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第140話 運命の扉を開く時

 聞き取りが終わり、俺達は遅くなったランチを食べた。


 ティアから拷問と聞いた時はどうなることかと思ったけど、ガイコウが帝国に対して敵意を持っていてくれたことで無事に終了した。

 そして他国の将校ではなく、王国の一般兵としての待遇をすることになった。

 明日からは他の兵士と並んで訓練に参加するのだろう。


 またランチの際、テーブルメイキングをしてくれたのが、サンブリア公国で捕らえられていた麗しの姫君たちだった。

 公国では、フィリーナ公爵のメイドとして働いていただけあって、全員が慣れた動作をしていた。

 アリシアさんを筆頭に、全員がロボットのような無駄のないキレがある動きをしていたのは壮観だった。


        ☆


 食事の後、俺達は部屋に案内されていた。


「どうしてヤクモと別の部屋なの!?」

「本当です! わたくしも納得できません!」

「王城の主である、わたくしもなのですか!?」

「皆様が別々なのに、私の要望が通るはずがないわ」


 奥様〜ズは同室なのがお気に召さないようで、烈火如く意義を申し立てていた。

 どうやら俺と奥様〜ズは別の部屋らしい。


 俺達を案内してくれていたアリシアさんが、ティアに近づいて何かを囁いた。


「は、はわわ」


 ティアは茹でダコのように真っ赤になったままに大人しくなる。


「「「ティア?」」」


 アンナ、エリー、ピリスがティアを囲むように集まった。

 視線がせわしなく動いている。

 どうやらアイコンタクトで意志の疎通を図っているようだ。


「「「は、はわわ〜」」」


 驚くことに他の三人も同じリアクションをしだした。

 いつものことだけれど、置いてけぼりの俺。


 だが、俺だって昔のままではない。

 人はグローイングアップするということを思い知るがよい! 


「ねえねえ彼女達〜、俺っちにも教えろ下さい」


 少しユルい導入からの男らしい命令形で敬語も忘れない。

 年齢=彼女いないから脱却した俺の終着点だ。


「「「もうっ! ヤクモのエッチ!」」」


 ダダダッ! と別々の方向へ走り出す奥様〜ズ。

 それに対して無駄のない動きで追従するメイド達。

 真後ろにピッタリと付いて、スリップストリームを活用している。


 結局、俺だけが取り残されていた。

 どうしてエッチなのかも分からないまま。


「旦那様と奥様が同室で過ごされると、兵士達の士気に関わると聞き及んでいるものですから……」


 後ろに立っていたはずのアリシアさんが耳元で囁いた。

 あの吐息がかかっていますけど。


「どうして俺と過ごすと兵士の士気に……あっ!」


 エリーと結ばれた時、廊下が大変な騒ぎになっていたことを思い出した。


「そういう事です。ナツメ公爵邸が完成するまでは、別々の部屋で過ごしていただきます」

「分かったよ。それで俺の部屋はここでいいの?」

「はい。何かございましたら、このベルを鳴らしていただければ三分以内に駆けつけます」

「ありがとう」


 何故かハート型の柄がついた可愛らしいベルが手渡された。

 しかし、三分で駆けつけるって普段は何処で生活をしているのだろう。


「それでは失礼いたします。侍女殺し(メイドキラー)様」

「はい?」


 アリシアさんは小さく会釈すると、数秒で見えなくなった。

 俺の横を通り過ぎる時、少しだけ頬が赤かったような気がした。


        ☆


「広っ!!」


 鍵を開けて部屋に入ると、そこは驚くほど広い空間だった。

 雪国でなかったのが残念だった、なんて思っていない。

 壁には格調高い絵画、見るからに繊細な技術が散りばめられた家具、採光と芸術性が同居した窓。

 一般的な家庭に生まれた十七歳の俺が、住んでいい部屋ではないような気がする。

 だが、俺は公爵という地位を与えられている。


 どうして、こうなったんだろう?


 ソファに座ると身体が浮かぶような感覚。

 かなり特殊な素材と構造をしているのだろう。

 たしか王家御用達の馬車も、ほとんど揺れを感じない造りだったことを思い出した。


 思い出すのはシュタイン王国に来てからの日々だった。


 コンクール会場から何故か冒険者ギルドに移動していた。

 アンナと出会い、冒険者になって、自分が無力だと知った。

 ジュリアス、リアナ、ティア、モーガン、クリストフ、ルクール。

 仲間と出会い、音楽が俺にとって大きな武器であることを再認識した。

 エリーを助けて、各国を周り、この世界を知った。


 日本は生まれた故郷であるけれど、ここ(テラマーテル)は家族が住む大切な場所だ。

 俺は命を賭して、この場所を守らなくてならない。


 ここ(テラマーテル)に来た時、命の価値が低いと思った。

 それは今も変わっていない。

 けれど、命の重さは気持ち一つで変化する。


 俺は簡単にくたばるわけにはいかない。

 愛する家族の為に。


 

 話に聞くと俺のスキル【演奏効果】は、聴いた人に様々な影響を与えることができるらしい。

 地球上で偉人と呼ばれた音楽家達の様々な感情を表した楽曲は、ここ(テラマーテル)でも人々の心に何かを訴えかけるということだ。


 それならば。


 俺は机の上に置かれたペンを取り、用紙に五線譜を引いた。

 俺だけの音楽せかいを創り上げるために。 


ヤクモは運命の冒頭をピアノで弾いた。

ヤクモ「ここは運命の扉を開く音をイメージしたらしいよ」

奥様〜ズ「「「「運命の扉!!?」」」」

遠くを見るような目で、何故か頬が赤くなっている奥様達。

今日も俺は置いてけぼりだ。

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