54 またのご来店、お待ちしています!
新メニューのプリンとメレンゲクッキーは大好評で、たちまち看板メニューになった。元々砂糖の産地なのもあって、男の人でも甘いもの好きが多い。
そしてアイスカフェオレの方も思っていたより数が出ている。この近隣のカフェはミルクを使った煮出し茶を出しているところがないので、ミルク入りの飲み物を好む人がアイスカフェオレを頼むのかもしれない。
「ごちそうさん。また来るよ」
「ありがとうございましたー!」
時刻はそろそろ夕方になろうとしていた。今日もプリンを注文するお客さんがたくさんいたが、あと一つだけ残っていた。完売は珍しくないけど、もしも余れば私の分にしていいことになっている。久しぶりに食べられるかも、と機嫌よくテーブルを拭いていた。
客足も落ち着いたので、リベリオは一足先に家の奥で片付けに入っている。
ふと人の気配に、私は手を止めて顔を上げた。
「いらっしゃいま──」
そこにいたのは、随分前にリベリオにネチネチ文句をつけて来た山羊のおじさんだった。あの時リベリオに壊された杖は新しいものに変わっている。
この手の人を市民活動家というのだとフォクシーからも聞いていた。リベリオやジーノさんのような王族の動向を見張ったり、反対デモをするらしい。
「なっ、なんの御用ですか」
ついそう身構えてしまうのは仕方がないだろう。また何かあったら投げつけてやろうと、こっそり青リモルを握る。
しかし山羊のおじさんは、ふんぞり返ってフンと鼻息を漏らし、手近な席に腰を下ろした。
「おい、何をボサッと突っ立ってる。ここはカフェなのだろう?私は客だ!」
「え、は、はい……」
私は眉を寄せながらも、お客さんだと言うのなら受け入れようとメニューを持っていく。
まだ閉店前だし、追い出すにしても何かしでかしたらでいい。声をあげれば家の中にいるリベリオがすぐに助けに来てくれるはずだ。
「メニューです。もし良ければ説明を……」
「いらんいらん!このプリンとかいうのとアイスカフェオレとやらをくれ!」
「えっ、でも……分かりました」
アイスカフェオレとプリンは今のところ店で1番高いメニューだ。両方頼めばそこそこの金額になる。説明もなしに大丈夫だろうか、と危惧したけれど、おじさんはせっかちに肩を揺すっていて何度も言い難い。
もし支払いを渋られたら、その時こそリベリオと番兵さんを呼べば良いだろう。
私はそう考えてアイスカフェオレとプリンを準備し
た。
(ああ、久しぶりに食べられそうだったのに……)
艶々の美味しそうなプリンに心の中でお別れをしてミンティオの葉を飾りつけた。
どっちも冷やして山羊のおじさんのテーブルに置く。
「お待たせしました。アイスカフェオレとプリンです」
「……ああ。おい、お前……名前は」
おじさんはこちらを見ようとせず、スプーンを持ちながら私に問いかけてくる。
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。驚いて目をパチクリしながら答える。
「さ、紗奈ですけど……」
「そうか、サナか。私にはサーリナという娘がいた。少し……名前が似ているな」
「え?」
「ふん、言っておくが名前だけだ!サーリナはとても良い子だった。優しく、利口な子だった。……随分昔に熱病で死んだが。悪い水に当たったのだと……あっさりとな。娘だけじゃない。私の両親や弟妹も熱病で死んだ。お前もこの店をしばらく閉めるほどの病で寝込んでいたのだろう。もう体はいいのか」
「あ、はい。えっと、もしかして心配してくれたんですか?」
「ふん、人間の小娘なんぞ誰が心配するものか!」
おじさんはそう言いながら、プリンを大きく掬って口に入れる。
しかし口に入れた瞬間、動きがぴたりと止まり、目を見開く。続け様に二口、三口と口に運ぶ。そのスピードがどんどん上がっていく。
リベリオの特製プリンはとっても美味しいのだ。
あっという間に食べ尽くし、お次はアイスカフェオレに口を付ける。再度動きを止めたおじさんはまじまじとカップを見つめた。
「おい、これはなんだ」
「コーヒーを冷たくして無糖練乳を入れたものです。甘いのが良ければこのシロップを……」
「シロップなどいらん!おま……いや、サナが作ったのか。これは人間の作法の飲み物なのか」
「このアイスカフェオレは私が作りました。人間のというか……私の故郷の飲み物です。アニムニアから、とてもとても遠くて……もう帰ることができないほど遠い国なんです」
「……そうか」
山羊のおじさんはアイスカフェオレが不味いとか口に合わないわけではないようだ。ごくごくと美味しそうな飲みっぷりは常連のマウロさん達とそう差がない。
ただ、それを言葉にしないだけみたいだ。どうも素直じゃない性質らしい。私のことも口ではああだけど、やっぱり心配してくれているのかもしれない。
