34 一人暮らし開始!
とうとう教会からの卒業が決まった。
家を借りてからも寝泊まりだけは教会でしていたんだけど、近々孤児の子供が増えるらしい。それで私の使っていた部屋を急遽その子達に使わせることになったのだ。
「サナ、急なことでごめんなさい……」
「いいえ、もう家は借りてあるんだし、住めるくらい家具も揃ったから大丈夫です。レク達も新しい子がくれば寂しくなくなるでしょうし」
フォクシーにそう申し訳なさそうに言われてしまった。大きめの狐耳がしょんぼりぺったんこだ。
私はフォクシーの手をぎゅっと握って笑顔を見せた。
でも、レク達が寂しがるからしばらく居残っているという建前な以上、私としてもいつまでも教会にいて甘えるわけにはいかない。
ここは孤児院でもあり、私は大人だし仕事もしている。自分の居場所だってもう出来たのだから、これから必要な子供に譲る時が来ただけだ。
荷物も少しずつカフェ兼自宅の方に運んでいたから引っ越し作業と言うほどのこともない。
「どっちにしても、すぐ近くなんだし、また遊びに来ますね!その時はお土産にリモルスカッシュを持って行きますから」
「……ありがとう、サナ。私もカフェの方にもたまに足を伸ばしますね」
「はい、是非!」
教会で過ごす最終日、ちょうど安息日だったのでカフェもお休み。カフェで闇魔法を使わない分、リモルシャーベットをたくさん作り、教会のみんなとお別れ会としてシャーベットパーティーをした。
甘い黄リモルのシャーベットは小さい子にも大好評だ。作るはしから消えていく。久しぶりに頑張って闇魔法を使ってたくさんのシャーベットを作ったのだった。
今日のシャーベットパーティーにはリベリオも参加してくれた。
リベリオが作ってくれたとっても美味しいサンドイッチやスープをみんなでお腹いっぱい食べた。
安息日だからフォクシーだけは教会の仕事で忙しそうだったけど、フォクシーの大好きな炭酸強めのリモルスカッシュを差し入れしたら喜んでくれた。
「やっぱりこれよね!」
そう言いながら炭酸にすっかり慣れたフォクシーは日本のビールを飲むおじさんのようにごくごくと飲み干し、ぷはーと息を吐いた。それがなんともおかしくて私は笑い、フォクシーも照れたように微笑んだ。
教会で過ごす最後の日はそんな風にとっても楽しくて賑やかで、思い出深い一日になったのだった。
「……それじゃ、行ってきます!」
さよならって言うのが寂しくて、私は笑ってそう言った。
レクも少しの間にお姉さんになったのか、目に涙は溜めていたがギリギリ我慢できているようだ。
「……サナお姉ちゃん……また遊びにきてね」
「うん、次の安息日にも顔は出しに来るからね。レクも私の家に遊びにおいで。フォクシーがいいよって言ったらお泊まり会もしよう!」
「うん、お泊まり会!ぜったいする!」
目に涙をいっぱい溜めたレクはニコッと笑う。そんなレクが可愛くて、私はぎゅうっと抱きしめた。
そして教会からカフェ兼自宅に移動した。
リベリオは黙ってカフェまでの道のりを送ってくれた。
「サナ、荷物はこっちの部屋に置いた」
「うん、ありがとう」
リベリオは教会に置いてあった私の荷物や、リモルシャーベットを作るために持って行った瓶も全部持ってくれたから、尚更引っ越しという感じがしない。
でも今夜からは私一人の日々が始まる。とは言っても、昼間は人の賑わうカフェだしリベリオも来る。一人なのは夜だけだし、疲れてすぐに寝てしまうから何の問題もないはずだ。ほんの少し寂しいだけ。
「……大丈夫か?」
無口だけどそう気遣ってくれるリベリオは本当に優しい。胸がトクンとして少しだけ鼓動が早くなってしまう。
「うん、大丈夫!」
心配させないように、私はいつもより元気な笑顔でそう言った。
