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王子と婚約と戦争と(前編)

 ヴィヴィアン・ベルクラストは王国の聖女である。

 彼女の慈愛と優しさは我が国の誇りだ。


 これが、ヴィヴィアンに対する一般的な評価だ。


 とんだ過小評価だ。


 私、ウィリアム・ウィンザーゲートはそう確信する。



 あれがただの聖女であったなら、今頃、私たちの王国は地図上から消えていた。





 ヴィヴィアンが挙げた大きな功績の一つに難民対策がある。


 私たちのハイランド王国は、今、大量の難民を受け入れている。

 原因は、東の隣国。ローゼルファリア神聖同盟の国内少数民族に対する弾圧が激化していたのだ。

 詳しくは省く。おおむねくそったれの一言で済むからな。


 私たち王家は、その災禍に巻き込まれた人々に対して同情的にならざるをえなかった。

 なにせ、うちの先祖も似たような境遇であったものだから。


 神聖同盟の度重なる搾取にブチ切れて蜂起した辺境民が山岳地帯に立てこもり徹底抗戦だなんだと大騒ぎした結果、勢い余って建国したのがこのハイランド王国で、虐げられた者たちの受け入れはもはや国是とすらいえる。


 しかし、現実は厳しい。

 難民の受け入れは、その必然的帰結として治安と財政の問題につながり、それを見越したヴィヴィアンが全て処置を済ませていたので私達はすることが無くなった。


 父の唖然とした顔と、宰相のドヤ顔を私は今でも思い出す。


 父と私は「いつかあの顔ぶん殴る」という認識で完全なる見解の一致をみた。その日の約束は、いまだ果たされてはいない。








「というわけで俺と結婚してくれ、ヴィヴィ」


「やだよ。ちゃんと段階踏みなさいよ」


「じゃあ、婚約からお願いします」


「まぁ、それなら、しょうが無いか……。って嫌だよ! 何言ってんだよ! それドア・イン・ザ・フェイスだろ、知ってるぞ! 挨拶代わりに押し売りセールスマン・ムーブとかふざけんなよ! そんな王子、普通にお断りだよ! 結婚詐欺士にでも転職する気か、馬鹿!」


「相変わらずの突っ込みのキレ、素敵だヴィヴィ。すごく落ち着く。まるで実家にいるみたいだ」


「そう褒めるなよ、照れるだろ(照)。でもお前の実家は王城だぞ、勝手に住み着くなよ? 私だって屋敷の中の酸素が惜しい」


「酸素って……。そんなの換気するだけじゃん」


「だから、その換気の手間が惜しいんだよ」


「流石にその扱いはひどくない?」



 さて、私の今日のミッションだ。


 このチンピラみたいな公爵家の令嬢に私との婚約を受け入れさせることである。


 拷問かな?


 まぁ、私は出来る王子だ。どんな問題も解決して見せる。大事な一手目は、ドア・イン・ザ・フェイス。初めに高めの要求を出し、あえてそれを相手に断らせることで、次の本命を通す交渉術だ。

 ネゴシエーターとしては初歩の初歩ともいうべき技術で、この程度でなんとかなるなら、私だって苦労はしない。

 案の定ダメだった。


 ちなみに次の手など無い。完全に弾切れだ。どうしよう?


 ヴィヴィアンが用済みの鉄砲玉処分する闇ギルドの幹部みたいな目で私を見た。


「っていうか、お前、その手口教えたのは私だぞ。もしかして忘れたのか? 若年健忘症か?」


「覚えてるよ、もちろんよく覚えてる。…………だからその振り上げた拳を下ろせ。話せばわかる、俺達人類は対話できる生き物だろ、な?」


「いやいや、殴り合いも立派なコミュニケーション手段だぜ、ウィル? 肉体言語って言葉もあるだろ。私の拳とお前の分厚い面の皮で、心ゆくまで語り合おうや」


「それ、『一方的に顔面殴らせろ』って言われてるような気がするんだが」


「そのとおりだが?(心底不思議そうな顔で)」


 なんて女だ。

 「私がお前をボコるのは、木から落ちたりんごが地面に落ちるより自明」って顔をしやがる。

 泣きそう。


「ていうか、前からお前の顔が気に食わなかったんだよ、ウィル。男のくせに綺麗すぎてムカツクんだ。いい機会だしその高い鼻、2cmくらい低くしておかないか? 大丈夫、コンマ五秒で終わるから」


