番外編 聖なるチョコレートを夢に求めて2
「この店は……輸入の豆やナッツ類が多いな。探してみようか」
「うん」
「おや、リベリオ様こんにちは。何かお探しですか?」
ニコニコ顔のおじさんが話しかけてくる。この店の店長さんのようだ。
「ああ。ちょっと輸入品で変わった物を探していて。……甘い香りのする豆なんだが。種でもいいんだが、そういうものはあるか?」
「甘い香りの豆ですか。ふぅむ。少しお待ちください」
しばらくしておじさんが麻袋をいくつか抱えて持ってきてくれた。
「このあたりですかねぇ。よければ中を見てください。袋を開けて、少し手に取って構いませんからね」
「ああ、ありがとう。サナ、端から見ていこうか」
「うん」
おじさんは私たちを優しい目で見ている。
「リベリオ様の噂の恋人のお嬢さんですね。お探しのものが見つかるといいですね」
「あの、ありがとうございます!」
私は麻袋の中の豆を手に取り、匂いを嗅いでいく。
見た目でカカオ豆っぽいものはない。手に取ってくんくん嗅いでみると、ふわっと甘い匂いがするけれどチョコレートとは似ても似つかない。
「これではないかな」
次のは小豆に似た香りがしたが、やはり違う。
そうして三つ目の袋を開けた。
ふわっと香ばしい甘い香りが漂う。
中身は茶褐色をした豆だ。豆の粒が丸くて綺麗に均一になっている。
「これは香りが強いな」
「リベリオ! これ、探してるのに少し似てるかも!」
「これねえ、ちょっと甘い豆なんですよ。この豆を栽培してる国じゃ、甘味料の代わりにしたり、コーヒーの代用品にするそうですよ。でもアニムニアはコーヒーを飲むし、砂糖の産地でしょう。あまり売れないんですよ」
「あ、あの、これはなんていう豆でしょう」
カカオ豆ではないのは間違いない。しかし、この世界に来てから嗅いだ中で、最もチョコレートに近い香りだった。
「ええと、なんだっけねえ。カロ? カラ豆だっけ」
「──違うよ親父さん。キャロブだよ、キャロブ」
お店の奥に荷物を運び入れていた男の人がひょっこり顔を出した。人間の商人だ。首から通行証を下げている。
「ああ、そうだ。キャロブ豆」
「ん……キャロブって、どこかで……あっ!」
私はふと思い出したのだ。
かつて、高校の同級生が飼っている愛犬にチョコレートケーキを食べさせている写真を見たことがあった。
犬は飼ったことはなかったが、犬にチョコレートは厳禁なのだと聞いたことがあり、焦って同級生に尋ねたのだ。
そうしたら彼女は笑いながら『これ、キャロブ豆で作ったチョコレートケーキだから、犬でも大丈夫なんだよ』と教えてくれたのだ。
なんでもチョコレートに似た風味はあるが、カカオ豆アレルギーの人でも食べられるし、甘みがあるためダイエットなんかにも使われるそうだ。
つまり、チョコレートそのものではないが、代替品として使われていた豆なのだ。
「お客さん、キャロブ知ってるんだ。僕の出身地がキャロブの産地でね。はるばる運んできたから買ってもらえるとありがたいな」
「リベリオ、これ欲しい!」
「ああ。これは菓子を作るのに使えるのか?」
「もちろん! 僕の国では、キャロブを使った焼き菓子が有名なんだ。あと、油脂を混ぜて固めたりとか……でもアニムニアじゃ暑いから固まらないかな。僕の国、百年くらい前に聖女がいたそうでね、なんとキャロブを使ったお菓子を開発したのは聖女だって言われてるんだよ。それでキャロブを使ったお菓子のことを『聖女のとっておき』って呼ぶんだ」
「聖女の……!?」
リベリオは私の方を見た。
キャロブを使ったお菓子を開発したということは、その聖女も私と同じく聖女召喚でこちらの世界に連れてこられた人だったのかもしれない。百年も前というのは気になるが、私と同じ世界から来た人が作ったのなら、キャロブをチョコレートの代替品として使ったお菓子である可能性が高い。
「あの、キャロブを使ったお菓子の作り方も教えてもらえませんか?」
「キャロブを買ってくれるなら構わないよ」
お菓子用なら粉にした方がいいと言われ、リベリオがレシピを聞いている間に粉にしてもらい、木陰カフェに持ち帰ったのだった。
※※※
