35 送り狼さんを捕まえる
「お、おまえな……それがどういう意味か分かっているのか?」
リベリオは眉をぎゅっと顰めて言った。綺麗な瞳はもう半目になってしまっている。怒っているというより呆れているといった顔だ。
私はそんなリベリオに慌てて言った。
「わ、分かってるつもりだよ!」
二人で働くってだけじゃなく、一緒の家に血の繋がらない男女が住むということ。いくらなんでも、私のようなおぼこ娘でも分からないはずがない。
「た、確かに今のは勢いといいますか……。なんていうか咄嗟に出ちゃった。でもね、ただの口からでまかせだとかそういうのじゃない。私の本心だよ」
私の顔はきっと真っ赤になっているだろう。
頰のあたりが熱くてたまらない。
「私……リベリオのことが好き。私のことを助けてくれて、ずっと側にいてくれて。ううん、それだけじゃない。私は、強くて、でも弱くて、すごく優しいリベリオのことが好きで、これからも側にいたいんだよ!」
心臓がばくばく音を立てている。
リベリオのよく聞こえる耳にはそれすら聞こえてしまっているのかもしれない。すごく恥ずかしい。
でも、もじもじしていたって、言葉にしなきゃ伝わらないこともある。私はそれで何度も失敗してきた。かつて、両親とちゃんと話し合ったことはなかった。私は黙って両親の言うことを聞いて、そうしたらいつか分かってくれるんじゃないかって淡い期待に縋ってたけど、そんなことはなかった。この世界に来てすぐの時も、怯えて声が出せずにいたけど、言わないで伝わることなんて何もなかった。助けてって声を上げなきゃ、助けてほしいかどうかなんて分からないんだから。そこから先、助けてもらえるかはまた別問題。意思表示する必要を私は蔑ろにしてきた。私にとって、勇気を出すのはちゃんと言葉にすることだ。
「……サナ」
「ほ、本気だから!」
「おい」
「嘘じゃないし!」
「そのな……」
「私はリベリオが──」
言いかけた唇にリベリオの指が当てられた。
「──好きだ」
その言葉が出たのは私の口からじゃなくて、リベリオの口からだった。
「……ちゃんとこっちの話も聞いてくれ」
「ひゃい……」
「俺も……いや、俺はサナが好きだ。弱くて脆そうで、いつも無理して笑ってる強いおまえが好きだ」
「え、ほ、ほんと、に……?」
「なんだよ。サナは言いたいことだけ言って、俺の話は信じてくれないのか?」
「ううん、あの、そうじゃなくて……」
頭の中がぐるぐるのぐちゃぐちゃになっていた。好きだって言う準備が整ってなかったのに自分でもびっくりのフライングだし、ましてや逆に好きだって言われる準備はとてもとても。
「……ええっと、リベリオが、私を」
「ああ、好きだ」
「ねえ、私に好かれる要素とかあった!?」
「それを言うなら俺だってそうだろう。口は悪いし気は利かないし、王位を継ぐことは絶対にない。前にも言ったけど、人を殺しかけたこともある……」
「そ、そんなの!リベリオは確かに口は悪いけど、それは上辺だけ取り繕ったりしないからだし、言いにくいこともはっきり言って教えてくれる。気が利かないなんて嘘だよ。誰よりも色々見てるんだなあって私何度も思ったし。それに王位は私にとって本気でどうでもいい。私は王子様のリベリオじゃなくて、今私の目の前にいるリベリオが好きなんだもん。それにリベリオのご飯はとっても美味しい!」
そう思わず力説してしまっていた。
ぐっと手を握って主張すると、リベリオは弾けたように笑い出した。
「くっ、はははっ、俺も、おまえのそう言うところが好きだ……。サナは本当に面白い。見ていて飽きない」
「そ、それは褒められているのかどうなのか」
むうっと唇が尖ってしまう私なのだった。
「……じゃあさ、リベリオ、一緒に住む?」
そしてまた最初に戻る。
好きだって言ったばかりだけど、これって告白というよりむしろプロポーズみたいじゃない?
「毎日そんなに時間かけてるの大変だからってだけじゃなく、私がリベリオといる時間伸びたら……嬉しいな、みたいな」
改めて言葉にするととにかく恥ずかしい。
リベリオは私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「わぷっ」
「……そうだな。多分、すごく楽しいと思う」
「でしょ!」
「もう一度聞く。一緒の家に住むってなると、それは結婚するっていうことだ。それは分かってるんだよな」
「う、うん」
頷きながら顔が赤くなる。
「サナはもう市民権があるから、アニムニアでの婚姻もまあ、可能だ。ちょっと手続きが複雑になるけど、せいぜい書類をたくさん書くってくらいだ」
「うん」
「逆に言えば、それらの煩雑な手続きを終わらせるまで、俺たちは結婚出来ないし、していないことになる」
「それはそうだろうねぇ」
「まあ、婚約していたら同じ家に住んでも問題はないだろうけど。アニムニアには案外頭の固い人間が多いんだ。……それに俺にはタチの悪い追っかけがいる。前にこの店に来て騒いだ爺さんを覚えているか?」
「うん、青リモルを口に投げ込んでやったもん」
「その手の奴らにサナが中傷される可能性がある。だから、俺はここに住めない。まだ、が付くけどな」
「それって……」
「……ああ。まだ先になると思うけど……サナ、その時が来たら、俺と結婚してください」
「ひゃっ……はいっ!」
恥ずかしさに目がぐるぐるとしてしまいそうでリベリオの服にぎゅうってしがみついた。
「サナ……」
「あ、ごめん皺になっちゃうよね」
慌てて手を離した私をリベリオはぎゅっと眉を寄せた。
「……あんまり可愛いことするな。俺を送り狼にさせないでくれ」
抱き寄せられ、額に柔らかなものが触れる。
リベリオに額にキスされたのだと理解した私はまた真っ赤に爆ぜて、リベリオも白い頰がうっすらと赤いのに気がついてしまった。
夢みたいに幸せだった。




