ぬまでってマジかよ!! ひぇぇ、この大根とカメラには感謝しなきゃなぁ……って、そうだバケモノ!! あの中でバケモノに襲われたんだった!!」
「本当ですか!? それはどのような見た目でしたか!? 時間がないので、手短に御聞かせください!!」
今度はクラヤミの方が目を輝かせて、バケモノという単語に食らいつく。
落ち着いたいつもの雰囲気とは打って変わり、興奮して赤い目を見開いた表情は鬼気迫るものがあり気圧される。
「ちょちょちょ、落ち着けって! あれは……ん? なんか変な音が……」
「あぁ、楽しみです! 結界を解いた甲斐がありました! 実体験ほど真に迫る記事はありませんよ!」
「オイオイオイ……結界を、解いたってことは……」
恐る恐ると、不気味な音を探る。
ぺたぺたと床を叩く音、ギャリギャリという切り裂く金属音、それは先程まで嫌という程に耳へ届いていた音に違いなかった。
続きます。




