37 気になる赤リモル
エイダさんはさすがに普段から接客に慣れていることもあり、カフェでも即戦力になってくれた。
私はいつも通り、リモネードやアイスコーヒーを冷やしては出すことを繰り返した。とりあえずはリベリオがいなくても、お客さんに満足してもらえていると思う。
美味しい飲み物を求めて来てくれたお客さんに暗い顔は見せられない。気合を入れ直してにっこり営業だ。リベリオが見ていなくてもちゃんとやれるって証明しないと、帰ってきてから合わせる顔がなくなってしまう。頑張ろうって気合いを入れ、頬をぺちっと叩いた。
「マウロさん、今日はなんだかご機嫌ですね」
マウロさんとそのお友達は今日も来店してくれて、わいわいと楽しそうにリモルシャーベットのくじを引いていた。だが誰も当たりは引けていない。だというのにマウロさんは不思議と機嫌良さそうに笑っているのだった。
「何かいいことでもあったんですか?」
「いやあ、いいことっていうか……」
マウロさんは恥ずかしげに後ろ頭を大きな手で掻いて、アイスコーヒーをぐびりと一口飲んでから言った。
「最近な、リモルがやたらと豊作でな。実る数が多いだけじゃない。質もいいし、実をつけるのも心なしか早まっててさ。やっぱり大事に育てたリモルの実だからな、嬉しいんだ」
マウロさんはいかつい顔に照れ臭さそうな笑みを浮かべている。
「マウロん家は爺さんの代からリモル農家をしててさ。その時代は土が荒れてて、今ほどの数は取れなかったらしいな。黄リモルだってこんなに甘くなったの、最近だしな」
「そうそう、昔はとにかく酸っぱいリモルが体にいいから食べなさいってお袋にガミガミ言われて嫌々食べてたのに、今のは美味いんだよなぁ」
そう言うマウロさんの友人は今日も甘めの黄リモネードだ。
確かおばあちゃんが、昔のトマトは青臭くって酸っぱかったとたまに言っていた。品種改良なんかで甘くて生で食べても美味しいトマトになったそうだから、リモルも同じなのかもしれない。リモル自体、味以外はプチトマトにかなり似ているのもあって余計にそう思えたのだった。
「マウロさんのリモルはとっても質がいいですもんね。おかげで美味しいリモネードが作れて助かってます」
「ああ、嬢ちゃんが扱ってくれて、こっちも助かってるよ。青リモルは長持ちするからいいんだが、黄リモルはそうでもないから、毎日決まった量を買ってもらえるのはありがたいんだ」
「こちらこそ、新鮮で美味しいリモルをいつもありがとうございます」
「ああ、そうだ。黄リモルが更に熟すと赤い色になるんだ。これが甘くて美味いんだが、皮が柔らかすぎて傷みやすいし、すぐに割れちまう。だがここ最近はちょうど良く熟してる木があってな。明日もいい塩梅なら持ってくるよ」
「わあ、是非食べてみたいです!」
黄リモルの段階で既に甘くてジューシーで美味しいのに、更に熟して甘くなったリモルはどんな味なのだろう。味が気になるだけでなく、それを使って新しいメニューも考案出来るかもしれない。
リベリオが帰ってきて、新しいメニューを出していたら驚くかもしれない。もしデザート類に使えるのなら、リベリオが帰ってきたら色々試作して貰うのもいいだろう。
リベリオがいないのはやっぱり寂しい。でも、今は私に出来ることを精一杯やるのだ。
忙しい時間も過ぎ、アイスコーヒーも残り少なくなっていった。
お客さんがまばらになったから、エイダさんには休憩に入ってもらっている。
「あ、いらっしゃいませ」
「ええと、ここは……喫茶店ですよね」
私は新しいお客さんの到来に顔を上げた。
見たことのない、新規のお客さんだ。別に一見さんお断りなんてことはないが、喫茶店の多いアニムニアでは常連のお客さん率が高いからちょっと珍しい。それでも最近は口コミで広がったのか、わざわざ遠方からカフェに足を運んでくれる人もいないわけではない。
「はい、あちらのお席が空いてますからどうぞ!」
「おや、すごく涼しい……これは魔法ですね」
おじさんは被っていた日除けのフードを払って驚いたように空を仰ぐ。
「光の……屈折……?いや……」
おじさんはぶつぶつと言っていたが、すぐに我に返ったようだった。
「ああ、すみません。お嬢さんはこの店の方ですか。随分すごい魔法ですが、術者は……」
「ええと、私ですけど……。あ、お客さんも人間の方なんですね」
被っていたフードがなくなると、私と同じ人間の耳が茶色の髪の間から覗いていた。
おじさんは人の良さそうな顔でにっこりと笑う。垂れた目がどことなく優しそうなおじさんだ。
この木陰カフェの噂を知らずにたまたま寄ったようだ。それなら尚のこと珍しい。
「はい。商人でしてね、正規の通行証もありますよ。アニムニアで人間に会うのは滅多にないから驚いてしまって」
「この辺りだと、ほとんどいないですよね。これがメニューです」
「おや、冷たい飲み物があるんですか!いやあ、暑い中歩いてきたから喉がカラカラで。あの、あまり甘くない物はありますか」
「この水出しアイスコーヒーはどうですか?アニムニアでよく飲まれている濃い煮出したコーヒーと違ってさっぱりしてますよ。シロップが別添えなので、入れなければ甘くもないですし」
「ではそれで」
おじさんにアイスコーヒーを出すとニコニコしながら美味しそうに飲んでいる。
「いやあ、美味しい。この国の暑い中、熱いコーヒーを飲むのにも慣れてきましたが、こんな木陰のように涼しい店でまさか冷たい飲み物があるだなんて……」
「喜んでもらえて良かったです」
「アニムニア式ではないですが、どちらの形式でしょう」
「あ、ええと……ひ、秘密です!こ、これが売りなもので」
おじさんは商人なだけあって、他国でのお茶文化なんかに詳しいのかもしれない。ボロが出ないよう慌てて誤魔化した。
「そ、そういえばお客さんはこちらにはお仕事で?」
「ええ、王都に行く途中なんですが、人を探していまして」
「人探し……ですか」
「はあ、それが私が探しているわけではないのですがね。実は私が泊まった宿屋に、少し前に泊まったお客さんが忘れ物をしたとかで。それが私と同じ人間だったそうで……」
おじさんは困ったように微笑む。いかにも人の良さそうなおじさんだから宿屋の主人に頼み込まれて、断れなかったのかもしれない。




