26 リベリオの秘密
「……俺はかつて、人を殺しそうになったことがある」
リベリオは静かにそう言った。私は黙ってそれを聞いていた。
「生まれつき、魔力も膂力も人より多くて……どちらかに秀でていることはあっても両方というのは獣人には滅多にいない。だから、子供の頃からジーノではなく俺を時期国王に推す派閥がいたんだ。でも俺はそんなのごめんだった」
私はリベリオに抱きしめられたまま頷いた。
「ある時、その中でも特に過激派の奴らが暴徒化してジーノを襲ったんだ。俺はジーノを助けようとして……そしてかえってひどいことになった。強すぎる力が暴走して、たくさんの人を傷つけたんだ。俺を止めようとしてくれたジーノや、番兵達まで巻き込んで……」
「……だから、リベリオは贖罪を続けてるんだね」
他国で人身売買された自国の子供を助ける。それは立派な行いだけど、同時にとても危険でもある。リベリオは王子という身分であるのに、それを敢えて行っているし、そしてそのことは一部の人しか知らされていない。あくまで次期国王にふさわしいのは兄であると言わんばかりに、リベリオは一線を引いている。
「それに、やっぱりジーノさんが好きなんだね。私には兄弟がいなかったから、そういうの羨ましいよ」
リベリオの腕が緩む。
ようやく見れたリベリオは目を丸くしている。アイスブルーのハッカ飴みたいな瞳がつやつやと濡れていた。
「お、俺のことが怖くないのか……?」
「なんで?私は何度もリベリオに助けられてすっごく感謝してる。そんなリベリオを怖がるなんてひどいこと出来るわけないじゃん。それに、リベリオの周りの人も、みんなそうだと思うよ!私もレクもフォクシーも、それからジーノさんだってリベリオのことが大好きだよ!」
あのおじさんは多分、私の世界で言うパパラッチみたいな仕事をしているのだと思う。
わざとリベリオを怒らせて、暴力を振るわれたと大袈裟にアピールするためだったんだろう。とはいえリベリオが本気で殴ればあのおじさんも無事ではいられない。青リモルがたまたまエプロンのポケットに入れっぱなしだったことに感謝して欲しい。
「あのさ、あのおじさん、リベリオが定職に就いてないって言ってたけど、それならいっそ木陰カフェに就職しない?」
「……は?」
「そんなにお給料たくさんは出せないけど、これからも頑張るしさ!もっと、飲み物の種類増やしたいし、ゆくゆくは軽食も出せるようにしたいんだ。カフェといえばサンドイッチにホットケーキ……あとプリンとかさ、ああカレーもいいなあ。リベリオが作った食べ物は本当に美味しいし、お客さんも絶対喜ぶよ!」
「いや、待て。どうしてそうなる」
「だから、リベリオは仕事で私にくっついてなきゃいけないし、多分またロザーンに子供が攫われたって知ったら、きっと助けに行くんでしょ。でもそれだと一般の人からは無職でブラブラしてるように見られちゃう。だからあんなおじさんに絡まれるんだよ。いっそのことちゃんと働いてますアピールしちゃおう!」
そうだ、と私は手をパチンと打った。
「それにいっそここに住んじゃえば?部屋なら空いてるしさ」
「……それ、どういう意味なのか分かって言ってるのか?」
「え、あっ……!」
それは、2人で同じ家に住むってことで。はたから見れば夫婦に見えてしまうかもしれなくて。そもそも若い男女であるからして。
私は頬がかあっと熱くなる。
「ま、まあ、それはともかく!私もまだ教会から通うしさ!」
手をパタパタと動かした。
「えっとね、リベリオは普段何やってるか、一般の人は知らないわけでしょ。表向きカフェで働いてます、って言えるならそれで丸く収まるじゃない。子供を助けに行くとか、ジーノさんから何か仕事頼まれた日はそっちに行っていいからさ。私も今のままリベリオに頼るのは悪いなって思っちゃう。だから、報酬を受け取って、正式にこの木陰カフェを手伝ってください!」
