51 お見舞いと無糖練乳
「まったくの健康体ですね」
そうお医者さんからお墨付きをもらった私だけれど、リベリオの言うことをちゃんと聞いて数日のお休みをもらった。
けれど私にとって、すっかり仕事兼娯楽になっているカフェに出られないのは暇を持て余してしまいそうだ。
そう思っていたのだけど、来客がちょくちょくあってそれほど暇には感じなかった。
リベリオがごく一部の事情を知る人以外には、暑さに当たって私が寝込んでいると説明してくれたらしい。私が遠くから来た人間だということは知れ渡っている。この暑さに体調を崩す人間は存外に多いらしく、疲れが出た頃に油断すると特に悪化するなんてこともあるそうだ。この数日のお休みは常連さんたちを随分と心配させてしまったらしい。
「サナちゃん!無事でよかったわぁ!もう心配で心配で」
シビラさんたちには隣人なだけあって、事情を知らせたそうだけど、お見舞いと称して顔を出してくれた。顔を出すだけに留まらず、目をうるうるとさせたシビラさんにぎゅうっと抱きつかれてしまう。
「こらこら、シビラ、苦しそうじゃないか……妻がいつもすみません。これお見舞いの品です」
「え、すみません。もうすっかり元気なんですけど……」
「それなら尚更です。お口に合うかわかりませんが、食べてください」
カストさんから渡されたのはガラス瓶だ。
練乳のような白くてトロッとした液体が入っている。
「それほど日持ちしないけど、コーヒーに入れても美味しいわよ!」
「コーヒーに……?あの、これって」
「無糖練乳よ。アニムニア産じゃないから、早めに食べて」
「練乳!?それって、もしかして牛乳を煮詰めた……」
「そうそう、濃縮乳ともいうかしら。アニムニアじゃあんまり牛乳を飲まないのよねー。でもサナちゃんは涼しい地方から来たのでしょう。こういうの好きかと思って」
「栄養があるので病後の食事に混ぜたりもするそうです」
「あ、ありがとうございます!」
私は牛乳といえば生乳という感覚で探していたのだが、アニムニアは暑いのもあって牛乳を扱っている店は近隣にはなかったのだ。あっても鮮度が気になるものだけ。もう匂いからして飲める気がせず、ミルクたっぷりのカフェオレもミルクティーも、それから牛乳を使うお菓子の数々も作ることが出来ず、レシピもお蔵入りになっていたのだ。
しかし無糖練乳──つまりエバミルクがあるのならまた話は変わってくる。
牛乳や生クリームとはまた使い勝手が違うとは思うけど、確かシンガポールあたりの国ではコーヒーに入れると聞いた気がする。お菓子のレシピでも見たはずだ。
それに人間街で飲んだチャイによく似た煮出し茶なんかも出来るだろう。
「カフェの再開までにこれで研究します!」
「あら、喜んでもらえてよかった!」
「体はくれぐれも無理せず。ですが、カフェが開店したらまた冷たいアイスコーヒーを飲みに来ますね」
「ええ、私たち、すっかりアイスコーヒー中毒なんだから」
おどけたみたいに言うシビラさんに私は笑顔を返した。
「嬢ちゃん、暑気あたりだって聞いたぜ」
「あ、マウロさん!いやあご心配おかけしまして」
「アニムニアの暑さはきっついからなぁ。人間の商人もちょくちょく体調を崩すらしい。嬢ちゃんも働きすぎて疲れが溜まってたのかもしれねえ」
「え、ええと。そうかもしれないです」
マウロさんは私が体調不良で倒れたと聞いて心配してくれたようだ。
「獣人がこの土地に入ってきたのはかれこれ百年くらい前でな、まあ人間との戦争に負けたご先祖が逃げ延びて来たのさ」
「……そうだったんですか」
「ああ、あんまりにも暑いし、昔はここら一帯は荒地だったらしくてな。そんなとこだから誰も住んでなかったんだ。俺の死んだ婆さんの、その親世代かね。やっぱり暑さで体調崩して死んだ奴も多かったそうで──いや、縁起でもねえ!悪かった」
「いえ、私はもうこの通り元気なので!」
「そうかい。でも暑さにはリモルがいいんだってよ。リモルを植えるようになったら、俺ら獣人は暑さに耐えられるようになったらしい」
やはりビタミンとかクエン酸とかの栄養面なのだろうか。
「ほら、前に話したろう。例の赤リモルも持ってきたんだ。少し割れてるのもあるから早めに食べてくれ。とにかく普通のリモルとは風味も変わって、甘い匂いになってるんだ」
「へえ、これが赤リモルですか!」
割れているせいか、籠ではなく陶器の入れ物に入っている。真っ赤な見た目は完全にプチトマトのようだが、熟した甘い香りがする。
「この香り、どこかで……」
「割れてるのはいっそ潰して炭酸で割るのもいいかもしれねえ」
「ありがとうございます、美味しそう……さっそく一個頂きます!」
甘い香りに抗えず、私は一個つまんで口に放り込む。
皮はかなり薄くて柔らかい。噛むまでもなく、口の中であっさりと潰れて果汁が口の中に広がる。
ベリー類のような風味。苺より味が濃くてラズベリーやカシスに近いかもしれない。甘味もあるが決して甘すぎない爽やかさがある。
「美味しい!」
私は目を見開く。
元々青いリモルは酸味が強くてレモンそっくり。黄色はオレンジとレモンのあいのこくらいで、やはり柑橘の風味が強かった。だから完熟になると、むしろベリーに近い風味なのが驚きだ。
「美味いだろ。店には滅多に出回らない特別品だ。とはいえ、最近は熟すのが早まって、毎日その分量くらいなら収穫出来るようになってきたんだ」
「あ、あの、収穫出来た時だけで構わないので、これを仕入れさせてもらえませんか!?」
もう考えもせず、反射的にそう言った。
シロップにしてもいいし、お菓子にしてもいい。
「そりゃ構わねえけど……。割れはどうしても出ちまうけど、いいか?」
「大丈夫です!限定品になっちゃうかもですが、赤リモネードに赤リモルスカッシュ、絶対に美味しいですよ!」
「おいおい、あんまり興奮するんじゃねえぞ。また倒れたら俺が殿下に怒られちまう」
やれやれ、と肩をすくめるマウロさん。
でも私はやれることが増えてガッツポーズだった。




