52 赤リモルミルクはうんと甘くして
おばあちゃんの家にはイチゴのスプーンがあった。ただ可愛いだけのものだと思っていたが、昔はイチゴを潰すのに使っていたと教えてくれた。砂糖と牛乳をかけて食べるらしい。コンデンスミルクをかけることもあったそうだ。昔のイチゴは酸っぱかったから、と。
それをふと思い出し、もらった赤リモルに練乳をかけてみた。
無糖の練乳だけど、赤リモルは甘めだから甘くない方がいいかもしれない。
予想通り、果実の甘酸っぱさに練乳のミルキーな風味がとても美味しい。赤リモルは果汁がイチゴより多いので濃厚なイチゴミルクを飲んでいるみたいだ。イチゴの粒々感がないから、少し物足りない反面飲みやすいとも言える。
「もらったの全部食べちゃいそうなくらい美味しい!」
けれどそのまま飲み物にするには濃すぎる。
アイスにするのならもっと濃いくらいでもいいかもしれないが、今日は魔力を多く使うアイス作りは控えておいた方が良さそうだ。
代わりに、今までのリモルと同じようにシロップを作ってみた。砂糖もたっぷり入れることで痛みやすい赤リモルも保存が出来るように。
時間も量もないのでグツグツ煮込む。出来上がったのはイチゴジャムよりサラサラしたシロップだ。ぺろっと舐めてみるとかなり甘い。
「うん、パンに塗っても美味しそう」
少し甘すぎる気もしたが、炭酸水で割った時、かえってジュースっぽくなっていいかもしれない。
水と炭酸水で割ってみたがどちらも美味しい。赤い綺麗な飲み物になった。量が少ないのが難点だけど、赤リモネードと赤リモルスカッシュとしてお店で出せる味なのは間違いない。甘さの調整に青リモルを少し絞るといいかもしれない。
「それからイチゴミルクもいいよね!」
無糖練乳は加熱して牛乳を濃縮させていたはずだ。と言うことは再び水を足せば牛乳の状態に近くなるのではないだろうか。
私は無糖練乳に水を入れてみる。練乳の濃さを分けて3種類作り、赤リモルのシロップを入れてみた。
「ん、美味しい!どれもいいけど2番かな」
忘れないように分量をメモする。メモはまだ日本語だ。
赤リモルが少ししかなかったのでシロップはこれで終わってしまった。試作として上手くいっても量がないと限定品の飲み物にしかならない。明日からカフェは再開する予定だけど、新メニュー予定の赤リモルは先延ばしにするしかなさそうだ。
「……うーん。多少割れててもシロップにするなら問題ないし、マウロさんに頼んでおこう」
そう思った時、扉がノックされる音がした。リベリオだ。
「サナ、ちゃんと大人しくしてるか」
「し、してるよ!」
リベリオが食材の入った袋を抱えて入ってきた。
私がふらふら出歩かないよう、ご飯を作りに来てくれたのだ。リベリオはまだロザーン絡みのことであちこちに転移したりと忙しいから悪い気もする。しかしリベリオの顔を見られたり、美味しいご飯が食べられるのは純粋に嬉しい。
結局、当事者の私が1番ゆるゆるな生活を送っているのだった。フラン達のことは心配だけど、『ロザーンの聖女』は役割を終えて消えたことになっている。顔を出したらトラブルになると思えば、もうロザーンには行かない方がいいだろう。行くつもりもなかったけど。
「サナ、ロザーンのことだが……どうする、聞くか?」
「聞きたい!」
「まず、お前をさらった首謀者のアンドレアとその直属の魔法士は捕まった。……おそらくアンドレアは生涯幽閉だろう。強力すぎる魔道具を長い間使いすぎた代償で体のあちこちがもう動かないそうだ。生かしていても、もうサナの消息を追うことは無理だろうと。それから、サナが気絶したあの後、ほとんどの兵がフラン側に下り無血開城したらしい。別の場所に囚われていた国王と王妃も見つかった。少し衰弱していたが命に別状はないらしい」
「そっか……」
フラン達や、マルグレートは無事みたいで安心する。それから国王と王妃ということはおそらくフランの両親だろう。そちらも無事だったようだ。
だとしても、これから国を立て直していくのはきっととても大変だろう。本当なら聖女として呼ばれた私が手伝うべきなのかもしれない。でも私はアニムニアを選んだのだ。
「……お前が気に病むことじゃないからな」
「うん……」
リベリオは袋を抱えていない方の手で私の頭をポンポンと軽く叩いた。
また心配させてしまった。
私は気合をいれるために両頬をぺちっと叩いた。
「リベリオ!私はもう大丈夫だから!それより新メニュー開発をしてたんだ。熟した赤リモルを使ってみたんだけど──」
リベリオに今日試した内容を告げる。リベリオはちろっと横目で見てくる。信用してない目つきだ。
「火傷とかしてないだろうな」
「もう、してないってば。それに今日は魔力の酷使もしてません!まだ赤リモルミルクあるから、飲んで意見聞かせてよ」
アイスを作るのは止めておいたのだ。褒めて欲しいくらいだ。
「どの濃さがちょうどいいかなって。無糖練乳使ってて、水で濃度の調整してるから」
「どれどれ」
リベリオはイチゴミルク──もとい赤リモルミルクのカップを取り上げて順番に飲んでいる。
「あっ……」
そこで私はそれらが自分の飲みかけだったことを思い出した。
──これってつまり、間接キスだ。
頬がじわっと熱くなる。これくらいで恥ずかしいなんて、自分のことながらとんだ乙女だ。
リベリオは気付いてないのか普通の態度。
「そうだな、二番目のこれがいいと思うが」
「あ、うん。そ、そうだね。私もそれがいいかなって……」
しどろもどろな私にリベリオは首を傾げている。
「どうした?まさか熱が出てきたのか?」
「いや、違くて……!」
「じゃあなんだ。新しい飲み物が出来そうで興奮したのか」
「ち、違うよ……!本当になんでもないというか、今リベリオが飲んだやつ、私の飲みかけでもあるから……!私の世界だと間接キスってやつで、ちょこっと気恥ずかしいだけ!」
私はもう熱い頬を隠せもせずにそう言った。リベリオとは恋人らしき仲にはなったけど、その手の進展は一切まだだ。おでこにキスをされただけ。
てっきり、自意識過剰だと笑われるか、さもなくば揶揄うか、その程度だと思っていた。
だから私はリベリオを見て目を丸くした。
リベリオの頰が赤リモルミルクみたいなピンク色に染まっているではないか。
「えと、間接キスとか、アニムニアじゃまずかったかな……?」
「……サナがそんな可愛いことを言うからだろ」
そっぽを向くリベリオの頬はまだほんのり染まっている。
でも怒っているわけではなさそうなのは、その白銀の尻尾がパタパタと揺れていることから察せられる。
「あのさ、アニムニアでも唇にキスとか、するの?いや、変な意図じゃなくてさ、私の故郷とこっちの世界の愛情表現って違うかもって……」
「……する」
「そ、そっか……」
変なことを聞いてしまったと、熱い頬を押さえた。きっとリベリオよりずっと赤くなっている。
その頬にリベリオの指が触れてドキッとした。
「……しても、いいか?」
「えっ!?あ、えと、うん、はい。……お願いします……」
一歩前進。
ファーストキスの味は赤リモルミルクよりもずっと甘々でしたとさ。