おじさんはあっという間にプリンとアイスカフェオレを平らげて立ち上がる。
テーブルに置いた額はちょっと多い。私がエプロンのポケットからお釣銭を取り出そうとしたところで「いらん!」と遮られた。
「ふん、釣りなどいらん。取っておけ。私は人間が大嫌いだが、どちらも美味かった。その対価は払う」
「あ、ありがとうございます。あの、お客さんはどうして人間が……」
私はついそんな言葉が口から出てしまっていた。深入りすべきじゃないのは分かっている。好き嫌いに理由なんてないこともある。それでも、山羊のおじさんは前より嫌な人には思えない。居丈高だしちょっとムカッとくることもあるけど、おじさんが人間を嫌うのには、それなりの理由があるかもしれない。
私はそれを知りたいと思った。
おじさんは私の方を向かなかった。手にした杖を撫でている。
「ふん、大した話でもない。私にはサーリナ以外にも娘がいた。当時はまだ人間の通行証がない頃で、あちこちを人間が闊歩していた。ある日突然、娘は姿を消した。人間の商人の男と話しているのが最後に目撃されていた。……そんなことがよくある時代だった」
私は絶句した。何か言おうとしたけれど、唇が震えるだけで言葉にならなかった。
「昔は熱病も頻繁に流行した。水は今のように綺麗ではなかったし、渇水も多かった。この国はとにかく貧しかった。近隣から掠奪しに来た人間と小競り合いになったことだって何度もある。この足もそれが理由だ」
おじさんはそう言いながら杖を示した。
「だがね、ただ人間が嫌いというだけではない。彼らも掠奪せねばこの厳しい土地で生きていけなかった。貧しいことこそ悪だ。私はそれを正したい。そのために強い指導者が欲しい。だから私は私の活動を続ける。サナが聞きたいのはそういうことだろう」
「……そうです」
「人間の通行証を完全撤廃する動きが出ている。ジーノ殿下が言い出したことだ。だが私は早計すぎるように思える。……犠牲になるのはいつだって弱い者だ」
「……そうかも、しれません。でも……」
「私は世間の理解もいらない。憎まれても構わん。国が決めたことに唯々諾々と従う人間だけになるわけにはいかんからだ。生きている限り、口うるさい嫌な爺さんでいてやるさ」
おじさんはそっぽを向いて私の方を見ようともしない。
強い指導者が欲しい。でも言いなりにはならない。相反しているようで、でも私には少しだけ理解出来る気がした。
「……あの!おじさんの名前を聞いてもいいですか?」
「……そうか。私の方は名乗っていなかったな。キアフだ。別に覚えなくていい」
去ろうとするキアフさんの背中に私は声をかけた。
「あの、キアフさん。ありがとうございました。またのご来店を……」
「……もう来んよ。私は忙しいんだ!」
コツン、とキアフさんの杖が地面を叩く。
「だが、あのプリンとかいう菓子は美味かった。……きっとあれを作った者は、国政などよりずっと料理人に向いているんだろうさ」
「あ……」
キアフさんはプリンを作ったのがリベリオだと気が付いていたのかもしれない。今度こそ立ち止まらずに去っていった。その背中はとても小さく見えた。
私は行き場の失ったポイントカードをエプロンのポケットに戻す。テーブルを片付けて室内に戻ると、思いの外近くにリベリオが立っていた。
「……サナ、お疲れ」
「うん……あの、聞いてた?」
「……まあな。別に平気だ。それよりやっぱり、サナは強い。真っ直ぐで綺麗だよ」
「……全然、強くなんかないよ」
真っ直ぐかどうかも分からないし、リベリオほど綺麗な人に綺麗だなんて言われるのは恥ずかしい限りだ。
「でも、カフェをやってみてよかったなって。普通に生活すると会わないような色んな人と話すことが出来る。そうやって人の話聞いてさ、これからも少しずつ成長していけたらなって」
私は木陰になりたい。
この暑い国で、私の木陰の下で、たくさんの人がゆっくりのんびりして、おばあちゃん直伝の冷たくて美味しいものを飲んで、少し元気が出るように。
「って、お客さんだ!?」
人の話し声が聞こえて、外の方を振り返る。
「片付けはやっておくから。……困ったら呼べ」
「うん!」
私は慌てて表に飛び出した。
「いらっしゃいませ!」
「おや、本当にこんなところにカフェがあったのか」
「この中は涼しいね。今日は夕方になっても暑くてたまらん!」
二人連れのお客さんは一見さんのようだ。二人とも暑そうに汗をかいている。
「なあ、冷たい飲み物があるって本当かい」
「さっき大通りで暑い暑いってボヤいてたら、知らない爺さんがここの飲み物は冷たくて美味いって教えてくれたのさ」
きっとキアフさんだ。本当にあの人は素直じゃない。
「はい!木陰のように涼しいカフェで、冷たくて美味しい飲み物をご用意しています!」
私は笑顔でメニューを差し出した。
「木陰カフェに、ようこそ!」




