4 狼獣人のリベリオ
私とレクを助けてくれた男はリベリオと名乗った。
「あ、ありがとうございます。リベリオさん」
「……リベリオでいい」
「私は各務紗奈といいます」
目付きは鋭いけど多分20歳そこそこくらいで、最初の印象よりずっと若い。元の世界では見たことないような綺麗な銀髪に整った顔立ちをしている。彫りは深いけど西洋人的ともまた違う、二次元キャラのCGみたいな美形だ。レクも目が大きくて将来が楽しみな美少女だから獣人は美形が多いのかもしれない。
「カガミサナ?」
「ええと、サナでいいです」
剣はしまってくれたものの、外見上は普通の人間な私にリベリオは敵意を露わにしている。彼の耳は犬か狼みたいな形をしている。その耳も若干後ろに引いているから警戒をしているのは間違いない。
私はこの世界に連れてこられた理由と、聖女ではなかったと追放され、奴隷商に売られたことを話していた。
レクは疲れたようで、話の途中で私の膝を枕に眠ってしまっている。その肩にはリベリオのマントがかけられていた。
私が説明する内にいつのまにか夜が明け、あたりの景色が見えるようになっていた。私たちがいたのは草原のようだ。檻の中より草の上の方が座っていても痛くない。
空気も檻の中の淀んだ空気とは違う。私は何度も深呼吸をする内に肺が綺麗になっていくような気がした。
明るくなってリベリオを見たら、瞳が淡いアイスブルーなのを知った。狼よりシベリアンハスキーみたいだ。
「……異世界人か。なるほどな。ロザーンでは人身売買は禁じられているのにあんたが檻の中にいたのはそういうわけか」
「え、人身売買が禁じられているって……」
確かに私を売り払った男達も法がどうのと言ってはいたが、獣人だって耳以外はそんなに変わらないはずだ。
「ああ。ロザーンの奴らからすれば、獣人の俺らや異世界人のあんたは人間じゃないのさ」
「そ、そんな……」
「言っておくが、あそこはまだ待遇としてはマシな方だ。あんたもレクも五体満足なのがその証だ。俺が間に合ってよかったな」
私はゾッとして背筋を震わせる。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございました」
「別に。あくまであんたはついでだ。このチビがアニムニアのお守りを持ったままだったことに感謝するんだな。さて、夜も明けた。あんたは好きなところに行けばいい」
「え……」
「俺たちはもう一度転移をしてアニムニアに戻る。獣人の国だ。異世界人だろうが人間のあんたは連れて行けない」
その言葉に私の心臓はまたきゅっと冷たくなっていく。
ようやく助かったと思ったのに、どこだか分からないところに身一つで置いて行かれてしまう。私にとって知らない異世界で1人残されるのは不安しかない。
「お、お願いです。私も一緒に連れて行ってください!」
体がブルブルと震えていた。私は寝ているレクを動かさないようにしながら必死で頭を下げた。
「お願いします……!わ、私、行き場がどこにもないんです!家にも帰れない……!私の居場所はもうどこにもないの!お願い!」
リベリオはチッと舌打ちをする。
「……分かったよ」
リベリオは諦めたみたいに目を逸らして銀色の髪をガシガシとかいた。
「あんたも一緒に連れて行けばいいんだろう。あんたはこのチビを助けたみたいだしな。ただし、アニムニアに住めるかは別問題だ」
「は、はい……」
その場合はどうなるのか分からないけど、ここに置き去りにされるよりはいいと思った。
「おい、チビ、起きろ」
「んん……」
「あ、あの、レクは熱があって……」
「おそらく心因性の発熱だろう。攫われて売られた獣人の子供にはよくある。一応帰ったら医者だな」
リベリオはぶっきらぼうだけど、レクに対しては声が少し優しい。助けに来てくれたし、とてもいい人なのかもしれない。私も頼み込んだら一緒に連れて行ってもらえるし。
私のそんな考えが読まれたのか、リベリオにじろっと睨まれた。
でもそれは本気で怒っているようには見えなかった。多分、見た目よりずっと優しい人なんだろう。
「……転移の前に朝飯だ。チビに何か食べさせないと。転移で倒れられたら困る」
「ええと、私……」
何も持っていない私は当然料理を作ることは不可能だ。手伝いくらいはできるだろうか、それとも邪魔だろうか。
リベリオはうんざりした顔で顎をしゃくった。
「俺が作る。あんたはチビと一緒にあっちの川で顔を洗ってこい」
「は、はい……」
「うぅん、ねむい……」
私はぐずるレクの手を引いて川に行った。川の水はとても綺麗だ。浅い川だけど、水は透明で小魚の鱗が朝日を反射して光っている。手を付ければひんやりとして気持ちがいい。
久しぶりに顔や手を洗うことが出来た。本当はこのまま川に入りたいくらいだけど、タオルもないし着替えもないからやめておいた。
それでもかなりスッキリした。
私とレクが戻ると、いつのまに熾したのか、焚き火で湯を沸かしていた。リベリオは小さな鍋に草とか粉のようなものを入れて煮込んでいる。
材料はよく分からないけど、いい匂いがする。思わず私のお腹がぐう、と鳴った。
恥ずかしさに赤面した私に、リベリオはふっと笑った。その顔があまりにも素敵で、余計に顔が赤くなる。
「腹減ってんのか」
「ま、まあ……」
「うん、お姉ちゃんね、レクにぜんぶご飯くれてねー、レクがいらないしたのだけ食べてたからねー」
「そうなのか」
「ああ……そう、ですね。レクが熱を出したら1人分しかもらえなくなっちゃったんで」
「……そうか」
気が付けばスープが出来上がったようだ。リベリオはまず私によそって渡してくる。
「ほら」
「あ、ありがとう」
「チビも。熱いから気を付けろよ」
「はぁい」
持った感じ、幼いレクには熱すぎるだろう。
「レク、ちょっと冷ましてあげる」
「ありがとう、サナお姉ちゃん」
私は闇魔法でレクのスープを少しだけ冷ました。よし、食べ頃だ。
なんだかリベリオがこっちをじっと見ていてちょっと焦る。
「……おい、サナも早く食べろ」
「うっ、うん!いただきます」
おまえとかあんたって言われてたのが急に名前を呼ばれてドギマギとした。手を合わせてスープに向き直る。
見た目は今まで檻の中で出されていたのとそう変わらないただの薄いスープにしか見えない。
「……美味しい……」
でもその味は、この世界に来て一番──もしかしたら今まで食べた物の中で一番美味しかったかもしれない。
気が付けば涙まで浮かんでいた。
私はそれを誤魔化すようにスープを飲み干した。
「おかわりいるか」
「……食べる」
結局2回もおかわりした。




