19 ミンティオ茶
ゆっくり飲んでいたミンティオ茶を飲み終わる頃、リベリオは戻ってきた。
とりあえず怪我なんかは無さそうだ。
「すまなかった。何も起きてないか?大丈夫か?」
「うん。何も起きてないから安心して。リベリオの方は大丈夫だった?……子供が事故にあったって……」
「ああ。幸い軽い怪我で済んだ。医者に引き渡したからもう大丈夫だ」
「良かった!」
それを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「ああ。医者も驚いていた。……正直、死んでいてもおかしくなかったんだ」
「きっとリベリオがいたおかげだね!」
「……いや、サナの力なんじゃないかって、俺は思う」
「え、いやいや、そんなわけないでしょう。だって私……」
「……ここでする話じゃないな。帰ろう」
「う、うん」
私は立ち上がるリベリオにくっついてカフェから出た。
また人通りの少ないあたりを歩きながら、リベリオは再び口を開いた。
「サナはロザーンに聖女として召喚された。サナは間違いだったと言ってたけど、俺には聖女としての力があるように思える」
「いや、まさか。だって私、闇魔法しか適性がなくてロザーンから追い出されたんだよ。豊穣の聖女が闇属性のはずがないって」
「なぜ闇属性だと聖女じゃないんだ?」
「え?」
私はきょとんとして目を瞬かせた。そんなこと考えたこともなかった。
「光属性ならそれっぽいか?ただ単にロザーンの人間が想像していた聖女像と違っただけじゃないのか」
「だ、だって私、癒しの力とか使えるわけじゃないよ。闇魔法は奪う力だもん。レクの時は熱を奪ったのがたまたま効果があっただけで……」
確かに途中からとはいえ、突然言葉が分かるようになったり、闇魔法も色々な使い方を自動的に覚えた。
けれど、私はそんな大それた存在とは思えない。仮に聖女だったとして、ロザーンに戻されるのだけは嫌だった。
リベリオは俯いた私の頭を安心させるようにぽんと叩く。
「その可能性も考えて、なるべく気をつけてくれ、ってだけだ」
「う、うん……」
私は頷いた。言い方は少し軽いけど、その目はすごく真剣で、リベリオが本当に私を心配してそう言ってくれているが分かったからだ。
「もし、サナが聖女だったとしても、俺が守るから……何かあったら俺を呼べよ」
「……うん!」
胸がドキドキとして、でもリベリオならきっと大丈夫って思えた。
「で、さっきのカフェはどうだった?参考になりそうか」
「あ、そうだ。さっきリベリオを待ってる時にミンティオのお茶を飲んだんだ」
「ミンティオか。口の中がスーッとして涼しく感じるって、好んで飲むやつもいるな」
「あれも私のカフェで使えるかもしれないなって。よく似た葉っぱが私の世界でもよく食べ物や飲み物の飾りとか、風味づけに使われてたんだ。果物屋さんにはなかったけど、どういう店に売ってるか知ってる?」
私がそう尋ねるとリベリオは目をまたまん丸にした後、ぶはっと盛大に吹いて笑い声を立てる。ちょっと珍しい笑い方だ。
「……お前、最近よく目にしてるけど」
「え、やっぱり?どこかで見た気もするんだけどなー」
どこだっけ、と思案している内に家に着いた。まだしばらくは教会に寝泊まりして、こっちの家兼店舗に通う予定だけど、今日は炭酸水を汲んで帰る予定なのだ。
だがリベリオはすぐに敷地に入らず、生垣を指差した。
「ほら、探し物。見つかったぞ」
「え?……あっ!」
見覚えのある葉の形に私は目を見開いた。
家の周りをぐるっと囲む生垣こそ、私が探していたミンティオの木なのだった。
「まあ、葉っぱを潰したり強く擦らないと独特の匂いがしないから気がつかなかったんだろうな。上の方の柔らかそうな葉を摘むといい」
「灯台下暗しだよ!まさかこんなところにあったなんて」
葉っぱを摘んで手で揉んでみるとさっきのミンティオ茶と同じ香りがする。
しかしここにあるということは少なくともミンティオの材料費はかからないということだ。思わずガッツポーズだ。
「ミンティオは結構伸びるのが早いから、若い芽をたくさん摘んだ方がいいわよー!それから、虫除けにもなるから、壁とかに吊るしてたまに交換すると効果あるわよ。この炭酸水に入れても美味しいから、試してみてちょうだいな」
「わっ!」
「で、出た……」
またも神出鬼没なシビラさんである。本当に心臓に悪い。
でもそのシビラさんからミンティオのおすすめな使い方を教えてもらった。
拭き掃除の時に使うと臭い消しになっていいらしい。しかも虫が寄り付かないのだとか。このくらいの虫、とシビラさんが指で5センチくらいを示したので私は鳥肌を立てながら拭き掃除に絶対に使うと心に決めたのだった。
「じゃあ、教会でミンティオ茶を飲めるように多めに摘んで帰ろうか」
私とリベリオはミンティオの葉を摘み、炭酸水を汲んで教会に戻った。
摘み立てのミンティオ茶を飲みながらカフェでの価格の設定をリベリオやフォクシーと話し合う。
「私としては40デルくらいでいいんじゃないかと思うんです。今日行った店はちょっとお高いというか、あんまりゆっくりできる気分じゃなかったです。私はもっと気楽な店にしたくて」
「いや、言いたいことは分かる。だが40は安すぎる。あの内容なら60デルでも安いくらいだと思う」
「うーん、50デルで簡単なランチを食べられるくらいですよね。飲み物だけで60デルも、と感じる人もいるかもしれません」
私はフォクシーの言葉に頷いた。
私からするとアイスコーヒーもリモルスカッシュも物珍しさだけで、そこまで高値を付けたくはない。どちらも原価はかなり安い。
けれどリベリオは首を縦には振らない。
「だが、値段設定は安くしすぎない方がいいこともある。あのあたりは治安もいいし、客層もそれほど悪くはないはずだ。それでも安過ぎればそれなりの客ばかり集まることになるぞ」
「ええーじゃあ50デルっていうのは?私としてはそれでもちょっと高いんだけど……ポイントカードみたいなのを作って、10回貯めたら1回無料にするっていうのはどう?」
「ポイントカード?」
ポイントカードの概念がないらしい2人に私はポイントカードを説明した。
「ああ、3つ買ったら1つおまけ、という形式に似ているのですね」
「そうそう。ただ数日に分けて買ってもそのおまけを持続させる、みたいな感じ。何回も来た方がお得な感じがするでしょう」
「10回来たというのを証明するにはどうするんだ?」
「印刷した紙に印を付けるんだよ。ハンコ押したり、シール……はないか」
印刷技術はあるけど思ってた以上にお金がかかるみたいなので、とりあえず普通の紙を用意して、私が丸かいて紗という文字を書き入れるという方式にした。紗奈の紗の文字だ。
こっちの人には漢字は複雑な記号にしか見えないらしいから、簡単に真似できないし、しかも私の字なら間違えようがない。
それに、もしかしたらこっちの世界にも私みたいに連れてこられた日本人が他にいるかもしれない。いるかどうかもわからないけど、もしもその人がポイントカードから私のカフェを見つけてくれたら。
その時のためにも、私はカフェをお客さんでいっぱいの賑やかなカフェにしようと誓ったのだった。




