48 打倒アンドレア、のその前に
「あのぉ……フラン」
「……あの指輪の力は本物です。我が国の最高の力を持つ魔法士が持てる魔力の全て使って攻撃魔法を放っても完全に無効化してしまいます。いえ、一人分だけならず、魔法士軍団の集団魔法さえ無意味でした」
「そ、その指輪のことなんだけど」
「しかしながら、獣人は魔法より膂力や腕力で戦います。我々獣人がアンドレアを制すれば……」
「ええ。だからこそ兄にとってアニムニアが脅威なのです。ですが、兄は剣もかなりの使い手です。いくら屈強な獣人といえどそう簡単には……。さらに心酔する魔法士を使い、身の安全も守らせている。いくら近接に強い獣人の方でも、兄に近づくのは容易ではありません」
フランとジーノさんの会話は続いている。まったく口を挟めない。
「ふむ、ちょうど三すくみのようになっていると」
「はい。ただ、指輪の効果を一時的に無効化出来る可能性があります。僕はそのためにこのロザーンに戻ったようなものですから……。この命に変えても、アンドレアを止めます」
「フラン殿、なにをする気なんですか」
「……あの指輪はどんな魔法攻撃にも耐えます。しかし、魔道具の一種であることに代わりありません。王族であり、指輪への適性を持つ僕が指輪へ魔力を大量に注ぎ込み、一時的に魔力の過充電状態にするのです。とはいえ僕の魔力だけでは足りません。ですが、このテアは精霊信仰の強い土地の生まれで、並の魔法士よりもよほど魔力が多い。僕らが命を賭して行えば、一時的に指輪を使えなくすることが出来るでしょう」
「あ、あのー……」
「そんな!それではフラン殿とテア殿は……」
「はい……おそらく生存は難しいでしょう。ですがアンドレアを恐れている人間が立ち上がり、きっと倒してくれるはずです。僕はロザーンの国民を信じていますから」
「私も最期までフラン様のお側にありたいと……」
フランとテアさんはもう決意したみたいな表情で頷きあっているし、ジーノさんやロッソさんも真剣な表情だ。
私の話は誰も聞いてくれない。いや、指輪を壊したと責められるのが怖くて、声を張り上げられなかっただけだ。
私は意を決して大きな声で割って入った。
「あ、あのっ、聞いてくださいっ!」
フラン達の視線が一斉に私の方へと向く。
ちょっとドギマギして、手をぎゅっと握りしめる。
「サナ……僕達を心配してくれるのはありがたいけど、もう君を危険な目に合わせるわけには……」
「ち、違うんです!いや、フラン達が心配なのはそうだけど、そうじゃなくて、ゆ、指輪……っ!」
私は息を大きく吸って言った。
「ごめんなさいっ!壊しちゃったんです!」
その場で頭を下げる。
「……えっ?」
フランのきょとんとした声に、心臓がきゅっとした。
「その、指輪です。アンドレアの指輪、壊しちゃいました……ごめんなさい!いえ、ごめんで済むことじゃないのは分かってます。国宝だなんて……代わりなんてないですよね……でも、その、無我夢中で……わ、私……」
「サナ、ちょっと落ち着け」
寝てると思っていたリベリオが上体を起こし、私の背中に手を当てた。
リベリオのあったかい手のひらの熱が伝わってくる。やっぱりリベリオがそばにいてくれると私は落ち着くことが出来るみたいだ。
「私、アンドレアのしていた指輪を壊しました。中指に付けていた、金色の指輪です。ええと、アンドレア本人が魔法は効かないって言っていたから、多分、そのフランの言う国宝の指輪なんだと思う」
「サ、サナが……?どうやって?」
ようやく意図が伝わったみたいだ。フランは目を大きく見開いていた。
「アンドレアに髪飾りを奪われそうになって、無我夢中で、魔力の塊みたいなのが体から飛び出て、アンドレアに当たったというか……。そうしたら指輪の色が変わって、アンドレアが痛がったと思ったら粉々に……」
しどろもどろな説明だけれど、なんとか言い終える。
身を守るためとはいえ、国宝を破壊してしまったのだ。日本で言えば三種の神器みたいなものだろう。賠償出来るようなものではない。そもそも私にはまだ財産らしい財産すらないのだ。
「サ、サナちゃんが……」
「サナ、ほ、本当に指輪が粉々になるのを見たんだね?」
「は、はい。間違いなくこの目で見ました。アンドレアも指輪がぁーって言ってたから」
私は覚えている限り、アンドレアとの話をフラン達へ聞かせた。
指輪が壊れた時に、部屋に張られていたらしい結界も消えたことも。
「ああ。確かに、突然サナの持ってるはずのアデル石の反応が現れた」
リベリオもそう言ってくれる。
「なので、間違いなく指輪は壊れちゃったと思う……。私じゃ、お詫びのしようもないんだけど……」
私はおそるおそるフランの方を見る。
フランはといえば、顔を手で覆ってしまっていた。しかも震えてさえいる。
まさか泣いてしまったのかと肝がきゅうっと冷えた。
「あの……ごめんなさい……」
「何を言ってるの、サナちゃん!」
「ああ、よく見てみろ」
「ええ、本当に……」
テアさんとリベリオそれからジーノさんに言われてフランをよく見る。
「くっ……あは、あははははっ!」
途端、フランが弾けるように笑い出す。
泣いているのでも、怒りを堪えているのでもなかった。
「え、笑ってる……?」
「ふふ。そりゃ、笑っちゃうわよね。私とフランが命を賭けても一時的に機能停止出来るかどうか、って指輪だったんだもの……おかげで私達は命を捨てずに済んだも同然だわ」
「はははっ、あー、お腹痛い!ええ、はい、その通りです。……サナは本当にすごい!」
「驚きました。聖女の力はそれほどなのですね」
「ボクらは獣人なんで魔法関連はそれほど詳しくないですが、サナさんのはさすがに別格としか……」
「僕とテアの命の恩人ですよ!」
笑い転げ、今度はお腹を押さえているフラン。目尻にちょっとだけ光るものがあるのは、笑い過ぎのせいなのかどうか。
「じゃ、じゃあ賠償とか……しなくて大丈夫?」
「当たり前です。僕の王家の血に誓って、サナのせいにはしません。それに何より聖女がこのロザーンに、もうあの指輪は必要ないと判断したんですからね。もはや神託のようなものでしょう」
「よ、よかった〜」
私は体の力が抜けて、ヘナヘナと壁にもたれかかる。
そんな私の様子に、馬車の中にくすくすと笑い声が広がった。




