41 諦めない!
そうだ。私は諦めたりなんかしない。
絶対にリベリオが助けに来てくれるはずだ。私はリベリオを信じている。
だとしても、このまま待っているだけなのは精神上よろしくない。
やることもないし、とりあえずこの部屋を漁ってみようかと思ったが、一歩踏み出したことで体がふらついた。
転移のせいもあって、まだ本調子ではないようだ。それはどことなく以前にもあった、魔力の使い過ぎで起こる貧血にも似ていた。
「ま、まずは休むのが先決かも……」
私は這々の体で大きなベッドまでたどり着き、着替えもせずに横たわって目を閉じた。
決して手から離さないように髪飾りを握りしめると穴の中に落ちるかのように、一瞬で意識を失った。
目が覚めたら朝になっていた。いや、時計がないので朝かどうかも分からない。とにかく昼間の光が窓から入って来ていた。かなりの長時間眠っていたような頭がぼんやりと痺れた感じがある。
部屋の中は煌々と明るい。今気がついたけど、昨晩から室内を照らしているのは蝋燭ではなく、シャンデリアに嵌め込まれた石が直接光っているのだ。まるで日本の照明器具みたいだ。アニムニアではオイルランプが主流だったので、光る石を照明にしているロザーンの方が、よりファンタジー世界っぽい気がしてしまう。
体調も眠ったせいか悪くはなさそうだ。じんわりとした疲労感はあるけど、痛い場所もない。
と、なればまずは部屋の中を探ってみよう。
私は明るい日差しの入ってくる窓へと近付いた。窓はちゃんとしたガラス。しかもアニムニアではほとんど見かけなかった透明な板ガラスが入っているから驚きだ。窓の大きさは私の肩幅よりも少し小さいくらい。縦に持ち上げて開くタイプの窓のようだ。だが、手にかけて持ち上げようとしてもぴくりともしない。鍵が掛かっているわけでもないのに接着されたように開かないのだ。
上手くすれば窓から脱出出来るかと思ったが無理そうだ。他の窓も同様だった。窓の外は芝生と生い茂った木々しか見えない。比較できそうな物がないから分かりにくいけど、ゆうに3階から5階くらいの高さはありそうだ。仮に窓から出れたとしても私では降りることが出来そうにない。落ちたら大惨事になりそうだし。
窓からの脱出は諦めて室内の物色へと戻る。何か窓をこじ開ける道具やロープになりそうな物があれば窓からの脱出も再検討出来るかもしれない。
だが、まず部屋にあるベッドは重すぎる。貧弱な私では動かせないのは当然として、踏み台になりそうな椅子やテーブルも床に接着してあり、動かすことが出来なかった。道具も同様、動かせるのは水の入った水差しとカップがあるくらいで、どちらも金属製で丸みを帯びている。せめて陶器だったら割ってかけらを窓の隙間に差し込んでみるくらいはできたのに。
と、そこで私は気がついた。一見豪華な綺麗な部屋だけれど、私が自殺や自傷すら出来ないようになっていることに。
天井は高く、シャンデリアにも全く手が届かないし、部屋中探してもフックの類も何か引っ掛けられそうな物もない。家具や取手も角が丸く、つるつるに磨かれている。
自殺するつもりはないけれど、自分の命を使って脅しをかけることすら出来ないようだ。
無意味に終わった家探しを終えるとひどくくたびれてしまっていた。
しばらくしてガサゴソした物音で私が起きたと気が付いたのか、昨日の能面みたいな無表情なメイドさんが入って来た。
「着替えをお持ちしました」
服だけではなく、桶と布類もあるから体を拭くくらいは出来そうだ。
「着替えをお手伝いいたします」
「結構です。自分一人でやりますから」
この人が悪いわけではない。でもつい刺々しい口調になってしまう。
メイドさんはそれ以上何も言わずに頭を下げて部屋から出て行った。
顔を洗い、体を拭いてから着替えをする。幸い着付けの難しい服ではなかった。アニムニアより寒いので、着替えたことでうっすら感じていた肌寒さもなくなった。もちろん忘れずにリベリオからもらった髪飾りを頭に付ける。
まだ閉じ込められたばかりなのだ。これくらいで諦めてしまってはリベリオに笑われてしまう。
その後、また同じメイドさんが食事を運んできた。
