第89話 シュタインズフォート攻城戦 前哨戦
シュタインズフォートは石造りの砦だ。
周りにある山肌と隣接して建造したことで、攻めるに難しく、守るに易しと防衛拠点としては非常に優秀だ。
また、部屋と部屋を繋ぐ廊下には、物見窓がある。
ティオール帝国の将校であるアシュケルは、その窓からシュタインズフォートに近づいてくる二人の姿を確認していた。
「ブシュシュ、懲りない奴等ですねぇ、まったく」
アシュケルは"爆炎"の二つ名が示す通り、火属性の魔法を得意としている。
しかし、見た目は蛙のそれで、魔術師のイメージとは程遠い。
髪の毛が後退した頭。低い鼻。横に広い顔。
ゆったりとしたローブを着てもわかる、ぶっとりとした身体。
アシュケルが近づいてくるシュタイン王国の兵士に、醜悪な笑みを送る。
さっきも十人のシュタイン王国の兵を葬ったばかりなのに、学習能力がないと思ってるのだろう。
「ブシュシュ、気高き炎よ、柱となりて、仇を滅ぼさん!」
アシュケルが片手を前方に突き出し、言葉を紡ぐ。
詠唱が完了すると、指先に炎が具現化した。
アシュケルは、これを火矢のように放つ。
ーー 爆炎魔法は、この火矢が火種となり、目標に向かって飛来する。
そして着弾後に火柱を起こす魔法だ。
火矢は爆炎魔法の初期段階ということになる。
大体は爆炎魔法の火矢が見えず、着弾して火柱があがってから気が付く。
そして火柱が上がってからでは、この魔法を避けることなどできるはずもないのである。
アシュケルは、この後の光景を想像して、醜くほくそ笑む。
しかし、現実は思っていた結果にならなかったようだ。
近づいてくる王国兵の二人は、火種の軌道を見て動いており、着弾時には安全圏に移動している。
「ブシュシュ、うっとおしいですぇ、まったく」
再度、アシュケルは爆炎魔法を構築して放つが、これも躱されてしまった。
そうしている間に、王国兵二人は砦の門に肉薄していた。
☆
ジャックスとルシフェルは、二度の爆炎魔法を躱した。
もう、砦の門は目と鼻の先にある。
二人は互いに視線を交えると、持っていた火の魔法石を門に向かって投げた。
火の魔法石は、美しい放物線を描きながら門に到達する。
刹那、眩しい閃光と同時に、大地を揺るがすような爆音が起こった。
火の魔法石が起こした爆発の煙が去っていくと、歪に変形した門が姿を現した。
二人はお互いに親指を立てて、戦果を讃え合う。
「それじゃあー、もう一発いってやろうかー」
ジャックスは、相変わらず抑揚のない声とセリフで、やる気をみせる。
ルシフェルも、それに合わせて頷いた。
しかし、その一瞬の隙をアシュケルは逃さなかった。
火の魔法石が爆発するタイミングに合わるように、爆炎魔法の詠唱を終えていたのだ。
既に目の前まで迫っている爆炎魔法の火矢を前に、ジャックスはルシフェルを突き飛ばした。
「はは、ツイてない。ルシフェル! 俺に代って村の仇をうってくれ!」
ルシフェルは、吹き飛びながらそんな言葉を聞いた。
そしてルシフェルのいた場所に火柱が立つ。
その火柱は爆発音と共に、間欠泉のように吹き上がった。
それは、火の魔法石が砕けた証。そして、ジャックスの命が消えた証だった。
「ジャックス? ジャックス……、ジャアアアアアッッックス!」
ルシフェルは門に向かって走り出した。
ジャックスの名前を何度も、何度も、何度も叫びながら。
☆
ピリスは、一際巨大な火柱が起こったのを見て、目を背けていた。
少し前、砦の門が悲鳴を上げた時、使われたのは火の魔法石であると考えていた。
そして、今の爆炎魔法を見て、火の魔法石が暴発したと結論づける。
