23 青リモルが目にしみる
「おう、嬢ちゃん。来たぜ!」
「いらっしゃいませ!」
次に来たのはリモルを売ってくれるマウロさんだ。しかもマウロさんの知り合いらしい2人を連れている。
「すげえ、何もないのに涼しいな」
「こりゃあ魔法か」
2人とも白熊っぽいマウロさんに負けず劣らずのガタイのいいおじさん達だ。暑い日差しを遮る闇魔法に驚いている。
「マウロさん、来てくれてありがとうございます!みなさんこちらのお席にどうぞ!」
「それにしても驚いたなぁ」
「嬢ちゃん、実はこの家、マウロの婆さんの家だったんだ。知ってたかい?」
「えっ!?そうだったんですか!」
私は驚いてマウロさんの方を見た。マウロさんは感慨深そうにキョロキョロとしている。
「ああ。通りの近くでカフェって言ってたから、もしかしたらと思ったんだが。やっぱりそうだったんだな……雰囲気も昔のままで懐かしいや」
マウロさんは私の視線に気が付いたように手を振った。
「悪い悪い!辛気臭い話をしちまったな」
「いえ、そんな。使えるものはそのまま使わせてもらっているんです。マウロさんが座ってるその席のテーブルとベンチは元々あった物です。もしかして見覚えないですか?」
「ああ、これ……婆さんが使ってたテーブルか。こんなに綺麗にしてもらって……」
「ええ、お隣さんが綺麗に磨き上げてくださって。これからも大切に使わせてもらいますね!」
マウロさんは嬉しそうにテーブルを撫で、おじさん達によかったな、みたいな感じで肩を叩かれていた。
「……おっと、つい話し込んでしまったな。なあ、メニュー見せてくれ」
「はい、どうぞ!」
3人のおじさんはメニューを覗き込み、何やら考え込んでいる。
「あの、よければメニューの説明しましょうか?」
「ああ頼もうかな。悪いがよく分からなくてなぁ」
「まず、アイスコーヒーはコーヒーをうんと冷たくしたものです。抽出の方法が普通のコーヒーとは違うんです。さっぱりして飲みやすい味わいが特徴ですよ。砂糖は入ってないのでシロップをお付けしています」
「へえ、じゃあ俺はそれで」
おじさんの1人は早速アイスコーヒーに決めてくれた。
「他のも気になるなー。これはリモル使ってるのかい?」
リモルを作っているマウロさんはやっぱりリモルを使った飲み物が気になるようだ。
「はい。リモルスカッシュはリモルシロップを炭酸水で割った、こちらも冷たい飲み物です。甘酸っぱくて美味しいですよ!炭酸水は弱めることもできますし、最初から普通のお水で割ってリモネードにも出来ますが、どうしますか?」
「炭酸水って、まさか、ここのかい?」
「そうです。ここの炭酸井戸を使ってます」
「いやあ、まだ出たのか。婆さんが元気な頃、冷たい炭酸水にリモルを絞って飲ませてもらったんだ。じゃあ俺は青リモルスカッシュてやつで頼む」
「じゃあ俺は黄リモルのリモネードにしてくれ!」
「はい!」
どうせなら、と別々のメニューにしたみたいだ。
3人分でそれぞれ別々のメニューなのでにわかに慌ただしくなった。
けれどどれもそれほど手がかかるわけではない。そう待たせることもなく用意できた。
「はい、お待たせしました。アイスコーヒー、青リモルスカッシュ、黄リモネードです」
「おお、来た来た」
「うわ、カップが冷てえ」
「炭酸井戸は冷たいのは知ってたけど、他のもそんなに冷たくできるのか」
マウロさん達もカップを持っただけでその冷たさに驚いている。まあ、王子であるリベリオですらかなり驚いていたし、そもそも冷たい飲み物を飲むという文化がそもそもないみたいだ。
口に合わなかったらどうしようと少しだけ考えたけど、一口飲んだマウロさん達の表情を見ればすぐに杞憂だったと分かる。
「冷てえ……」
ぽかんと目を見開き、直後厳ついおじさん達が子供のように目をキラキラとさせ始めたのだ。
「う、美味え!これが、本当にコーヒーか!?」
「ああ……こっちも冷たくて……まるで体に染み込むみてえだ!」
「だから言っただろう!」
マウロさんは我がことのように大威張りだけど、私も悪い気はしない。
アイスコーヒーを頼んだおじさんは「ああもうなくなっちまう……」と呟きながら大事そうに飲み、黄リモネードを頼んだおじさんは甘いのが好きらしく、実に美味しそうにちびちびと飲んでいる。
「俺はこのうんと甘いのが気に入ったよ。最初は酒がねえのか、って思ったけどよ」
「俺はこのアイスコーヒーっての、仕事前と仕事後にガブガブ飲みてえなぁ!毎日……は無理でも常連客になれるくらいには通わせてもらおうじゃないか!」
「ありがとうございます!」
私はそこでまたポイントカードを配り、説明をした。
「そりゃいいな。しかも明後日まで2倍なのか」
「もちろん明日も来るぜ!」
「マウロさんもどうぞ」
「ああ、ありがとうな」
マウロさんは静かに味わってくれていた。やはり自分で作ったリモルだからだろうか。それとも炭酸がやっぱり合わないのか。
「マウロさん、炭酸キツくないですか?キツかったら少し弱められますよ」
「ああ、炭酸は大丈夫なんだが、思っていたより甘くてな。いや、美味いんだが、ほんの少しだけな!」
マウロさんは慌ててフォローをしてくれる。私にはちょうどいい甘さのリモルスカッシュだけど、甘過ぎると感じる人もいるのだろう。
「俺にはこの甘さがいいんだがなー。マウロは酒好きだから」
「ええと、じゃあ炭酸水を少し足しましょうか?」
「いいのかい?」
私は頷いて炭酸水を入れていた琺瑯のピッチャーを持ってきて注ぎ入れた。
「これくらいでどうでしょう」
「あ、ああ、ちょうど良くなったよ」
「よかった!」
「なあ、嬢ちゃん、その水差しは……」
「あ、これですか?この家のパントリーにあったんです。これもマウロさんのお婆さんのですよね?リベリオがよく手入れされていていい物だっていうから、使わせてもらっています。炭酸水を入れるのにすごく重宝しているんです!」
「……それと、一揃いになってる鍋はなかったか?婆さんの愛用の品だったんだ。でも死んだ後、この家を片付けた時にはどうしても見つからなかったんだ」
「へ?」
「長いこと使ってて、ほんっとうに大事にしててなあ。爺さんが買ってくれた宝物だって、何度も修理して、磨いてもらってさ。だからきっと、婆さんが天国にまで持ってったんだとみんなで噂しててよ……」
「そ、そうだったんですか」
「きっと、よっぽど嬢ちゃんが気に入ったんだろうなぁ」
私は青い琺瑯のピッチャーをなでなでした。なんだかすごく嬉しかった。私もおばあちゃん子だから気に入ってくれたのだろうか。
この家を借りる時、幽霊とかいたら怖いな、なんて思ってたけど、このマウロさんのお婆さんならきっと怖くないはずだ。
「ありがとうございます。これからも、うんと大事に使いますね」
強面ながら涙脆いマウロさんは、すんと鼻をすすり、潤んだ目を誤魔化すように青リモルスカッシュをぐびりと飲んだ。
「ああ、美味いねえ。この青リモルが酸っぱくて、目にしみらぁ」