「やめろ。『ちょっと散歩にいかないか』みたいなテンションで人の顔面破壊しようとするのはやめろ。荒みすぎだろ、ここはスラムの路地裏か。ていうか普通に暴行罪だぞ! 犯罪だ! 不敬罪だ! ものども出会え出会え!」


「うるせぇ知るか、この屋敷では私が法だ。喰らえ治外法権近接格闘術(CQC)!」


「うわなにをするやめr」


 ぐえー、私は死んだ。




 私とヴィヴィアンは、幼なじみだ。


 私が七歳、こいつが五歳からの付き合いで、カブトムシの養殖、王妃秘蔵のクッキー窃盗未遂に、羊羹の試作、奴隷密輸組織の輸送隊列襲撃まで、二人してなんでもやった。

 予期せぬ初陣の機会に怖じ気づく私を「大丈夫、大丈夫。殺られる前に全員殺れば、理論上絶対に負けないから」と、クソみたいな理屈をつけて尻蹴飛ばしたのがこの女だ。


 戦闘は我々の勝利に終わり、私は戦争童貞をこいつと一緒に捨てた。

 緊張と興奮で小便を漏らした私に、この女は慈愛と喜悦に満ちた笑みを向けて、こう言った。


 「くさいからさっさと着替えろ、小便王子」


 と。

 なつかしき日の思い出だ。

 あの日の屈辱を、私は生涯忘れることはないあろう。


 いつかぜってー泣かしてやる! と、私はその日決意した。


 以来、敗北続きだ。

 正面から殴りあって泣かされ、遠泳勝負で湖の底に引きずり込まれて泣かされ(本気で死ぬかと思った)、闇ギルドの元締めを泣いて土下座させた時は二人で大笑いしてやった。

 勝利とは常に美味である。


 ヴィヴィアンとはそういう女だ。

 巷では聖女(笑)とか慈愛と献身の聖乙女(大爆笑)とか言われているがほんとうに謎だ。

 それを言うなら、自愛と傲慢の大悪女だろうが、節穴ども。


 三人掛けの大きなソファ、私の隣に座ったヴィヴィアンが「相変わらず肌のキメが細か過ぎてムカツクゥ!」などと謎の奇声を発しながら私の頬を揉みしだいていた。


 痛い。痛いな。私の表情筋を無意味に虐待するのはやめろ! 痛い痛い! ほんとに痛い!


 それとは別に、こいつの髪から良い匂いがするのも別の意味でムカツク!

 クソが無駄に可愛くなりやがってからに! ムラムラする!


「うーん……。肌質がどうしてもお前と同じにならないんだよなぁ……。なんでだろ?」


「遺伝だろ? あきらめろよ。どうせお前じゃ俺には勝てないんだ」


「そうか、よし殺す。お前を消せば私がこの国のナンバーワンだ」


「童話の継母みたいなこと言い出したぞ、この女! ……うわ、やめろ! 無言で両手両足拘束してくるのはやめろ! やめて! 怖い! 乱暴しないで!」


「はいはい、そのぐらいにしてくださいませ」


 ハイジ(22歳、メイド、パワー系)が物理的に私達を引き離した。


 肝が冷えたぞ。

 このヴィヴィアンとかいう女、なまじ美人だから表情消すと超怖いんだよ……。

 我が子にへばりついていたノミかシラミを指先でつぶす瞬間の母親みたいな顔しやがる。


 乱れた髪を手櫛でもって整える。

 私の隣にいたヴィヴィアンもソファの上に座りなおした。


 胡坐で。


 生足がのぞく。慌てて私は目を逸らす。


「で、なんで、またぞろ婚約話? 前に私、「窮屈なの嫌いだから断る」って言ったよね?」


「そんな理屈が通るわけ無いだろ、馬鹿」


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」


 ぎゃー。襲われる! またかよ! 暴力反対!