だが食器も簡単に割れない金属製だし、カトラリーもスプーンしかなく、ナイフやフォークすら持たせてはもらえないようだ。しかも食後はそのスプーンすらしっかり回収されてしまった。食事の味は冷めているせいかそれほど良くはない。奴隷として檻の中にいた時よりはマシだってくらい。リベリオのご飯が最高に美味しいのは当然として、フォクシーの料理もとても美味しかったので随分と舌が肥えていたようだ。食べ物が美味しくないのもあって、ますますアニムニアに帰りたくて仕方がない。
食事を終えても満足感はなく、ため息だけが出た。
「この後アンドレア様がいらっしゃいます」
「いや。会いたくない。私、今魔法貧血なの。何を言われても治るまで聖女の魔法なんて使えないから」
魔法貧血らしき症状が出てるのは本当だ。それでもとりあえずはアンドレアと対面するのを少しでも引き伸ばしたい。時間を稼げばリベリオが助けに来てくれるかもしれないし。
「……そのようにお伝えします」
上手くいけば今日一日はなんとかなるだろう。
メイドさんは食い下がることもなく、また部屋から出て行き、私は一人になれた。
しかし、いくらロザーンのメイドさんとはいえ、刺々しい態度を取るのはとても疲れる。彼女自身が悪いわけではないし、そもそも私は誰かと敵対するような経験もない。怒ったりつんけんした態度をとるのは精神力をかなり使うのだ。
はあ、と大きなため息を吐いて椅子に腰掛ける。座り心地はいいけれど、心までは安らぐことは出来なかった。
なんとかなったか、と思ったけれどそうはならないようで、またメイドさんがやって来て来訪者を告げた。結局のところ私には拒否権はないらしい。
アンドレアかと身構えたが、入って来たのはローブ姿のおじさん──私を召喚した魔法使いの人達の一人だ。転移でロザーンに連れ戻したのもこの人だ。
「……何の用ですか」
「魔法貧血だと聞いたので……様子を見るようにと」
魔法使いのおじさんは重苦しい息を吐いて椅子の向かい側にあるソファーに勝手に座った。
「私はラウムと言います。一応、この国で魔法士として最高峰となってはおりますが……」
おじさん──ラウムは首を振る。
「いえ、私の話は貴方には興味がないでしょう。……顔色を見た感じ、確かに魔法貧血のようですね。アンドレア様にはそうお伝えします」
ラウムは陰鬱にそう言いながらローブのフードを取っ払った。
白髪の混じった普通のおじさんにしか見えない容貌だ。しかも目の下には隈もあるし、随分と窶れている。
「……私が言いたいのは、貴方様は諦めた方が楽だという、ただそれだけです」
「あ、貴方がっ──!」
「ええ、私のことはいくらでも憎んでくださって構いません。ですが、アンドレア様には形だけでも忠誠を誓い、大人しく聖女としての役割を果たすとおっしゃった方が身のためです。さもなくば、若い女性である貴方には、きっとお辛いこととなるでしょう」
「……私を脅す気ですか」
ラウムは力なく首を振った。その様子は疲れ果てた普通のおじさんにしか見えない。例えるなら、満員電車でなんとか吊革に掴まって揺られているような、うらぶれた姿だ。
「いいえ。全て事実です。アンドレア様は恐ろしい方です。頭脳も魔力も優秀ではありますが、あの方は欲しいと思ったものは必ず手に入れるのです。それがどんなやり方であっても」
ラウムはそう淡々と口にする。
「最近であれば、実父から玉座を簒奪し、反対する多くの臣下を処刑しました。聖女を召喚すると決めた際にも、反対する魔法士は全て殺されました。婚約者のいる女性相手に既成事実を作り、無理矢理に娶ったことも。そして幼い頃にはフランミリオ殿下の脚に呪いをかけたことさえ──」
「ま、待って、フランの脚って……」
「生まれつきと公表されておりますが違います。王太子の座が揺るがぬよう、脚が動かなくなる呪いをかけさせたのです。非常に強力な魔法な上、かけた魔法士もまた既にこの世にはいません。もう解くことすら出来ないでしょう。この国は、あのお方と、諦めた人間しか生きてはいられない。……おそらくは聖女である貴方様でも、同じことでしょう。いえ、死ぬことを許されない以上、死ぬより辛い道となるやもしれません」




