21 木陰カフェ、開店!
「よし、いい天気!」
アニムニアは毎日いい天気だけど。
けれど今日は待ちに待ったカフェのオープンの日だ。気持ちいいくらいの青空になんだかやる気が出てくる。
まだ教会で寝泊まりしている私は持っていくものの最終チェックをしていた。
リベリオは荷物持ちがてらカフェにも着いてきてくれる。でも、出来るだけ手は出さないように頼んでいた。今日からなるべく私の力だけで頑張らなきゃいけない。それがなかなか難しいんだけど。
「アイスコーヒーよし、リモルシロップよし、お釣銭もよし!ええと、それからそれから……」
「少し落ち着け」
「うう……なんだか緊張しちゃって」
「サナなら大丈夫だ」
頭をポンと叩かれる。リベリオに背中を押してもらえた気がして少し落ち着いた。
「それに、サナには味方がたくさんいるだろ」
リベリオが顎をしゃくる。見れば戸口に隠れるようにレクたちが可愛い耳を覗かせている。見送りに来ていてくれたようだ。
「みんな、来てくれたんだ。ありがとね!」
「あの、あのね、サナお姉ちゃん……」
レクはもじもじとしながら畳まれた布を差し出した。
受け取って広げると、襟付きの黒いワンピースとフリルの付いた白いエプロンだった。
「これ……!」
「カフェ開店のお祝いですよ。縫ったのは私ですけど、この子たちにも一針ずつお手伝いしてもらいました。受け取ってくれますか?」
フォクシーが微笑みながらそう言ってくれる。
私は思わずレクとウリーとミーカの3人をまとめてぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう!すごく嬉しいよ!フォクシーも、ありがとうございます!」
じわっと涙が浮かび、もらったばかりの服に零さないように慌てて拭った。
カフェに着き、奥の部屋で早速着替える。黒いワンピースに白いエプロンは安定したかわいさのある組み合わせだ。カフェやレストランのお仕着せっぽくもある。
「ほ、本当にカフェっぽくなってきた」
「カフェだからな」
リベリオはテーブルを動かしながらそう言った。
しばらくして準備が整い、あとはオープンの札を出すばかりとなった。
「サナ、看板はどうする?店名とか、考えてあるか?」
「あっ!」
私は慌てた。メニューなんかは前もってリベリオが書いてくれた。フォクシー曰く、リベリオはびっくりするほど字が綺麗なのだそうだ。私はまだ知らない単語も多くて良し悪しがわからないのだけど。
けれど看板のことはすっかり失念していたのだ。
「あああ、どうしよう!」
「落ち着け。看板用の板ならカストさんが用意しておいてくれたぞ」
「よ、よかった。でも店名が思いつかなくて……」
私はええと、と頭をフル回転させた。
不意に頭をよぎったのは、こないだリベリオと一緒に行ったカフェ。
あんな高級なカフェではないけど、木陰みたいに涼しいところで、自然の風に吹かれながらゆっくり冷たい飲み物を飲んでもらう。そんな居心地のいいカフェにしたい。
「……木陰カフェって、どうかな」
「木陰がないのにか?確かにお前の闇魔法は木陰みたいに涼しいが」
「うん、そう。だからかえって面白いよ。木がないのに木陰のように涼しいカフェ!」
外からは分かりにくいが、闇魔法ですっぽりと店の上を覆い、どの席に座っても涼しいようになっている。テーブルや椅子はカストさんが作ってくれて、木の滑らかな質感がいかにも心地良さそうだ。
冷たい飲み物だけでなく、心地いい空間を提供する木陰カフェ。思い付きだけど悪くない気がする。
「じゃあ看板に書くけど、こんな感じでいいか?」
リベリオは紙にさらっと書いて見せてくれた。
「あ、あの……自分で書いてもいいかな」
私の小さな決心だ。まだこっちの文字はほとんど書けない。それでも、私がやると決めたことだから、その最初の一歩の証として、私が書きたかった。
リベリオはすごく優しく微笑んで書いた紙を差し出した。
「ほら、これを手本にするといい」
「うん、ありがとう!」
私すごくぎこちない筆遣いでリベリオの手本を真似しながら看板に店名を入れた。
「ど、どう、おかしくないかな?」
「大丈夫だ。ちゃんと書けてる」
ほっとして、私は入り口の門扉に引っ掛ける。