 ……というか、いちいち煽りにいく私にも問題あるな、これ。


「うち親の命令だよ……。余計なことすんなって、俺も言ったんだ。でも『婚約の了承もらうまで帰ってくるな』って言われて、城を追い出されちまったんだよ。部屋まで封鎖されて、今、家に帰れないんだよ……」


 ヴィヴィアンは「マジびっくり!」みたいな顔をした。


「え、なにそれ、うける(笑)。じゃ、なに、あんた、今、家なき子なの?」


「そうだよ(怒) 帰るおうちがないんだよ。同情するなら今すぐ俺と婚約して……」


「そうかそうか……。私の答えはもちろんNOだ!」


「だろうな、この外道女!」


「お褒めにあずかり光栄の至り」


 こいつに人間らしい感情期待するのが間違いなのか……?

 私の不幸に「くふふ、愉悦!」みたいな顔しやがってからに。


 顔にグーパンぶち込んでくれようか。

 私は、やるときはやる男だ。

 相手が貴族の令嬢や王女だろうが容赦なく顔面を殴りにいくぞ。


 問題はこの女が相手だと間違いなく返り討ちにされることだ。

 こいつんちに喧嘩売った馬鹿が翌日王城の水堀に浮かんでるのと同じぐらいの確率で確実に負ける自信がある。


 というか、粛正した政敵を人んちの庭先に不法投棄するのはどうなの?

 価値観が世紀末すぎて流石に笑うんだけど。


 にしても困った。


 実は冗談では無く、本気で家に帰れないのだ。

 私の家族が全員揃って「ヴィヴィアンが婚約にうんと言わないのはお前が不甲斐ないせいだ! ちん○ついてんのか!」などと叫び出し、俺を城からたたきだしやがったのだ。


 100%こいつの責任だと思うんだが!

 いやちょっとは私のせいでもあるか……。


 意気消沈する私を見て、ヴィヴィアンがにやにや笑った。


「ていうか、城を追い出されたぐらいの話、あんたならどうとでもなるでしょ? 窓から忍び込むなり、西の井戸の隠し通路使うなりなんとでもできるじゃん」


「まず先に言わせてください。うちの実家の緊急脱出路を唐突に公開にするの止めてもらえませんか。ほんと困ります。いざという時待ち伏せされたらどうするんですか。というかなんで知ってんの? 通路の存在とか、王族だけの秘密のはずなんだけど」


「お前ごときがこの私に秘密を持てると思うなよ? 結婚したらガチガチに拘束してやるからな」


「マジかよ(恐)。おまえと結婚するの怖くなってきた。最初から怖かったわ。いまさらすぎる。……で、忍び込む案だけど無理だよ。親父が近衛まで繰り出してきてるからな。俺の親衛隊じゃ歯が立たん。というか立たなかった」


「なにそれ、戦ったの?」


「うん」


「もう内戦じゃん、それ」


 内戦か。そうだな。私が負ける未来しか見えないけどな。一方的な蹂躙になるんじゃないかな。


 私がギロチンにかけられるとき、この女は泣いてくれるだろうか。

 絶対に大笑いする。それも私の泣き顔がよく見える最前列の特等席で。

 間違いない。


「ついでだから言うけど、俺の部屋も完全に封鎖されてんだよ。扉前で腕組み待機した騎士団長が『ここを通りたくば、私を倒してからにすることだ……』とか言ってんだぜ。マジふざけんなよ……。ワンチャンあるかと思ったら普通にボコられたわ、クソが……」


「それでボロボロだったわけだ。……何分(なんふん)もった?」


「四十秒だよ」


「よっわ! 弱すぎでしょ、瞬殺じゃん。パズーの支度すら間に合わないじゃん。それでこの傷の量はやられすぎでは?」


「うるさいよ! 師団長のおっさん1ターン3回行動がデフォなんだよ! 勝てるかあんなもん! あとパズーって誰だよ!」


 私がわめくと、ヴィヴィアンがふっと優しい顔になった。

 その白い手がゆっくりとこちらに伸ばされる。


 愛しげに開く指先は、……サディスティックなオーラが全開だ!


 つつく気だ! 我が生傷を、その指で!(五七五)


 やばい! と、思ったときにはもう遅い。

 肩をつかまれ拘束された私の顔に白魚のごとき指が迫る。

 予想通りの動きだ。歯を食いしばるんだ、私。


 でも、痛いもんは痛い。ぎゃー!

 痛い、痛いよママ!

 絆創膏の上からだってやっていいことと悪いことがあるんだぞ!

 というか、なんで、そう人の生傷攻撃するのに躊躇が無いの、この女!?


 このナチュラル・ボーンいじめっ子が!


