13 大通りぶらぶらショッピング
物件を決めた私とリベリオは一本向こうの大通りの方に来ていた。
道路一本移動しただけで、静かな住宅地から雰囲気がガラッと変わる賑わいだった。
日本の都心部に比べればそうでもないけど、ひっきりなしに人が歩いていて、こっちに来て一番の人口密度を感じていた。その分熱気もすごい。
しかも色々な種族の獣人だ。思わずキョロキョロしてしまって田舎者丸出しかもしれない。獣耳ウォッチングが捗るので、ニヤつかないように気を付けた。
この通りは、全部ではないけどお店の数が多い。家の一階の土間部分を店舗にしているか、でなければ家の前に屋台が置かれていることが多い。だからごく小規模で、売っている商品も多くない。なんだか昔ながらの商店街のような雰囲気だ。
「で、何が見たいんだ?」
「ええと、果物とか、あとカフェで使えそうな食器類とかかな。でも今日はどんなお店があるか、まず見てみたくて」
「そうか。どっちも市場の方が種類がある。果物も店で使うなら契約して、ある程度の量を確保した方がいいだろうな」
「なるほど。そういうことも出来るんだ」
「ああ。とりあえず一周してみるか」
「うん!」
私は久しぶりのウィンドウショッピングに心を躍らせた。
だがそれも最初だけ。人が多いところを歩くのが久しぶり過ぎてトロトロと歩いていた。決してのんびり歩くつもりはないんだけど、リベリオは先行してテクテクと先に行ってしまう。
もう少し早く歩きたいけどなかなか前に進まない。人混みでの歩き方を忘れてしまったみたいに、何度も人にぶつかりそうになってはペコペコ頭を下げる。
もう既に何度か舌打ちもされてしまって、ちょっとだけ怖い。でもリベリオにだって最初は舌打ちもされたし、そもそも剣を突き付けられたりもしたのだ。舌打ちした人達も気が短いだけで悪い人じゃないかもしれない。
でも歩いても歩いてもリベリオとの距離は縮まらない。むしろ広がる一方だ。
リベリオは背が高いし脚も長いから歩幅がそもそも私より大きいのだ。
見失わないように、急ごうと小走りをした。
不意に肩にドンッと強い衝撃が当たってよろめく。
大柄な人──白熊のような耳の獣人にぶつかってしまったのだ。私の肩の位置ということは腹部だ。こっちに来た衝撃からしてかなり痛かっただろう。
──やってしまった。
私は慌ててその場に立ち止まり、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「ったく、痛えなぁ!ちゃんと前見ろや……うん?」
男の人は動きを止め、私をまじまじと見た。
「耳なし……人間か!?なんでこんなとこに……」
「え、わ、私……」
「おい、通行証はどうした!この人間が。大人しそうな顔して、ガキを攫いにでも来たか!」
「え?人間?」「人間だって」「やだ、なんでこんなところに?」「おい、番兵を読んだ方が」「人間だってさ、子供を避難させた方が」「うそ、いやだ!」
ざわざわと人間という言葉が波のように広がっていく。広がりきった声は今度は津波のように私の方へと一気に押し寄せた。
周囲の人が私を指差す。睨む。舌打ちをする。嫌なものを見たかのように足早に去っていく。
それは、あの煌びやかな宮殿で、訳もわからずに糾弾された時と同じ。あの怒鳴り声がフラッシュバックする。周囲の全てが私という異分子を忌み嫌っているかのようだった。
声が出ない。弁明したいのに、喉が凍りついてしまったように、何も言えなかった。
「──おい、聞いてるのか!」
男の人が私の腕を掴もうと手を伸ばす。
けれどその腕は私を捕らえることはなかった。
「サナに触れるな!」
リベリオが男の人の腕をねじり上げて動きを制していた。
「リ……ベリオ……」
「悪い、気づくのが遅れた」
「いててて、なんだ、おまえ……り、リベリオ殿下!?」
「あ、あの、ごめんなさい!違うの!私がこの人にぶつかっちゃったのが悪いの!」
さっきまで声が出なかったのに、リベリオが来たら凍りついた喉が溶けたように声が出た。リベリオの顔を見てホッとして解凍されたみたいだった。
リベリオもそれを聞いて男の人の手を離した。男の人は痛そうに腕をさすっている。
「……本当か?」
「ほ、本当だ!その娘にいきなりぶつかられて、通行証がない人間だったから……」
「わ、私がリベリオを見失っちゃって……急いで追いかけようとしたから……あの、ごめんなさい!」
「このサナは正式に市民権を与えられている。周囲の方々にも聞いてほしい。彼女は通行証を所持する必要はない。このリベリオの名においてそれを保証する」
リベリオの言葉に、男の人は困惑したように頭をかいた。
「そ、そうだったのか。いや、俺も勘違いして悪かったな……」
「いえ、あの……ぶつかったところは大丈夫ですか?怪我とか、痛みとか……」
「全然なんともねえや。むしろ俺よりあんたの方が痛かっただろう。怒鳴ってすまなかったな。怖かっただろ」
男の人はやっぱり下町のおじさんって感じで、悪い人ではなかった。怪我もさせてなくてホッとする。
「前方不注意な私が悪かったので……」
「いや、俺がサナを見失ったのがそもそもの原因だ。監督不行き届きをお詫びする。大変申し訳ない。周囲の方々も騒がせてすまなかった。各々の生活に戻ってくれ」
「ああ、俺も配達の帰りで店空けてんだ。急いで戻らねえとな。もう行っていいかい」
「あ、あの!おじさんは、この通りでお店をやってるんですか?」
「ああ、そうだよ。この通り、まっすぐ行ったとこで──」
「わ、私はサナと言います!人間ですけど、アニムニアに来れて本当に良かったと思っています!この近くでカフェをやる予定なんです!で、ですから、その……ご近所として、よ、よろしくお願いします!」
私はつっかえつっかえ、でも大きな声でなんとかそう言って頭を下げた。
おじさんは一瞬きょとんとした後、優しそうに笑ってくれた。周囲の視線もいつのまにか優しいものに変わっていた。
「そうかい。わざわざ挨拶してくれてありがとうな。俺はマウロだ。カフェか、開店したら行かせてもらうからよ」
「あ、その際には今日のお詫びに一杯ご馳走しますから、是非!」
「そりゃあ楽しみだ!その内うちの店にも来てくれ」
マウロさんはそう言ってのしのしと歩き去っていった。
周囲の人も、私達のやりとりからして丸く収まったと理解したようで、少しずつ離れていく。
「ねえねえ、あの子、人間だけど市民権あるんだって」
「へえー」
「人間にもまともな奴もいるってことだな」
「お嬢ちゃん、頑張んな」
「あっ、ありがとうございます!」
全員が全員好意的ではないが、私が正式に市民権を得ているということを、少なくとも今周囲にいた人には知れ渡ったはずだ。
でも、ロザーンでは獣人が人扱いされないのと同じように、この明るくて素敵なアニムニアにも人間を毛嫌いする人がたくさんいる。喋ってみれば気のいいおじさんなマウロさんでさえそうなのだ。
私は悲しかった。人間として冷たい扱いを受けることではない。人間と獣人の間にはとても根深い問題があり続けているということにだった。




