25 お客様ではありません!
「まったく、リベリオ殿下。王族ともあろう人が何を遊んでいるのですか」
山羊のおじさんは、リベリオにネチネチとそう言い立てている。
「ジーノ殿下を見習ったらどうです。あの方は本当にご立派だ。国の為民の為によく働きなさる。しかし、リベリオ殿下、貴方は定職にも就かずブラブラと……挙句こんな下町でお店屋さんごっこですか。遊んでばかりとは、ああ、まったく嘆かわしい」
私は思わずムカっときた。ここは今日オープンしたばかりとはいえ、ちゃんとしたカフェだ。リベリオはそのご立派なジーノさんに頼まれて、わざわざ私の面倒を見てくれている。これだって仕事のはずだ。こんな人に文句をつけられるいわれはない。
「ちょ、ちょっと何──ムグ」
私が反論しようとした言葉はリベリオ本人に遮られた。そして私を庇うように一歩前に出る。身長が大きなリベリオに前に出られると、完全に壁のようだった。
「……お話は終わりですね。本日の営業は終了いたしました。どうぞお引き取りください」
リベリオはそう丁寧に断りを入れる。けれど感情のこもらないとも取れるその言い方に、おじさんは余計に苛立ったようだった。
「なんですかその態度は。私はね、王族の未来を憂いてこうして忠告しているのに!」
山羊のおじさんはそう言いながらもきょときょとと視線を彷徨わせ、その視線がリベリオの背後にいる私に留まる。ぞわ、と嫌な予感がした。
だってその目は自分より弱い標的を探し出すような目だったからだ。
「そこの人間、なんだ貴様。リベリオ殿下にベタベタとして色仕掛けでもするつもりか、この小娘が」
リベリオに相手にされないことがわかったその鬱憤を、手近なところにいる私で晴らそうとしている。もしくは、私を詰ってリベリオを激昂させるつもりか。
「大体、通行証はどうした。貴様のような汚らしい人間ごときがアニムニアにいるだけでも腹立たしいのに、ましてや王族に近寄るんじゃない!」
「わ、私はこのアニムニアでの市民権があります!通行証は必要ないんです!」
私はもう負けたくなかった。時には我慢だって必要かもしれない。けど私に非のないことまで我慢して叩かれてあげる必要なんてない。
山羊のおじさんは言い返した私を睨み、威嚇をするように杖を振り上げた。
「何をっ、生意気な……人間ごときがっ!」
叩かれる、と私はとっさに腕で頭を庇った。
「通行証がないというなら首輪でも付ければ──」
「黙れ」
バキリ、と木の折れる音がした。
見ればおじさんの振り上げていた杖は持ち手の部分しか残されていない。持ち手より下の部分は細かな破片状に砕かれ、足元に散らばっている。折ったのですらない。粉々に砕いたのだ。リベリオは振り上げられた杖を軽く押さえる程度でこんなに破壊し尽くした。
「ひっ……」
状況を理解したらしいおじさんが真っ青になって一歩下がった。
「……貴方は勘違いをしているようだ。サナは市民権を持っている。通行証は必要ない。市民証明書はありますが、それは貴方のような一般人には関係がない。見せろという権利も、無関係の貴方には一切ないのです」
リベリオはひどく低い声でゆっくりと、噛んで含めるようにそう言った。言葉遣いはいつもよりずっと丁寧だけど、すごく怒っているのが私にも察せられる。
こんなに怒っているリベリオを見たのは奴隷商で牢を破る前に暴れていた時以来かもしれない。
「い、いや、だが……私は……もし、通行証のない人間が入り込んだのだったら、と……」
「だから、貴方にはそんな権利はないんです。その権利があるのは番兵や役人などの行政機関の一部の者だけ。そしてそれらの者はサナの市民権について、もう周知している。貴方はジーノを引き合いに出しながら、この国における市民権の意味合いも、通行証をなくそうとしている政策すらもご存じないようだ」
「そ、それは……。わ、私はね、軟弱なジーノ殿下ではなく強大な力を持つリベリオ殿下こそ、次期国王にふさわしいと思っているからこそ、こうして……」
そこまで言ったおじさんはヒュッと息を呑んでリベリオの顔を見上げて固まっている。
私からはリベリオがどんな顔をしているか見えない。けれどヒヤッと気温が下がった気がした。
「な、なんだ、暴力を振るう気か!このっ、人殺しめ!」
リベリオの拳が硬く握られる。
暴力は駄目だ。こんな嫌味なおじさん相手だとしても。
木の杖をあんなに簡単に粉々にできる力。金属の格子すら易々と曲げるほどなのだ。その力でとっさにでもこのおじさんを殴ってしまえば、後で傷付くのはリベリオの心だ。しかし非力すぎる私には腕に縋り付いたとしても止めることはできない。
ほんの一瞬で私はそう考えて、たまたまエプロンのポケットに入れっぱなしだった青リモルに気がつく。
「リ、リベリオに酷いこと言うなっ!」
私はそれを手でグッと握り潰し、口を開けっ放しの山羊のおじさんの口へと投げ込んだ。
それはそれはとても酸っぱい青リモルである。口に入った瞬間、顔色が変わる。
「んおっ、おああ、ぁ、ひゃふっ、ひい~ッ!」
おじさんは目を白黒させながら青リモルを吐き出した。突然のことに酸っぱさをもろに食らったらしい。顔色は真っ赤になり、涙も鼻水まで出ている。
「げっ、な、なんっ、ぶはぁっ……!」
げほげほと咳き込んでいる。ひどい顔だ。
「サ、サナ……」
「ごめん、我慢できなかった!」
私はまだある青リモルをおじさんに突きつけた。
「またこいつを食らいたくなきゃ、あっち行って!」
「ひぃー!」
山羊のおじさんは青リモルを見て這々の体で逃げ出した。よほど酸っぱかったからなのかフラフラだ。
「……ねえ、リベリオ、青リモルを人の口に入れたら何か罪になる?」
「え、あ、いや……ならないと思うけど」
「そう、よかった!」
ホッと息を吐いた。
「でもさ、リベリオはジーノさんのこと好きなのに、酷いよ!もう、ああいうのはクレーマーって言うんだよ!話聞いちゃ駄目だって!」
「サナ……すまない。俺があの人を殴らないように……わざと先に怒ってくれたんだろう」
「いやぁ、まあ……そうだけど、でも私だって大事な人のこと言われたら怒るよ。リベリオが殴る価値もなかったでしょ。あんな──」
「サナ……」
不意にぎゅっと抱きしめられた。
(ひゃあああああ!?)
背中に回ったリベリオの腕はとても優しい。金属を曲げるくらい強い力で私を傷つけないようにしているのがわかった。
リベリオは血の気が引くくらい怒っていたのか、むしろ肌がひんやりとしていた。
「聞かせたく……なかったんだ……」
「リベリオ……」
私はリベリオの背中に手を回し、トントンと優しく叩いた。何度も謝りながら抱きついてくるリベリオはなんだかレクと大差ない小さな子供みたいに見えた。