 ああ、もう、本当に良い顔しやがってからに。なんでよりにもよってこんなのを私は好きになってしまったのか……。


 顔だな、間違いない(確信)。


「……俺だって婚約は嫌だって言ったんだよ。頑張ったんだよ。でもダメだったんだよ。だからちょっとは労ってくれよ」


「そうねご愁傷様。そういうことなら部屋貸すわ。今、犬小屋しか空いてないからそこでいい?」


「いっそ今からお前の部屋に押し入って既成事実作ったろうか、この野郎」


「私は『野郎』じゃなくて『レディ』だっつってんだろ、何度同じ事言わせんだ、ゴルァ!!」


「怒るとこそこ!?」


 私とヴィヴィアンの婚約話は、今に始まった話ではない。

 ただ、お互い(?)、今の居心地良い(???)関係を変える気はなく、二人で示し合わせてのらりくらりと先延ばしにしていたのだ。


 ヴィヴィアンは「ずっと自由でいたい」と言っていた。

 そして、私も自由なこいつが好きなのだ。


 それが家とか国とかいろんな都合で、いよいよのっぴきならなくなってきた。


 私だって不本意なのだ。抵抗したのだ。

 「戦争だろが……、あいつとの婚約、強制するなら、戦争だろが……!」って勢いで親に楯突いたら容赦なく武力で制圧されたのが今日の朝だ。


 くそ! 大人達はいつも、僕ら子供の思いを踏みにじる……!


「……まぁ、俺の親にしてみたらさ、お前以外の王妃なんて、今更考えられないってことなんだと思う」


「正気か? 首脳部が崩壊するぞ? 悪いこと言わないからやめとけよ」


「おれもそう思うよ! 心の底からそう思うよ! でもこないだの戦争勝ったせいで、そうも言ってられなくなっちまったんだよ!」


「うえええええい! マジかよ、完全にしくじったわ……」


 先月、またしても対神聖同盟紛争が勃発した。

 そしてそれが過去最速で決着してしまったのだ。


 私達王国の完全勝利だ。

 勝因はヴィヴィアンが構築した軍用道だ。


 結果、国王である私の父がぶち切れた。

 ちなみに母のほうは三年ぐらい前から「いつ、私のヴィヴィはうちにお嫁に来てくれるの!?」とぶち切れてるので、今回は関係ない。


 そもそも、ヴィヴィアンはあんたのものじゃ無いよ、ママン。

 今は、彼女自身のものだし、将来は私のものだよ、ママン。


「うちのパパ上がお前のせいで勝ちすぎたんだよ。我が軍の大勝利だよ」


「そうですか。改めてご戦勝おめでとうございます、ウィリアム殿下」


「ありがとうございますヴィヴィアン嬢。……で、戦闘詳報も持ってきたんだけどお前も読む?」


「そうなぁ、一応目だけ通しとくわ。どんだけ派手に勝ったのか正直ちょっと気になってる」


「先に結論言っとくわ。敵の聖堂騎士団所属の精鋭一個師団をうちの近衛と山岳猟兵の混成軍五千で叩き潰した」


「Oh……、何があったというの……」


 私が戦闘詳報を投げつけると、ヴィヴィアンが器用に片手でキャッチした。

 さっと流し読みした彼女が眉間を抑えて呻きだす。


 わかるー。

 私も同じ顔になったー。すごくわかるー。


 今回の敵である聖堂騎士団は、東の大国神聖同盟の最精鋭だ。


 多少弱いのも混じってるとはいえ、全員が魔導士。奴らが地上最強と豪語するのもわからんでもないぐらいには強い。


 それを非魔導師混じりの混成軍約半数で破ったのだ。


「WW2開幕戦でポーランド騎兵隊指揮して、ドイツ機甲師団正面から撃破するようなもんなんだぞおい……」


「そのたとえはよくわからんが」


「うちの陛下がいろいろとおかしい」


「その陛下が『この軍用道を造ったのはだれだぁ!』って騒いでんだよ!」


「あっ、そうなんだ、ふーん(目逸らし)」


 ヴィヴィアンが口笛吹きつつ銀色の髪を掻き上げた。

 ふわりと良い匂いがした。



 ほんと、なんで唐突に女の子の空気出すの!

 私ももう十四歳だから、最近ちょっと気になるんですけども!


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