「出来るだけ自力で頑張るつもりだったけど、結局リベリオに手伝ってもらってばかりだね……」
「これも仕事だ。気にするな」
「そ、そっか……そうだよね」
リベリオからすれば、私と一緒にいるのもジーノさんから頼まれた、ただの仕事なのだ。分かっているつもりでリベリオとずっと過ごしていたせいか、すっかり頼りにしてしまっていた。
「おい、サナ」
リベリオは私のおでこにピシッとデコピンした。
「いったぁ!」
「もう一度言う。サナなら大丈夫だ。サナが面白い闇魔法の使い方をしてカフェをするからじゃなく、サナのこれまでの自分自身の選択が、周囲を味方につけたんだ。だからもう少しだけ自信を持て。きっと、人がたくさん集まるいいカフェになる」
リベリオは少し屈んで、私に目線を近づけた。あのハッカ飴みたいな瞳がすぐ近くにある。心臓がドキッとした。
「今日はサナにとって大事な日だ。俺のことはいくらでも使えばいい。そのためにいると思ってくれ」
「で、でも、私がリベリオを雇ってるわけじゃないし……本当に今更だけど、申し訳なくて」
リベリオの仕事は私の監視役としての意味合いもあるから、外出についてくるのは分かる。そのついてで荷物を持ってくれるのも、私から目を離さないために必要だから、という理由にも取れるし。でも私が始めた仕事まで手伝わせるのは、これまでとはやっぱり違う気がした。
「……それなら、俺に1人目の客って栄光をくれないか?」
「え?」
「記念すべき1人目の客だぞ。手伝いをしに来たからこそ、運良くその座を得ることが出来た、っていうのはどうだ?」
リベリオは50デルをカウンターテーブルに置いてスツールに座った。
「サナ、冷たいアイスコーヒーを一杯頼む」
「うん、じゃなかった、はい!」
私はリベリオからもらった50デルをレジ代わりの鍵付きの引き出しに入れた。記念すべき、最初のお客様。私が生まれて初めて自分で稼いだお金。それはすごく特別な気がした。
何度も練習した手順通りにカップに水出しアイスコーヒーを注いで、闇魔法でちょうどいい冷たさまで冷やす。そしてシロップと共にリベリオの前に置いた。
「お、お待たせしました!木陰カフェの特製アイスコーヒーです!」
「ありがとう」
リベリオは甘いシロップを入れたアイスコーヒーに口をつける。
「うん、美味い」
リベリオは本当に嬉しそうに、銀色の狼耳を横に倒してごくごくと飲む。飲み込むたびに喉仏が上下に動く。私はリベリオが飲み終わるまで固唾を飲んで見守った。そしてあっという間に飲み干したカップが置かれる。
「ごちそうさま。美味かった」
「どういたしまして」
カップを片付けようと手を伸ばし、リベリオに手首を掴まれてギョッと驚く。何か硬いものを手のひらに握り込まされた。
「サナ、俺からの開店祝いだ」
「えっ?」
おそるおそる手を開く。
銀色に光る髪飾りがそこにあった。
楕円形の金属の土台は繊細そうに組まれ、その中央にトルコ石に似た緑色の石が飾り付けられている。
「これ、アデル石……お守りの石なんだっけ?」
「知っていたのか」
「うん、レクがブレスレットにしてるのもこの石だから」
「それなら話は早い。アデル石は持ち主の危険を知らせてくれる守護の石なんだ。アクセサリーだと仕事中には付けられないかもしれないが、髪飾りなら大丈夫だろ?」
「う、うん、ありがとう!」
「なるべく肌身離さず大事にしてくれ」
「うん!早速付けてみようかな」
そう言った私にリベリオは手を差し出した。
「ほら、付けてやるよ」
「え、うん。じゃ、じゃあお願いします……」
リベリオの方に背中を向けた。
なんだか気恥ずかしくて頬が熱くなってしまう。リベリオの指が触れる感触。さらさらと私の髪を指で梳いてくる。胸の奥がくすぐったい気がした。
パチンと軽い音がして髪飾りが留まる。
ハーフアップみたいに留めてくれたから、身動きしても髪がバサバサ動かなくていい感じだ。
「……リベリオ、ありがとう!」
「どういたしまして。それよりそろそろ時間だろ?まあ、1番はもう俺がもらったが」
「そうだった」
私は開店とこちらの言葉で書かれているプレートを持って飛び出した。
「木陰カフェ、開店です!」




