第55話 世界の危機が迫っていた件
「君達はこの国の救世主だ! 不便があるようなら何だって言ってくれ!」
大歓声が起こり、興奮が冷めやらぬ街から移動した俺達は、オアシスの畔に建つ宿屋に来ていた。
そして、その宿の美しく装飾されたホールにあるプライベートルームにいる。
ここはチェスの街で最高級の宿泊施設と言うことだ。
白い正方形の石を整然と積み上げられた外観は圧巻の一言だ。
それが、オアシスの水面に投影される様は、芸術家が一枚の絵画を仕上げるのには充分な光景だろう。
そんな場所、しかも最上階を借り切ったエドワード大統領が言ったのが先程の言葉だ。
会談の時には話に出なかったが、チェスの街はオアシスが毒に汚染されていたということだった。
シュタットの街を襲った麻薬は強烈な作用を伴う物だった。
しかし、ここは真綿に首を絞められるような毒が使用されていたらしい。
時期としては、2ヶ月くらい前から身体の不調を訴える住民が出だしたのだという。
そこから一気に全住民に広がりを見せ、街は活気を失った。
議会は備蓄していた物を使い被害は免れたが、街が動かなくなっていたため経済は壊滅的状況だった。
そこにティオール帝国から降伏勧告の書状が届いた。
受けるのか、蹴るのか。
その議論を繰り返すこと一ヶ月。
そこに、帝国の提案と真逆になる連携提案を俺達が携えて来たということだった。
ここまで聞いて、先の会談でどうして返事を即答できなかったのかを理解した。
そしてティオール帝国が何故、こうも手を広げているのかというのも疑問がおこる。
一対一での戦いではなく、一対多を選んでいるのは愚策にも思えた。
ティオール帝国は軍事国家ということなので、何かの勝機があるのかもしれない。
おそらく凄腕の軍師がいるのだろう。
俺が色々と関係のないことを考えている間、エドワード大統領の話は続いていたようで……。
「私は先程、帝国からの書状を破り捨てた。降伏などありえない。君達の行動に対して私達も答えなければいけない。先程の連携提案の件、喜んでお受けしよう!」
エドワード大統領はそう言って右手を差し出した。
「ありがとうございます、エドワード大統領。シュタイン王に良い報告が出来そうです」
エリーは答えて、にこやかに右手を差し出し握手する。
俺達の初めての外交が成功した瞬間だ。
俺は小さく右手に力を入れてガッツポーズをしていた。
その後は自由行動となり、ジュリアスとリアナは手をつないで部屋から出ていった。
モーガン、ルクール、クリストフはエドワード大統領に何か耳打ちしていた。
エドワード大統領は少し悪い顔をした後、ボルドー副大統領を呼んでいた。
エドワード大統領はボルドー副大統領に何かを小声で話すと、これまたボルドー副大統領もイヤらしい笑みを浮かべた。
あの顔は間違いなくエッチなやつだ。
モーガン副大統領に案内されるまま出ていく3人の表情も何となくイヤらしい。
プライベートルームから出ていく3人はティアに挨拶していた。
ティアは半眼になっていたが……。
プライベートルームには俺、お姉ちゃん、ティア、エリー、エドワード大統領だけになった。
そんな中、ティアが口を開く。
「皆さんにお話があります。お時間を少し頂いてもいいですか?」
深刻そうなティアの表情に全員が頷くしかできなかった。
俺達は改めて椅子に座った。
ティアが中央に座り、右手にエドワード大統領、俺。
左手にエリー、お姉ちゃんといった席順だ。
「わたくしはヴィド教会国家第ニ王女のアルティア・マーテルと申します」
この言葉に驚いたのはエドワード大統領。
「ヴィ、ヴィドの聖女様!? こ、これは申し訳ございませんでした!」
「エドワード大統領には特に謝られるような事はされていません」
「い、いえ。私は貴女の事が分かりませんでした」
エドワード大統領は凄い勢いで平伏した。
「良いではありませんか。わたくしは特にエドワード大統領の対応に不満はありません」
そう言って全員を見渡す。
「わたくしはこの場にいる方を信用しております。そしてこれから話をする内容は他言無用にてお願い致します」
全員がその口調と雰囲気に気圧され、首肯のみで答えた。
「皆様ありがとうございます。わたくしが、ヴィド教会国家を出てシュタイン王国に来ていたのには、理由があります」
ティアは少し言いにくそうにしながら、更に続ける。
「六ヶ所の女神の神殿うち五ヶ所で何者かに秩序の宝珠が奪われました」
俺以外が驚いた表情になる。
俺だけ置いてきぼりとか勘弁してほしい。
「え、えっとティア、それってどういう事?」
「弟君、私が後で詳しく隅から隅まで教えてあげるね」
「アンナ、女神の神殿は王家が一番詳しいと思います。それはわたくしが後でヤクモに……」
「何を言っているのです。これはヴィド教会国家が主導する事。ヤクモにはわたくしが後でゆっくりと隅から隅までお伝えします」
三人の視線が火が出そうなくらい交錯している。
あれ? どうぞどうぞが出てこない? ここは誰かがどうぞどうぞしないといけないタイミングだ。
エドワード大統領が半眼になって俺をみている。
俺がどうぞどうぞするのは絶対あり得ないのに!?
