30 お目当ては例のブツ
ぶつかったのは綺麗なお姉さんだった。長い黒髪だが顔立ちは彫りが深くて、思わず見惚れてしまいそうな美女だ。ぶつかった私にもにこやかに微笑んでくれる。
「いいえ、大丈夫よ。こちらこそ立ち止まっていてごめんなさいね」
「僕のせいです。すみませんでした」
私の視界の下からも謝る声がした。目線を下げると、私よりちょっと年下くらいの金髪の少年が座っている。いや、ただの椅子ではなく車椅子だ。
黒髪のお姉さんは車椅子を押していたようだ。なんだか二重に申し訳ない。
「いや、全面的に私が悪いので……本当にすみません。人の少ないところから来たので、人混み歩くの苦手で……」
リベリオも一緒に頭を下げてくれたので4人でペコペコと頭を下げまくりになってしまう。
「気にしないでください。本当に人が多いですよね。お姉さんはアニムニアに着いたばかりですか?」
車椅子の少年は穏やかに微笑みそう言った。人好きのする可愛い感じの少年だ。あまり詮索するのもよくないが、車椅子を押しているお姉さんとは全然似ていないし、髪の色も違うから姉弟ではなさそうだ。
「あ、私は事情があって市民権をもらって他の街で暮らしているんです」
「あら、では今日はお買い物に?」
「はい、魔法耐性の道具とか、ここでなら買えるって聞いて」
「それだったらそこの角の店がいいですよ。品数が多いですから」
車椅子の少年がそう教えてくれた。
「ありがとうございます。助かります!」
ぺこっと頭を下げた私に黒髪のお姉さんは私にこっそり耳打ちする。
「ねえ、人間用の穴のない服や下着なら、その突き当たりのお店がおすすめよ」
「うわ、ピンポイントで欲しかったものを……もしかして、みなさん苦労されてるんですかね」
「ええ、そうなのよ。でも布で塞ぐのもなんだかね……」
「分かります!」
ぼそぼそとガールズトークに花を咲かせ、お礼を言って別れた。
「服屋か?」
「リ、リベリオ、まさか聞こえたの!?」
「いや、女同士って言ったら服か菓子の話だろうと思って。……悪いな、俺は女物の服がよく分からないんだ」
「あのぉ、店の前で待っててもらっても良いでしょうか……?」
「だめだ。目を離すのが心配だからな。店の中では少しだけ離れてるから、それで許してくれ」
「うっ……でも仕方がない。背に腹は変えられない……」
穴の空いていない下着を手に入れるチャンスなのだ。なるべくささっと選ぼう。
私はまず服屋に行って超スピードで服を選ぶ。それから道具屋で魔法耐性の瓶を買い足した。
「買い物は大体済んだな。あとは……」
「はい!」
私は元気よく手を上げた。
「カフェに行きたいです!」
「……言うと思った」
リベリオは笑って肩を竦めた。
「確かあっちにアニムニア式じゃない店があったはずだ」
「そう、そういうの!リベリオわかってる!」
「まあ、雇い主の意向くらいはな」
そんなわけでカフェである。
3階建ての建物の1階部分だ。土間の狭いスペースではなく、フロア丸ごとカフェスペースとなっている。私の知っている喫茶店に1番近い雰囲気の店だ。
床には絨毯が敷かれ、部屋の調度もどことなくヨーロッパ的な雰囲気で、日本のクラシックな純喫茶に来たみたいな気分になる。メニューは相変わらずこっちの言葉なので読めなかった。いや、単語はやっと拾い読み出来るようにはなったのだ。でもそれがどんな物か分からないだけである。
「えっと……果物、の、擦り?」
「これは果物を擦り下ろした果汁だ。季節によって変わるらしい」
「なるほど、フルーツジュース!こっちは分かるよ。コーヒー!」
「ああ。その下が煮出し茶だ。茶葉を乳で煮出して、砂糖とゼーロが入っている飲み物だと」
「へえー。チャイみたいな感じかな。ていうか牛乳もあるんだね」
「そりゃあるけど、確かにあまり飲まないか。体にいいんだが、少し傷みやすいからな。そう安くもないから教会でも出さないだろうしな」
「うーん、果汁も煮出し茶も両方気になる」
「こないだのジーノみたいなこと言ってるぞ」
リベリオはやけに楽しそうに笑っている。
「うう、ジーノさんの気持ちがわかってしまった。と、いうわけで……」
「2杯頼むんだろう。好きにしろ」
「うん!」
最近のリベリオはよく笑う。元々がクール系だから全開の笑顔ってわけではないけど、嬉しいとか楽しいとかが伝わってくる。それに無口だけど、私にはたくさん話しかけてくれる。
それが嬉しくて、私も笑顔になってしまうのだ。
突然ニヤニヤした私にリベリオは首を傾げていた。
「どうした?」
「なんでもない。楽しいなって思っただけ」
煮出し茶はかなりチャイっぽかった。アニムニアの近隣の国でよく飲まれている飲み物らしい。私もいずれは牛乳を扱ってみたい。カフェオレやミルクティーも美味しいし。ミルクセーキなんかも良さそうだ。
次いでフルーツジュース。搾りたての果物の濃い味だ。どことなく林檎っぽい味に黄リモルを足したようなミックスジュースのような味わいで、当然味は美味しいんだけど。
「ぬるいね……」
思わず声をひそめて言ってしまう。常温よりは多少冷えているけど、甘ったるくて喉に残る感じ。冷たければもっとずっと美味しそうだ。
「人間街でもここがアニムニアなのは変わらないからな。氷も貴重だし、冷却魔法の使えるやつがいてもカフェはやらないだろう」
リベリオはコーヒーを飲みながらそう言った。飲んでいるコーヒーも他とそんなに変わらない。
「……あの、氷でしたら朝早くに来ないと買えませんよ」
横合いから声をかけられる。そちらを向くとさっきのお姉さんと車椅子の少年だった。彼らもお茶を飲みに来たらしい。
「あ、さっきの」
「ごめんなさい。ちょっと聞こえてしまって。氷は貴重なんで競売にかけられているんです。朝しかやっていないから、もし氷が欲しいなら前泊しないといけないんですよね」
「へー、そうだったんですか。そんなに貴重なんだ」
頷いて説明してくれたのは車椅子の少年の方だった。私より年下っぽいのに説明が上手でとてもしっかりしている。
「ええ。氷の魔法を使える人がいても、1日に出せる量は決まってますから。誰か一人が独占しないよう、購入量にも制限がありますし、転売は禁止されています」
「氷魔法を使える人自体、それほど多くないのよね。他の属性より少ないそうよ。もちろんもっと希少な魔法の属性はいくらでもあるけれど」
「アニムニアでは氷魔法で作った氷を売りたい場合、組合の会員にならないといけないんです。氷魔法を使える人が囲い込まれないようにですね」
「魔法はとても便利だけれど、使いすぎると体を損なうから。獣人は使える人が少ない分、限度が分からないでしょう。だからこうして決まりを作って術師を守るしかないのよ」
「そうだったんですか。私の周りは魔法に詳しい人が少ないし、氷が売ってるのも最近知ったくらいで」
リベリオも自分の転移以外は詳しくないらしいので、こうして魔法について説明されるのはありがたかった。




