第81話 甘い誘いには理由がある
その後、すぐにルクールはオケラになっていた。
ポーカーの天才児と思ったのは最初だけで、実はポーカーの十歳児だった。
その後、ゲームを消化して、一時間くらい経過した時のことだった。
全員のチップは良い感じで増えている状態。
軽く見積もっても、全員百万マルク相当になっているだろう。
俺は違うポーカーテーブルにいるお姉ちゃん達を見た。
んんっ!? チップが山積みになっているだとっ!?
明らかにチップの量がおかしい。五百枚くらいあるんじゃね?
「配っても大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です」
俺はディーラーから催促されて、自分のテーブルに注意を戻した。
ディーラーはカードをシャッフルし始める。
俺はそのシャッフルに違和感を感じた。
シャッフルをしているようで、カードの位置は変化していない。
所謂、フォールスシャッフルを行っている。
それを見た俺は、ディーラーの動きを注視する。
その時、ディーラーの指が不自然に動いた。
他の目は誤魔化せても、俺のクローズアップマジックの練習で培った目は誤魔化せない。
カードを配る際、自身のカードを一番下から抜いていたのだ。
俺はすかさず、ジュリアスを肘で小突いた。
「ぶはっ! ヤクモ! いきなりなにをするっ!?」
俺の不意打ちは、ジュリアスの脇腹に直撃したようだ。
さっき合図したらっていったやん? なにをするってどういうことやねん?
俺は足でジュリアスのふくらはぎを蹴った。再度肘を使うのはリスクが高すぎる。
ようやくジュリアスは気がついたようで、横にいるリアナに肘で合図する。
「きゃっ! ジュリアス、ここでするのは無理よ?」
お前ら、なんの合図しとんねん? そんなん後にしてーな。
俺はリアナに向かい、半眼になってギリギリと歯ぎしりをする。
尋常ではない状況に気がついたリアナは、隣のモーガンへつないでくれる。
そして最後のクリストフにも伝わったようだ。
しかし、余りにも怪しい動きをしていた俺達に、ディーラーは訝しげな視線を送ってきていた。
「すみません、なんでもないです」
俺は何事もなかったかの様に装う。
既にテーブルの上にはカードが五枚ずつ配られている。
俺は念の為に内容を確認した。三枚の四のカードと二枚の二枚のカード。
いきなりフルハウスとか、絶対に強気で勝負してしまう手持ちだった。
しかもご丁寧に四とニですか……。少しキザすぎやしませんかね?
後は、クリストフがフォールドして、それに全員が続けば完了なのだが……。
「マキシマムう!」
打ち合わせに反して、クリストフは全額ビッドしやがった。
モーガンは、打ち合わせ通りにドロップする。
「あたしも、コールッ!」
リアナまでっ!?
俺は夫であるジュリアスを見る。ジュリアスは首を横に振るだけだった。
ジュリアスと俺はドロップして、勝負を降りる。
更に、ディーラーにこれで止める旨を伝えた。
「レイズ」
俺達が勝負を降りて、ディーラーは更に掛け金を上げる。
クリストフはモーガンへ視線を投げた。
「ちっ! 分かったよ、これを使え!」
モーガンはクリストフに勝っていたチップを全部渡した。
クリストフは、コールしてディーラーに対抗する。
「ジュリアス、良いでしょう? あたし、今晩がんばるから……」
「あ、あぁ。わ、わかった」
ジュリアスは、声を上擦らせながら同意した。
これは、アカン夫婦の前触れのような気がする。妻の浪費を止める事ができないバカ旦那だ。
リアナもコールをした。
そして、最後にディーラーに回ってくる。
「レイズ」
ディーラーは、チップを更に十枚積み上げた。
クリストフは苦渋の表情を浮かべている。
しばらく考えて、肩をおとして、ドロップ、と言った。
そしてリアナの番になる。
「ねえ、ジュリアス……」
「リアナ、ここまでは遊びで済む。しかし、これ以上は俺達の結婚資金になるんだぞ」
「……そうね、ジュリアスの言うとおりね」
リアナもここでドロップする。その表情はとても悔しそうだ。
俺はリアナに近づいて、小声で伝える。
「リアナ、引いて正解だよ。さっきの場はイカサマが入っていたんだ」
それを聞いたリアナは驚いた表情を作った。
「そ、そんな……」
「ディーラーがカードを操作していたんだ。多分、配られたカードは良かったんじゃない?」
「確かに、あり得ないくらいのカードだった」
「俺はフルハウスが出来ていた。リアナもそれに近かったんじゃないかな?」
「フォーカードだった。だから絶対に勝てると思って」
「フォーカードって凄いな。仲間内で競わせて、最後に繰り上げて落とす。残るのは借金だけだね」
「あたし、ヤクモの言うことを聞いておけば良かった……」
「それは良いんじゃない? それよりジュリアスは良い旦那さんだね!」
リアナは最後の言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。
一度はやりたいように、そして二度目は制御する。
ジュリアスの懐の深さを知って、見習わないといけないと思った。
その時、違うテーブルから叫び声が聞こえた。
「おとう、いえ、ヤクモッ! 助けてっ!」
お姉ちゃんが、俺を名前で呼ぶというのは珍しい。
お姉ちゃん達がポーカーをしていたのは、俺達の隣のテーブルだ。
俺は視線をそこに移した。
テーブルには、既に三人の姿はなく、テーブルの上にあったチップは全てフィリーナ公爵の元にある。
フィリーナ公爵は、部屋に入った時の冷徹な瞳で三人を見ていた。
三人は席から立たされて、部屋から移動させられようとしている。
俺は立ち上がり、フィリーナ公爵の前にダッシュした。
今の状況で考えられることは一つしかない。
三人は、持っている以上の何かを賭けて負けたのだ。
そして身柄を拘束されるという結果になった。
俺はフィリーナ公爵の正面に立つ。俺を見るフィリーナ公爵は氷の表情をしている。
絶対に、ここから振り出しに戻さなければならない。
連れて行かれると、もう三人は取り戻せないだろう。
俺は覚悟を決めて、フィリーナ公爵に対して行動を起こしたのだった。




