番外編 肉よ! 肉よ! 2
そして次のお休みに、遠出をして牧場までやってきた。
リベリオがわざわざアポを取ってくれたらしい。
田園風景を抜けた先に、どことなく牧場特有の匂いがしてくる。
それでも臭くて耐えられないというほどではない。ひんやりとした風が絶えず吹いてくるからかもしれない。私の闇魔法で直射日光を遮れば、街中よりずっと涼しい。
「ようこそいらっしゃいました」
出迎えてくれたのは、ここの牧場主さんだった。体つきは立派で、服の上からでもはち切れそうな筋肉が見えるけれど、穏やかそうな表情をしている。尻尾はズボンの中に隠れていて、深く被った麦わら帽子で耳も見えないので、なんの獣人かはわからない。
「は、初めまして! 紗奈といいます。今日はよろしくお願いします!」
「急に頼んですまなかったな」
「いえいえ、リベリオ様の頼みでしたら喜んで。サナさん、ゆっくり見学していってくださいね」
「ありがとうございます!」
牧場主さんは目を細めてニコニコしている。
牧場主さんは仕事があるので、と戻っていった。触ろうとしたり、大きな音を立てないなら好きに見学していいそうだ。
「じゃ、こっちから行ってみるか」
「うん」
広い場所にアヒルのような鳥がたくさんいるのが見えた。悠々と毛繕いをしたり、地面を啄んでいる。
アヒルっぽい鳥は白かったり、まだらだったり、色々な羽の色をしている。
「普段食べてる白肉って……」
「いや、これは卵用だな。肉も食べられるけど、ほとんど加工肉になってる。傷みやすいから塩漬けか燻製にするんだ」
そういえば加工肉もたまに食べる。
しばらく見学して次に向かった。
かなり広いため、てくてく歩き、ようやくついた。またしても広い場所に柵がしてある。
柵の向こうにはダチョウやエミューのような大型の鳥がいた。
胸元だけ赤い羽毛で、冠羽だけヒョロンと長い。太くて立派な脚をしている。
「わあ、大きい」
柵に手をかけようとした私をリベリオが引き離す。
「こいつらは凶暴だから、あまり柵に近寄らない方がいい」
私が柵に近づいたからか、ドドドッと足音を立てて巨鳥が近づいてくる。
「ひゃっ!」
「ほらな」
さすがに襲ってはこないが、近づくとかなり大きい。
威嚇なのか、鋭い嘴をガパッと開けると、ギザギザした歯のようなものが見えた。
……うん、ものすごく怖い。
「柵から離れれば平気だ」
なかなかの迫力なため、見学もそこそこに次に行くことになった。
「あの鳥が普段食べてるお肉ってこと……?」
大きいからお肉がたくさん獲れそうではある。
「いや、これが赤身の肉だ。一般的に赤肉って呼ばれてるやつだな」
「赤身だけど鳥なんだ!?」
意外である。
そういえばダチョウなんかは赤身肉だと聞いたことがあるかも。あの鳥もそういう感じなのかもしれない。
「俺は赤肉好きだな。あんまりクセもないし、引き締まってて食べ応えがある」
「へえ、食べてみたいかも」
またしばらく歩き、最後は鶏肉そっくりの白肉が獲れるという動物のスペースまでやってきた。
さっきまでは草が生えていたが、このあたりはあまり草が生えておらず、足元はぬかるんだ後に乾いたようなでこぼこになっている。沼地が乾いた感じの場所だ。
「……あれ、鳥っぽいのがいないんだけど」
囲いの中にいるのは大きな灰色のトカゲっぽい生き物だけ。たくさんいるが、ほとんど動かず、ぬかるんだ場所に伏せていたり、体に乾いた泥をこびりつかせている。
「これが白肉だ」
「……トカゲじゃん!」
「そうだが」
そうだったのか。思わぬ衝撃である。
私が美味しい美味しいと食べていたお肉はこのトカゲだったらしい。
自分が何を食べているのか、全然わかっていなかったのだと私は今更気づいたのだった。
「見ない方がよかったか?」
「ええと……そうじゃなくて」
「──おや、リベリオ様、サナさん。今からこいつらに餌をやるんですよ。見ていきませんか」
牧場主さんがニコニコして、餌箱らしきものを抱えている。
「せっかくだし、見せてもらおう」
「う、うん」
トカゲって何を食べるのだろう。まさか、虫……?