「……本当に、いいのか?」
「もちろん。あ、お昼ご飯は作って欲しい!力仕事もどんどんお願いしちゃうよ。時給制の方がいいかな?月給制?有給は月何回?あー、私こっちのお給料制度がどんな感じかわからないよ!」
「だが、俺は暴走して……」
「そうなったら、ものすごく酸っぱい青リモルを口に放り込んで止めてあげるから!お願い!」
リベリオはプルプルと震えている。
よく見ると無言で口を押さえて笑いを堪えていた。いつもはきつそうな目が垂れて柔らかくなっている。綺麗な顔立ちをしているから、そんな表情をするとかっこいいだけじゃなくて、とっても可愛く見えた。
「……分かった。俺を雇ってくれ、サナ」
「うん!」
私はリベリオから差し出された手を握る。
「じゃあまずは、門のあたりを綺麗にしなきゃね。いっそ塩も撒いちゃおうかなー」
私はリベリオの手を引いた。
「それから、明日の分のアイスコーヒーを作るのに容器が3つくらい足りないから、大通りまで買いに行こう。あと、明日の仕込みと……」
「それから美味い夕飯、だろ?」
「やったあ!」
リベリオのご飯と考えただけでお腹がきゅるると鳴って、私は照れ笑いした。
全部終わらせて教会に戻ってリベリオの作ってくれた美味しいご飯をもりもり食べた。
それでもまだ終わりじゃない。私は戦利品を取り出した。さっきお店で見かけた野菜、ゼーロだ。
見た目はちょっとボコボコした人参っぽいが、生姜そっくりの風味と辛さを持っている。アニムニアは暑いのでこの生姜によく似たゼーロはよく食べる。私も何度かフォクシーが作る料理で口にしたから、これを使って冷やし飴はいつか絶対に作ろうと思っていた。
まずゼーロを擦り下ろして布に包みギューっと汁を絞る。布に残った方はそのまま紐で縛って煮る。その煮汁にさっきの絞り汁と砂糖をたくさん入れて更に煮込む。
本当は麦芽水飴を使うんだけど、探すのが大変だから砂糖を使う。アニムニアの砂糖は安いし風味も豊かだから砂糖だけでも物足りないことはないはずだ。
そしてよく煮詰めて少しとろっとしてきたら冷やし飴の素が完成!
まあ途中から手付きが危なっかしいとリベリオに鍋を奪われて、私は口を出すばかりだったんだけど。でも焦げることも失敗もなく出来たのでリベリオのおかげだ。
それを水で割って、私の闇魔法でキンキンに冷やせば出来上がりだ。
炭酸水で割ると和製ジンジャーエールっておばあちゃんは呼んでた。
「じゃあ飲んでみよう」
私は冷やし飴を飲んでみた。いかにも生姜らしいピリッとした辛さと、まろやかな甘さ。リモルスカッシュの時のようにおばあちゃんの味そっくりではないが、確かに冷やし飴の味がする。
「うん、美味しいと思う。ただ、リモルを絞ってミンティオたくさん入れた方がいいかも」
「結構辛味もあるんだな。美味いけど。俺はリモルはあってもいいな。ミンティオはなくていい」
試飲に付き合ってくれるリベリオはそう言う。微妙に意見が分かれた。
「辛くて甘くて、スッキリする味ですね。私は炭酸水で割りたいです!」
そう評したのは炭酸飲料の刺激にハマりつつあるフォクシー。
「ただ、思ったより子供向きな味ではありませんね。少し辛いから、レク達には飲めないかもしれません」
「うーん、辛さが強いのかな。ゼーロを減らしてみる?」
「いや、これはこれで美味いと思う。下手にゼーロを減らすよりはこれくらい強烈な方が良くないか?」
「そうだね。ちょっと辛いって書いておけばいいかな」
そうして木陰カフェの新メニュー、冷やし飴が完成した。炭酸の方はゼーロエールだ。
それにミンティオとカットしたリモルを添えて出す。お好みで入れてもらうためだ。
「従業員も増えたし、この調子でどんどんメニューを増やして行こう!リベリオ特製の軽食もね!」
気合を入れてリベリオに拳を向ける。リベリオもちょっとだけ微笑んで、その拳を私の拳にコツンと当てた。