門の手前でそれが起こったと言う事は、それを持っていた人が火柱に巻き込まれた事を意味する。
通常の爆炎魔法でも人が炭になるのだ。助かるはずもない。
火の勢いが収まってくると、状況が変化しているのが分かった。
ピリスは再度、目を凝らして状況を確認しようとする。
そこでは、一人の冒険者が門に向かって、尋常ではない速さで走っていた。
その背後で火柱が上がっている。走っている速さに、魔法が追いついていないようだ。
「魔法の変化より速く走れるなんて……。彼は一体何者なの?」
ピリスは、普通では考えられない状況に、呟きを漏らす。
そして、伝令に伝えた。
「各部隊長に通達を。彼が門を破ることができたら、全軍で一斉に速攻を仕掛けます。」
伝令は頷くと各部隊長の元へと走っていく。
冒険者二人が命を賭して、アシュケルの攻撃方法を暴いてくれた。
爆炎魔法は躱せる。そして二回連続で構築するのが限界であると。
この戦いで鍵を握るのは、どれだけ速く移動できるか、という事。
そして、どれだけ速く、砦に入る事ができるか、という二点。
移動を速くする事で、爆炎魔法を躱しやすくなる。
砦に入ってしまえば、爆炎魔法は放つことが出来ない。
そして遂にその時が来る。
砦に向かって走っていた冒険者が門に何かを投げた。直後、爆発音が戦場に轟く。
それが、王国軍の鏑矢となった。
「全軍、攻撃を仕掛けます! 私に続きなさい!」
ピリスの号令と共に、地響きを立てながら、第一騎士団が動き出した。
追いかけるように、冒険者軍団が動き出す。
☆
門を破壊したルシフェルは、そのまま砦内へ侵入していた。
しかし、帝国の拠点と化した砦の中には、帝国兵が待ち構えている。
単騎のルシフェルは、またたく間に取り囲まれてしまった。
ルシフェルは、視線を巡らしながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ジャックス……。折角助けてもらったけど、僕もこれまでかもしれない……」
ルシフェルは鞘から剣を抜いた。
そして、スキルを発動させる。
ーー 勇者は元来、強大な敵と戦う事に特化した職業だ。
戦うための直接的な武器スキル。
そして、間接的な攻撃や防御ができる、自己強化スキルを行使できるのだ。
限界突破というものである。
「でもっ! 僕の大切な友人と家族を奪ったお前達は、一人でも多く地獄に連れて行くっ!」
ルシフェルは、普段出さない気合の入った声で、帝国兵に斬り込んだ。
低い体勢を保ったままで、真っ直ぐ剣を突き出す。
今のルシフェルは、限界突破の効果もあり、片手剣スキルはⅣ相当の実力になっている。
王国の中では、武闘会の優勝者であるアイリーンと同じレベルである。
ルシフェルが突き出した剣は、不意をつかれた帝国兵の胴を串刺しにする。
「うおおおおぉぉぉっ!」
そのまま、剣を引き抜き、別の帝国兵に斬りかかるルシフェル。
金属のぶつかる音がする。ルシフェルの剣が帝国兵に受け止められたのだ。
鍔迫り合いに持ち込まれたルシフェルは、勝機が完全になくなった。
圧倒的な力で短期決戦が出来なければ、数の暴力の前には一人の力など取るに足らない。
ルシフェルは、一人の帝国兵に向き合っている間に囲まれていた。
後ろから取り押さえられたルシフェルは、見動きが取れなくなった。
そして、鍔迫り合いをしていた帝国兵に、剣の柄を脳天に振り下ろされ気絶してしまう。
ルシフェルは気を失う直前に呟いた。
「ジャックス、みんな……、すま、ない……」
ジャックス「悲しいけど、これ戦争なのよね」