私は牧場主さんが抱えた餌箱をチラッと見る。あそこにぎっしり虫が詰まっていたら泣くかも。
私はリベリオのシャツを掴んだ。
「ほーれ、餌だぞー」
牧場主さんがニコニコしながら餌箱を置くと、ほとんど動いていなかったトカゲたちがのそのそと集まってくる。
幸いなことに餌箱には虫は入っていなかった。中身は黄色っぽいどろどろしたペースト状の餌だ。
「あの、この餌は何が入ってるんですか?」
「穀物をすりつぶして、水でふやかしてね、それに果物とか野菜を細かく切って混ぜてあるんだよ」
「安心しろ、こいつらは草食だ」
私がトカゲにビビっていることに気づいていたリベリオもそう教えてくれた。
トカゲは、あむ、あむ、とゆっくり餌を食べている。口を開けると、亀っぽくもある。
鋭い歯はないし、動きはなかなかにユーモラスだ。
「……なんか、可愛いかも」
「ありがとうねえ」
呟いた私に、牧場主さんが微笑んでくれた。
「こいつらはねえ、暑さに強くて、病気もかかりにくくて丈夫で、栄養がある。しかも美味しいんだよ。アニムニアが貧しい時にもなんとか食べていけたのは、こいつらのおかげもあるってわしは思うんだよねえ。なんの気なしに食べてる肉かもしれないけど、自分たちの一部になるわけだからさ、覚えておいてくれると嬉しいなあ」
牧場主さんは優しい目をトカゲに向けている。愛情をこめて育てているのだとわかった。
「は、はい。ありがとうございます!」
私は牧場主さんに頭を下げた。
「リベリオ、私、今日来てよかったよ!」
それは胸を張って言える。
「……そうか」
リベリオは優しく微笑んでくれた。
大体、カエルなんかも鶏肉に似ていて美味しいと聞くし。
それにもう散々食べてきて、美味しいと思っていた。
ここは私の生まれた世界じゃない。似ているけど違うものもたくさんある。それでも、美味しいって感覚は変わらないものなのだ。
牧場から帰ると、すっかり日が落ちていた。
家で、牧場で分けてもらったお肉をリベリオが調理してくれる。
赤肉と白肉を別々にローストにしたものだ。
「食べれるか? 無理しなくてもいいが」
「ううん、平気!」
驚いたりもしたけれど、牧場を見に行ったのはいい経験になった。
白肉は柔らかくてジューシーだ。ハーブソルトとリモルでさっぱりしている。
赤肉の方は、驚くことに牛肉の赤身によく似ている。脂はほとんどない。香味野菜とピリッとするスパイスでガツンとパンチのある味付けだが、肉の味が濃いのでまったく負けていない。
「美味しい!」
多分、リベリオからなんの肉か聞いたり、市場で原型を留めた肉として先に見ていたら、変な先入観ができてしまって、食べるのにちょっぴり拒否感が出たかもしれない。
だから、自分の目で見に行ってよかったと思うし、連れて行ってくれたリベリオにも感謝しかない。
「リベリオ、ありがとね」
「ん」
リベリオは唇だけ緩めて、柔らかく笑う。
私もつられて、えへへ、と笑ってしまった。
「カフェでも軽食出せるようになりたいなー。このローストもすっごく美味しいし、パンで挟んでサンドイッチとかもいいよね。うーん、ホットドッグ……ハンバーガー……」
「なら、パンに挟んでみるか?」
「うん!」
私はリベリオにパンを焼いてもらい、お腹がはち切れそうなくらいたくさん食べてしまった。
カフェメニューは決まらなかったけれど、近いうちに軽めのランチになるメニューを作ろうと思う私なのだった。