俺がどうしよう、と思っているとティアが次に進める。
「こ、コホン。ヤクモへの説明は話し合いで決めるとして……。ヴィド教会国家のセントラルテンプルにある秩序の羅針盤にはその様に示されました。そして無事なのはシュタイン王国の女神の神殿だけなのです」
「それでシュタイン王国にある秩序の宝珠を確認する為に来られたのですね」
「エリー、その通りです。ですが、シュタイン王国の女神の神殿は、王城内にある為、確認ができませんでした」
「ティア、シュタイン城にある女神の神殿は大丈夫です。シュタイン王が必ず確認をされますから」
「あぁ、よかった! 安心致しました。ですが油断はできません、シュタイン城の秩序の宝珠が奪われてしまうと秩序の女神マーテルが封印され、混沌の女神ヴェルムが復活する事になります」
「世界の調和が乱れ、全てが無に帰する……」
エドワード大統領が深刻そうに呟いた。
「その通りです。そして今、調和を乱そうと行動を起こしている者がいるのです」
「ティオール帝国の事もあるのに、そんな事が起こっていたなんて……」
お姉ちゃんも柳眉を寄せている。
「わたくしの話というのは以上です。今、世界的な危機が並列して起こっていることを把握してください。そして成さなければならない事を見失うことのないように……」
そう言ってティアは話を締め括った。
よく分からない用語が出てきて全容が掴めなかった。
しかし、世界的な危機が訪れていることには間違いがなかった。
話し終わったティアが立ち上がり、俺の隣に来て真っ直ぐに見据える。
全員が先程の話の後なので、慎重に経緯を見守っている。
「ヤクモ、先程も言いましたが、時間の余裕はありません。そして、成さなけれないけないことの優先順位は間違える事はできません」
「その通りだ、ティア」
「よかった理解してますね。それならば話は早いです。今すぐわたくしと結婚をしましょう!」
「はぁ!?」
エドワード大統領以外の声がハモった。
俺含む。
モジモジしながら、だって、とか言っちゃっているティア。
さっきの真剣な話は何だったのか?
「ホホホ、この子ったら少し事態が深刻だから何を言っているか分からなくなっているのですね」
ティアの首根っこを掴みながら、ニッコニコのエリー。
眉がピクピクと動いている。
「少し私達、今後の事についてお話してきますね〜。風よ……」
お姉ちゃんもニッコニコしながら、ティアに風の加護をかけて軽くしたようだ。
こちらも眉はピクピクしている。
「エ、エリー? アンナ? どうなさったのです? わたくしはヤクモから返事を……」
そのまま、引っ張られていくティア。
そして、プライベートルームには俺とエドワード大統領が残された。
「私はそろそろ失礼するよ。明日は、何時くらいに出立の予定なのだろうか、ナツメ君?」
「朝の9時にここを出る予定です」
「分かった、9時にロビーに来よう。それと私が言えた立場ではないが……。何事もほどほどにね?」
それだけ言って立ち去るエドワード大統領。
俺はえ、えぇ? と疑問符を浮かべてしばらく立ち尽くした。
ティア「……というわけなのです」
お姉ちゃん「それは危ないわね」
エリー「そうですね」
俺「一体どうしたの?」
みんな「そろそろ新しい女性がでてきそうでしょ?」