そうして出来上がったのが、キャロブのチョコレートに、キャロブの焼き菓子、ホットケーキ用のチョコ風ソースだ。
チョコレートだけは私が闇魔法で温度を奪って固めたが、それ以外の工程は全部リベリオがやってくれた。初めて作るものでも、レシピを聞いただけでささっと作れるリベリオはやっぱりすごい。
「わあ……念願のチョコレートだぁ……」
私はちょっと感動しながらキャロブのチョコレートを口にした。
ちょっとあっさりした味だし、独特の豆っぽさや粉っぽさのようなものはある。チョコレートそのままってわけじゃないけれど、それでもチョコレートに飢えていた私には涙が出るほど美味しい。
「美味しい! ありがとう、リベリオ!」
「まだまだあるからな」
「うん! 焼き菓子も美味しいー!」
キャロブの焼き菓子はココア味のマドレーヌに近い。木陰カフェのアイスコーヒーにもよく合うあっさり味だ。
「このホットケーキのソースもいいな。他にも応用出来そうだ」
リベリオも満足そうにしている。
木陰カフェで大人気のホットケーキだが、いつものシロップ以外に選択肢があるのは喜ばれそうだ。
「それに焼き菓子も日持ちするし、カフェで出したら持ち帰りたいってお客さんもいるんじゃないかなぁ」
「そうだな。この香りはサナみたいに虜になる客もいるだろうから」
「あと、チョコレートアイスとか……毎日じゃなくても、特別メニューとして出すのはありかも!」
キャロブの粉は王都のお店に頼み、定期的に仕入れることにした。
甘いものばかりとはいえ、軽食の種類が増えるのはカフェのお客様を飽きさせないためには重要だ。
「それからね、飲み物にも使えると思って……」
私が用意したのはアイスココアだ。
喫茶店のアイスココアって特別な感じがして好きだ。
キャロブの粉と、バニラの香りのリランオイルを少し入れたアイスココア。粉が沈澱しがちなので、マドラーを添えて、リベリオの前に置いた。
「どうぞ、飲んでみて」
「ああ」
リベリオはマドラーでカラカラとかき混ぜてからゴクンとアイスココアを飲んだ。
「結構甘いな。女性や子供に好まれそうだ。だが、俺も美味しいと思う」
「……良かったぁ」
私はリベリオの反応にホッと息を吐いた。
「あ、あの……実はね、私の世界でバレンタインデーっていうのがあって。特に私の住んでた国では年に一度のその日、女の子が好きな人にチョコレートを渡して告白する日って言われてたんだ。こ、このアイスココア、私からリベリオへのチョコレートってことで!」
リベリオは薄荷飴みたいな目を見開いた。
私の方はじわじわと顔が熱くなる。
「そ、そうなのか。サナ、そのばれんたいんでーとはいつなんだ?」
「うーん……こっちとはそもそも暦が違うから、いつっていうのは難しいかな」
「そうか……それは残念だ。それから、チョコレートをもらった場合、何かお返しとか……そういうのはあるのか?」
「うん。クッキーとか、キャンディとかのお菓子をバレンタインデーの一ヶ月後のホワイトデーにお返しするよ」
「分かった。今日をばれんたいんでーということにして、一ヶ月後にサナの好きな菓子をたくさん作る。楽しみにしていろ」
「わ、嬉しいな!」
「それから……」
リベリオは少し屈んで、私の額にチュッと音を立ててキスをした。
「ひとまずお返しの予約をしておく。サナ、ありがとう。サナの気持ちがすごく嬉しい」
リベリオはうんと優しい声でそう言った。
私は顔が真っ赤になってると自覚出来るほどだった。
ドキドキして、リベリオのことを好きになる一方だ。何度見ても、リベリオの綺麗な色の瞳に見惚れてしまう。
「サナ……好きだ」
「わ、私も……リベリオが好き」
私とリベリオは、キャロブのチョコレートより、ずっとずっと甘い雰囲気になったのだった。
キャロブを使った新メニューは、木陰カフェで大人気になった。
特に、これまで客層にあまりいなかった若い女性がたくさん訪れてくれるのでありがたい。
しかも、キャロブのチョコレートや焼き菓子を意中の人へのプレゼントにすると恋が叶うという噂になり、他の店でもこぞってキャロブのお菓子を作り始めた。
街の新しい流行が生まれたのだった。




