28 空気を奪うとどうなるの
その日の営業も問題なく終了し、私はジーノさんからもらった瓶を手に取った。
「何に使おうかな。しっかり口が締まるから、食べ残ったパンとかお菓子とかをいれて闇魔法で空気抜けば湿気とかカビとかで悪くなること減りそうじゃない?」
「だが、そんなに残すことなんてあるか?」
「……確かに」
教会ではお菓子もそう余分には作らないし、少し余ってもみんな食べたがる。孤児院であるからか、飽食からは程遠い。
「炭酸を抜くのもキンキンに冷やすのも、陶器の容器でも割れないくらいに調整出来るようになったし……。でもせっかくもらったからには使いたいよね」
とりあえず私は水を瓶に注いでみた。
子供の頃に読んでた小学生用科学雑誌でこんな実験があったはず。
私はガラス瓶にしっかりと蓋をして、密閉状態にする。それから闇魔法で中の空気を闇魔法で奪っていく。瓶が壊れないかだけが心配だ。せっかくお祝いでもらったばかりのガラス瓶だし。魔法耐性加工というのがどれくらい効き目があるだろうか。
「何をしてるんだ、サナ?」
「えっと、実験を……」
どれくらい空気を抜けば真空になるのだろう。私は目を閉じて集中した。集中し過ぎて思わず息も止めてしまうほどだ。
途中、瓶の中がふつふつと音を立てていた気がするが、闇魔法は止めない。
「ぷはーっ!」
とうとう息が限界に達して私は止めていた呼吸を再開した。長く潜水していたみたいにくらくらとする。
「おい、サナ、大丈夫か!」
「うん、平気。それより、瓶はどうなった?」
ガラス瓶の内側がうっすら白くなっている。触ればひんやりと冷たい。入れた水が凍り付いていた。
「やったー、成功した!」
「氷……熱を奪ったのか?」
驚くリベリオに、私は首を横に振った。
「ううん、熱を奪っても私の闇魔法じゃ凍らせるほど冷たくは出来ないんだ。これは、空気を奪ったの」
私はガラス瓶をつっついた。しっかりと密閉できて、かつ真空にも耐えられる容器じゃなきゃ無理だった。魔法耐性加工ってどうなってるのか分からないけど、かなり頑丈なのかもしれない。
「空気を奪って、中を真空にすると圧力が下がって、沸点……ええと、沸騰するための温度が下がって、低い温度でも沸騰するようになるのね」
リベリオの頭にはクエスチョンマークがいくつも浮いている。もしかすると上手く言葉が翻訳されていないのかもしれない。焦りながら説明をした。
「で、沸騰したことで大量に気化熱を奪われる。そうすると今度は急激に冷えるんだ。それで凍っちゃったんだと思う。……多分」
高校時代に授業で習ってる範囲とはいえ、それを人に説明するというのは難易度が段違いだ。実験動画で見たよりも早く凍りついた気がしたから、何か別の闇魔法が作用しているのかもしれない。闇魔法の使い方はなんとなく分かるような気がして使っているだけで、教科書もWikipediaもない。魔法の原理なんてよく分からないというか、そもそも科学の原理だって地球と同じとは限らない。だから必然的に「多分」がついてしまう。それでも確かに凍らせることが出来たのは事実だ。
リベリオも私のつたない説明に、眉を寄せて耳も落ち着かなく立ったり寝たりさせて思案しているようだ。
「……真空……あー、つまり圧力鍋の逆ってことか?」
「あ、うん、多分そう!というか、圧力鍋ってこっちにもあるんだね」
「本で見た。加圧して普通より高温で調理が出来るとか。多分買うとなるとめちゃくちゃ高いぞ。王宮料理人なんかの職人が使うような鍋だ」
「そうなんだ……」
やっぱりリベリオは料理関連にはかなり興味があるようだ。日本ならホームセンターあたりでそんなに高くない値段で圧力鍋も売っていた。どうせならあっちから道具も色々持って来れる能力だったら便利でよかったし、リベリオも喜びそうなんだけどな。
私は次に少し濃い目のリモネードを同様に真空にして凍らせてみる。
少し固まりかけたところで一旦止め、急いでかき混ぜた。
「で、できたぁ!リモルシャーベット!」
はあはあと激しく息をしてしまうのは、空気を抜くために集中すると一緒に息も止めてしまうせいだ。正直なところ非常に苦しい。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。とりあえず食べてみよう」
小皿に移してスプーンで掬う。気温が高いからみるみる溶けていく。私は慌てて口の中に入れた。
「んー、冷たい!」
リモルの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。冷たくて、味的にもレモンシャーベットと変わらない。
「ほら、リベリオも食べてみて!」
すぐに溶けてしまいそうだと、私は急いでリベリオの口にスプーンを突っ込む。そのスプーンは今自分が使った物だとすぐに思い出して赤面した。これはまずい。シャーベットが出来た興奮でうっかり間接キスを強要してしまった。セクハラで訴えられたら負ける。
「あ、ご、ごめん……リベリオ」
「サナ!」
リベリオが突然私の肩を掴む。綺麗な顔が間近にあって、思わず心臓が飛び跳ねた。慣れたつもりでも至近距離はまずい。ハッカ飴みたいなアイスブルーの瞳が大きく見開かれ、キラキラと煌めいた。
「美味い!」
「そ、そう。良かった」
満面の笑みを浮かべているリベリオは普段はキツそうな目元が垂れて、頬が紅潮している。しかも尻尾が思いっきりブンブンと左右に振っているではないか。こんなふにゃふにゃしたリベリオは初めてだ。
「アニムニアでは滅多に食べられない氷菓が……サナの魔法は本当にすごい!」
「ひゃっ!」
そのまま両手を掴まれて鼓動が早まっていく。元々顔のいいリベリオが至近距離なだけでドキドキしてしまうのに、手まで握られて平常でいられるはずなかった。
「わ、悪い。ちょっと、興奮した……」
パッと慌てたようにリベリオは手を離す。
「ううん……」
ドキドキし過ぎたせいだろうか、なんだかクラクラする。
あれ、と思った時には目の前が真っ暗になっていた。
「サナ、どうかしたか?」
リベリオの声がやたらと遠い。
耳鳴りがひどい。貧血みたいだ。
倒れる前にその場にしゃがみ込もうとした時、リベリオの腕が支えてくれた気がした。




