番外編 聖なるチョコレートを夢に求めて
「チョコレートが食べたーい!!!」
私はやみくもにがむしゃらに、本音を天井にぶつけるがごとく大声を出した。
チョコレートが食べたい時はマグネシウムが不足していると聞いたことがある。しかし、私はマグネシウムが入ってるものが食べたいんじゃない。代わりじゃダメ。食べたいのはチョコレートなのだ。
とにかくチョコレートを体が欲している。口の中に甘くとろけるチョコレートを放り込みたい。ここしばらくそんな衝動に駆られている。
しかし問題は、こちらの世界にチョコレートがあるかどうかということなのだった。
「あの、リベリオ……チョコレートってある?」
おそるおそる切り出した私に、リベリオは不思議そうな顔をした。
「ちょこ、れ……? なんだって? もう一回言ってくれるか?」
はい。その反応で理解しました。ないんですね、チョコレート。
「やっぱりないかぁ……。あ、一応確認。ココアとか、ショコラとかカカオ豆とか、そういう言葉に聞き覚えは?」
「いや、知らないな。サナの世界の食べ物なのか。どういうものなんだ?」
「ええと……茶色くて、いい香りがして、口の中でトロッと溶ける甘いお菓子。カカオ豆から作られてるんだけど……ああ、私、あんなにチョコ食べてたのに、チョコのこと全然説明出来ない!」
「お、落ち着け」
私はリベリオに渡された水をごくごくと飲み、心を落ち着け、説明を再開した。
「うーんとね、確かこんな形の実で、中の種子部分がカカオ豆だったはず」
私はかつてテレビで見たカカオの形を思い描いて手で形を作る。
「チョコレートっていうのは、そのカカオ豆をすり潰して、砂糖を加えて作るお菓子なのね。自分じゃ作ったことないんで聞きかじりの知識なんだけど、カカオ豆って油脂が多いからすり潰すとペーストになるんだ。そこに砂糖を入れて冷やすと固形になるんだと思う。砂糖入れないとすごーく苦くて、大昔は薬として使われてたんだって。でも香りが良くてね、たまらなく美味しかったなぁ……加工して色んなお菓子にもなって……」
ああ、思い描く懐かしのチョコレート。考えれば考えるほど食べたくなる。
「カカオ豆は暑い国で作られてたはずだから、アニムニアにもあるかなと思ったんだけど……」
「……すまない。今聞いた限りでそれらしい食べ物は思い付かないな」
「ううん、仕方ないよ。植生とかも違うしさ」
「なあ、サナ。一度平日に店を休んで王都の市場に行かないか? ここいらより他国からの輸入品も多いし、サナの探しているのに近いものが見つかるかもしれない」
リベリオはそう提案してくれた。
私の言葉は、聖女の不思議な力が働いている自動翻訳なのだ。
しかし、私の世界と同じ物がないとそのまま翻訳されない。似た味の物でも似ているだけの別物なら翻訳されないので、もしかしたらカカオ豆じゃないけどカカオ豆っぽい物がこちらにもあるのかもしれない。
例えばリモルと私の世界のレモンは味は似ているけれど、違う植物で形も全然別物だから、リモルはレモンと翻訳されることはない。でも小麦は私の世界と同じ小麦なので翻訳がされるというわけ。
リベリオはそれを察して探しに行こうと言ってくれたのだ。
「……カフェを休むのは気が重いんだけど……でも私、行きたい。カカオ豆だけじゃなく、市場も見てみたいし」
「ああ。カフェの方は数日前から告知しておけば大丈夫だろう」
そういうわけで木陰カフェを一日休み、王都の市場へ向かうことになったのだった。
「やっぱり王都ってだけあるねぇ」
行き交う人は多く、建物も大きな建物が多い。
獣人ばかりだけれど、たまに人間の商人も見かける。
とても活気がある市場だった。
「サナ、俺から手を離すなよ」
「うん」
私はリベリオに手を引かれて市場を歩く。
リベリオはこの国の王子様であり、しかも王都なだけあって顔がみんなに知られている。そのため、道を歩いているだけでリベリオはちょくちょく声をかけられていた。
「あ、リベリオ様だ」
「リベリオ様、ごきげんよう」
「リベリオ様、お買い物ですか」
声をかけられ慣れているのか、リベリオは軽く頷いたり手を上げるくらいで、結構な塩対応に見える。
しかし街の人は怒るどころかニコニコしている。随分好意的だ。私にまで優しい目を向けられるので、なんだか不思議な感じがする。
「あ、あの子、リベリオ様の恋人だってー!」
「可愛らしい子ね。リベリオ様、おめでとうー!」
私はその言葉に頬が熱くなった。
でも祝福されるのは純粋に嬉しい。
横目でチラッとリベリオを見たら、リベリオも少し赤い気がした。
……やっぱり嬉しいな。
市場に入り、とりあえず輸入食品の多い店を回っていく。
不思議な食品もたくさんある。
色んな匂いがして、私は頭がクラクラした。
香辛料っぽい匂いもしていたから、上手いこと混ぜたりしてカレーを作れないだろうか。
しかし今日の目当てはチョコレートである。
「甘い匂いだと、こういうのとか」
「ん……シナモンっぽい。探してるのとは違うけど、覚えておこう! あ、こっちの花、バニラみたいな甘い香りがする!」
「リランの花だな。菓子の香り付けなんかに使うんだ。油を満たした瓶にこの花を入れておいて香りを移すんだ。蒸留酒に漬けたりもする。買うか? 瓶入りなら日持ちもするぞ」
「うん、これはバニラオイルとして使えそう! バニラアイスっぽいのを作りたかったんだ!」
ちょこちょこと買い物をしていくが、お目当てのカカオ豆っぽいものはない。
私とリベリオは次の店に向かった。