「リベリオ、今日は来てくれてありがとう。レク達も喜んでたよ。でもせっかくの休日なのにごめんね」
「別に……今日は公務もなかったから構わない」
そうぶっきらぼうな言い方はいつものリベリオだ。
カフェの休日である安息日がリベリオの数少ない休日だけど、私が出かけたりすると付き添いしなきゃいけないから、リベリオは全然休めてないはずだ。しかも公務があれば仕事が終わってからもまだ働いているはずで、すごく忙しいのだろう。
「それに獣人はサナが思っているよりずっと体力がある。特に俺は狼系だから持久力に優れていると言われているしな。平均的な獣人でも数日寝ずに行動することも出来る」
「寝ないで大丈夫なの!?」
私はそれを聞いて目を丸くした。試験前なんかに一日徹夜しただけで、次の日には眠くてたまらなかった私には信じられない話だ。
「いざと言う時にしか睡眠時間を削ったりはしないが、大丈夫と言えば大丈夫だろうな。獣人が人間の街で嫌がられるのは、体力や膂力に優れて、かつ労働可能な時間も長いことで、人間の単純労働の職が奪われるのを危惧しているとも言われているんだ。人間にも魔力が乏しいやつもいるし、貧困問題にも関わってくるから」
「なるほどねぇ……雇う側なら獣人の方がいいって思っちゃうね」
私はこっちに連れて来られてから、幸いにも闇魔法が使えるようになり、しかも常夏のアニムニアでは利点が多いからカフェ経営なんかも出来ている。でも、もし魔法が使えないままこっちの世界で働くことになっていたならどうなっていたことか。
「……そういえば、リベリオってどこに住んでるの?」
今更ながら、住んでいるところさえ知らなかった。リベリオも何も言わないし、いつも朝には来ているからこの近くなのかな、という程度だ。
「……王都の端に俺の私邸がある。と言っても小さい屋敷だし、寝泊りしかしてない」
だからリベリオがそんなことを言ったので、私は驚いて顎が外れるかと思ってしまった。
「はあ!?ちょっと待って……王都って……ここから遠いんじゃ……」
「別に遠くない。朝に1の鐘が鳴って、開門してからゆっくり歩いても2の鐘が鳴る前には着く」
それは徒歩なら約2時間ということだ。しかもリベリオのゆっくり歩くは私の早足レベル。推測だけど、軽く10キロ以上はありそうだ。
「それに走ればその半分以下だろう」
いや、マラソンじゃないんだから、とつい思ってしまう。毎日10キロ……いや往復だから20キロを走るだなんて。いくら体力のある獣人でも毎日じゃ大変なはずだ。しかもこの暑いアニムニアで。考えただけでもくらっとしてしまう。
「その距離をまさか毎日通ってたの!?転移魔法は!?」
「これくらいで転移を使うのはもったいないだろ。よっぽど遅くなった日はフォクシーに教会に泊めてもらってたが……」
私がアニムニアに来てからリベリオが教会に泊まったのは見たことがない。だからそれはきっとここ最近の話ではないのだろう。
であればどんなに疲れた日でも無理して走って帰っていると思うと、なんだか放っておけない気がしてしまう。
「いや、本当にあれくらい走るのも大したことはないんだ。転移魔法の方がよっぽど疲れるし。このカフェだって営業時間がそこまで長いわけじゃない。畑に出るやつだってみんな毎日それくらいは歩いているはずだ」
リベリオは私の表情を読んだようにフォローする。
「で、でも……。あ、あのさ!」
つい、思わず。
「──ねえ、リベリオもここに一緒に住むってのはどうかな!?」
そんな言葉を口走っていた。
思い付いたそのままを反射的に口に出していた。そして出した言葉は引っ込めることが出来ない。
リベリオは薄青い瞳をまん丸にする。それは久しぶりに見たハッカ飴のような瞳だった。




