14 リモルの実
大通りの雰囲気は元に戻り、野次馬も散り散りになっていったので、私達も再び歩き始めた。今度はぶつかられることもなく、真っ直ぐに歩くことが出来ている。
「……サナ、すまなかった。1人にしてしまって」
リベリオはひどく申し訳なさそうにそう言った。狼耳もしゅんと横倒しになっている。私は首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。それに私も走って追いかけるより、リベリオに一言待ってって声をかければよかったんだし」
「いや、ちゃんと後ろを見ていなかった俺が全面的に悪い。この辺りは治安がいいからと油断していた。いや、言い訳だな……怖かっただろ。今日はもう帰るか?」
リベリオは小声で心配そうに言ってくれる。でも私はあえて大袈裟に笑って見せた。
「だーいじょうぶだって。それにすぐ引き返すのは勿体ないよ!お昼までもうそんなに時間なくなっちゃったけど、少しくらいお店見て回りたいしさ」
「けど……今回のことは俺の説明不足だった。サナが外に出るのが初めてだってのに、危険についてもっと説明しておけばよかった」
「ううん、むしろ私がもう少し気が回れば自分で気が付けたことだよ。フォクシーやジーノさんがのんびりしたいい人だったから平和ボケしちゃったかな」
それにすぐに引き返すより、平気そうな顔で大通りを歩いている方が、さっきのことを目撃した人からも印象がいいだろう。
私も少しくらい強くならないと。さっきもリベリオが来るまで、不安で声が出なくなってしまっていた。ロザーンに召喚されて何も言えずに震えていたあの時と何も変わっていない。
ちゃんと市民権があること、リベリオと一緒に来ていることを伝えられていたら、マウロさんだってすぐに誤解だったと分かってくれたはずだ。
カフェを開いたとして、また何かトラブルが起きても、その頃にはリベリオはもういないかもしれない。いつまでも頼るわけにはいかないのだ。
「だが……」
「じゃあさ、リベリオの服の端でいいから握らせてくれないかな?迷子を連れてるみたいで嫌かもしれないけど、そうしたらはぐれないし、私も安心なんだけど」
断られてもいいようにちょっとおどけて言ってみた。
「……仕方ないな……」
おお、成功してしまった。と思ったらリベリオにぎゅっと手をつかまれる。つかまれるというか……これは、手を握られているというやつだ。
「ひゃっ……!」
「こっちの方が俺が安心だ。服の端を握らせていてもまた置いていってしまいそうで怖い」
「え、えっと、リベリオが……いいなら、これで」
心臓がドキドキとして体はカーッと熱い。
「サナ、顔が赤い。気温が上がってきたからか?昼になる前に早めに戻った方がいいかもしれないな」
リベリオからすれば私はレクと同じ扱いなのかもしれない。でもまあ、これはこれで役得だ、と私はリベリオの手を握り返したまま歩き出した。
「ねえ、あの店はなんの店?」
「穴の空いた鍋とかの金属製品の修理だな。店の前に広げてるのは直した品物と、修理用具だ」
「へえー、じゃああっちは……魚?鰹節みたいのがある」
「魚の乾物屋だ。カツオブシというのは分からないが、干した魚を水で戻して煮込んだり、小さい魚は出汁をとるのに使う。この辺りは海が遠いから、鮮魚は淡水魚しかない。海の魚は干した物だけだし、少し高い」
「ふうん。あ、その隣の店は分かった。岩塩!」
「そうだ」
私はリベリオの手を握って、あちこちキョロキョロしながら店先を覗いて回っていた。
大通りは活気があって、店を見ながら歩いているだけで楽しい。たまにさっきの騒ぎを見ていた人が声をかけてくれる。概ね好意的だからやっぱり帰らなくて良かった。
「さっきのマウロさんの店ってどの辺りだろう。何屋さんか聞くの忘れちゃったな」
「おや、さっきの……市民権があるっていう人間の娘か。お嬢ちゃん、マウロの店を探してるのかい?それならすぐそこだよ」
「ありがとうございます!」
通りすがりの人が声をかけてくれて無事にマウロさんの店を見つけることが出来た。
「あ、果物屋さんなのかな?」
さっきぶりのマウロさんは屋台を出している。台には籠がいくつか置かれ、小粒の果物らしきものが盛られている。教会でも出たことのない果物のようだ。
「お、嬢ちゃん!」
マウロさんがこっちに気がついて手を振ってくれた。
「早速来てくれたんだな」
「はい!見せてもらっていいですか?」
「ああ。お、手を繋いで仲がいいねえ。リベリオ殿下、女の子には最初からそうしとくのが1番ですよ」
「……ああ」
そうからかわれてもリベリオはいつもみたいに嫌そうにしないし手を離しもしない。私とはぐれたのを随分と気にしているみたいだ。
マウロさんの店はプチトマトみたいなツルッとした果物が籠に盛られている。サイズもちょうどプチトマトくらい。緑色と黄色で、色以外は同じ種類のように見えた。
「あの、これはなんですか?」
「これはリモルの実だ。緑のは酸っぱくて、料理に使ったり酒に絞って入れるんだ。熟すと黄色になって甘くなってくる。もっと熟したらこれが甘くて美味いんだが、割れやすくてね。今あるのは緑と黄色だけだ」
「へえ、レモンみたい。緑のが酸っぱいんですね。味見してみたいんですけど、1個はいくらですか?」
「バラ売りはしてないんだ。5個で10デルだ。だが嬢ちゃん、字が読めねえのか」
マウロさんは不思議そうに札を示した。どうやらそこに値段なんかが書いてあったらしい。数字はなんとか読めるとはいえ、咄嗟に文字として認識できなかった。
アニムニアは識字率が高いみたいで、私みたいに文字が読めないのはあまりいないのかもしれない。とりあえず誤魔化して笑ってみる。
「あー。ええと……」
「……サナは遠い国からロザーンに無理矢理拉致されて連れて来られたのを、こっちで保護したんだ。使っていた文字が大陸文字じゃないから読めないんだ」
リベリオは、嘘ではないけど、私が異世界人だということはまるっと隠してそう言った。私はこくこくと頷く。
「そ、そうなんです。なので字はまだ全然で……」
「そ、そうだったのか……」
マウロさんは厳つい眉の下にあるつぶらな目を潤ませてスン、と鼻をすすった。
「そんな辛い目にあって……なのにさっきは怒鳴っちまって本当にすまねえ!よければここにあるリモルの実を持って帰ってくれ!袋かなんかあるかい?ないならこの籠そのまま持っていっていいからよ……!」
「えっ、でも、こんなに」
「いいって。どうせ店をやるのは昼までだ。夕方からはリモル畑の手入れがあるからな」
私は緑と黄色のリモルが盛られた籠を押しつけられて困惑した。持ち運びやすいように、わざわざ取っ手が付いている籠だ。
「いやいや、お金払います!私、お金の数え方も練習してるんで!」
「いいから受け取ってくれ!そんで、美味かったら今度はお客として買いに来てくれよ。な?」
「そ、それなら……」
私はありがたくリモルの実を頂戴したのだった。
ほどなく昼を告げる鐘がなり、私は教会に戻った。
初めての外出はこうして終わったのだった。しかしリベリオは教会に着くまで私の手を離すことはなかった。




