38 不思議なお客さん
「その宿屋のご主人が、どうしてもと言うし、私も王都に行く予定なのでどこかで彼らを見つけたら、と受け取ったのですが……」
「え、わざわざ忘れ物を預かってまで探しているんですか?」
言伝だけならまだしも、それはちょっと珍しい。お人好しにも程があるのではないだろうか。
そう思ってしまった私におじさんは手を振る。
「いやいや、小さい物ですし、立ち寄った店でちょっと聞いてみる程度ですよ。最終的には王都にある人間商人組合に持って行きますから」
「へえ、そうなんですか」
「人間の二人連れなんですが、もしこの店に来ていたなら覚えていませんかね。黒髪の女性と、車椅子の少年だそうですよ。車椅子自体も中々見ませんし、見たらきっと記憶しているかと思って」
「車椅子……ああ!」
そんなわかりやすい特徴を持った人がテアさんとフラン以外にいるとは思えない。目撃情報を辿るだけでこの店まで来たのも納得だ。
「おや、その反応は、もしかしてこの店に来たのではないですか?」
「え、はい」
「ああ良かった。……これが忘れ物だそうですよ……」
おじさんは懐から小さい物を取り出した。
それはいかにもテアさんが好きそうな不透明な宝石が付いた大ぶりな耳飾りだ。
──だからこそ、ありえなくて私は眉を寄せた。
耳飾りは落としてしまいそうだから付けないのだと、当のテアさんが言っていた。だからこれはテアさんの物ではない。そして、このおじさんも忘れ物を届けるただの善良なおじさんではない可能性が高い。
そのことに気が付いてしまった私はゾッとして、自分を落ち着かせるために生唾を飲み込んだ。
「……何処へ行くとか、言っていませんでしたか?」
耳飾りの宝石が不自然にキラリと光る。
まさか何かをされたのだろうか、と心臓がヒヤッとする。だが、眩しいだけで特になんともないようだった。
それよりもこの目の前の優しそうなふりをしたおじさんが怖い。リベリオがいないから、余計に。けれど今は私が一人で対処しなければならない。
「……し、知らないです。お客さんとしては来ましたけど、飲み物を飲んですぐに出て行かれましたから」
「……本当に?」
そのひどく冷たい声に震えが走りそうになるのを堪えた。緊張感で喉がカラカラになっていた。
王都に行くと聞いていたし、そっちで用が済めばまた木陰カフェに立ち寄ってくれるとも言っていたが、それをこの人に話すつもりはない。
私は少しの間とはいえ、共に楽しい時間を過ごしたフランやテアさんを信じたい。彼らは確かに何らかの秘密を抱えていそうではあったが、それは私も同じだ。
けれどフランはとても美味しそうにリモルシャーベットを食べ、とってもいい笑顔を浮かべていた。そんなフランをテアさんは優しい笑みで見守っていた。彼らが悪いことをして追われているとは思えないし、こんな風に人を騙すようなやり方をするおじさんがいい人とも思えなかった。むしろこの人に追われているから逃げている可能性すらある。
「……知りません」
私は震える手を強く握り、なるべく平静を装ってそう言った。
おじさんは訝し気に私の顔を見ていたが、しばらくして立ち上がった。
「──ごちそうさまでした」
もう優しそうなおじさんの声に戻っていたが、彼が立ち去ってしばらくしても体の震えは中々止まらなかった。
入れ替わりのように休憩から戻ってきたエイダさんが驚いたように私の顔を覗き込む。
「サナさん、どうしたの?顔が青いですよ」
「え、ええと……ちょっと嫌なことを言ってくるお客さんがいて……」
なんの関係もないエイダさんを巻き込むわけにはいかない。私はそう誤魔化した。
「まあ、苦情ですか?しつこい人なら呼んでくれればよかったのに!私、苦情のあしらいが上手いって評判なんですよ。何か言われても、あんまり気にしちゃダメ。ね、もう時間も遅いし、ちょっと早めの閉店にしちゃいましょう!私が片付けしますから、サナさんは休んで。甘いもの飲みましょう?私でもミンティオ茶なら淹れられるし、ほらほら、座って!」
元気なエイダさんにぐいぐいと押されて私は家の中に引っ込んだ。
ソファーに座らされて、エイダさんの淹れた砂糖たっぷりのミンティオ茶を飲む。ミンティオの爽やかさと砂糖の優しい甘さが体に染み込んで、少しずつ体の震えが止まっていった。
「サナさん、片付け終わりました。この瓶は何処に置きます?」
「あ、ありがとうございます。その土間の方に……」
「はーい!」
エイダさんは私の顔をもう一度覗き込んで優しく微笑んだ。
「良かった、顔色が良くなって来てますよ」
「ありがとうございます。片付けも全部やってもらっちゃって……」
「いいんですよー!そのための雇われですから。ねえ、サナさん、ご飯も一緒に食べましょうよ。私買って来ますから!串焼きのお肉とかどうです?」
こんな時だからこそ、にこにこして元気なエイダさんが居てくれるのが救いだ。
「そうだ、サナさん、今晩泊まってもいいですか?ゆっくり恋話とかしたいじゃないですかー!出来ることなら一晩中でも語り明かしたいな、なんて!」
だからそう言われて、私はエイダさんの優しさに甘えて思わず頷いた。
今晩は一人で過ごさないで良かった。
きっとさっきのおじさんのことを思い出して怖くなってしまっただろうから。
かつて、私をこっちの世界に呼び出して、そして冷たい言葉で私を捨てたロザーン国の王子を思い出していた。別にあの王子とさっきのおじさんが似ているわけではない。だが、その人を人とも思わないような酷薄な視線は共通していた。
フラン達が無事であればいいけど。もしまた会えたらあの人に気をつけるように言わなければ。
その後はエイダさんとワイワイご飯を食べ、散々にロッソさんとの惚気をたっぷりと聞かされた。
「──そこでロッソと知り合ったの。実はね、ロッソったら毎日私に会うために遠回りして店の前を通って!」
エイダさんは楽しそうに馴れ初めを話してくれる。
なんだかこういう話をしていると学生時代の友達と話しているみたいだ。とはいえ学生時代は女子校だったために私には彼氏どころか片想いの相手すらいなかったのだけど。けれど人の恋バナは聞いているだけでも楽しい。
「それで、サナさんの方は?リベリオ様って二人きりの時はどうなの?気になる!」
「いやあ、私はその……」
私は急に話を振られてボッと顔を赤くした。
「街を歩く時、仲良く手を繋いでたって聞いたわよぉ?」
大人しく白状なさーい、とエイダさんは私をつんつんと突く。
「や、やだもう、エイダさんってば!」
恥ずかしさのあまり私がそう言った時、エイダさんは訝しげに顔を上げ、濃い茶色の犬耳をピクピクとそばだてた。
「──ねえ、サナさん……今、外の方で変な音がしなかった?」
「え……?」
エイダさんは恋バナをしている時とは違う、眉を顰めて真剣な瞳を扉の方に向けた。




