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第131話 混沌の世界に向かって

 練兵場に移動した俺達を待っていたのは、近衛騎士団と神聖騎士団の二百人だった。

 近衛騎士団はジュリアスが居ないので、前騎士団長のエリーが指揮をとることになった。


 エリーの指示によって整列した近衛騎士団は、国王の直属だけあって動きに精彩を感じる。


 その精度が高い近衛騎士団に、突然どよめきが走った。


「よく聞け、我が精鋭達よ! そなた達には特別な訓練を受けてもらう事となった。今日より五ヶ月の間、ヴィド教会国家の神聖騎士団と合同演習を行ってもらう」


 よく通るバスが大きな練兵場を駆け抜けた。それによってどよめきは静寂に変化する。


「最近、テラマーテルに急激な変化が起こっている。ティオール帝国の暗躍、チェスター連邦では過激派による議会占拠が起こり、ヴィド教会国家は枢機卿がクーデターを起こした。サンブリア公国においては公爵が行方不明となり、内乱が起こっている」


 んんっ!? この前まで訪れていた国が大変な事になっているんですが?


「お義父さん、今、なんつった!?」


「ナツメヤクモ、断頭台と牢屋を選ばせてやろうか?」


 しまった! 驚きのあまり言葉を間違えた! 

 ここにいる全兵士の視線が痛い。奥様〜ズの視線が生暖かい。


「取り乱してしまいました。シュタイン王、先程の言葉は事実なのですか? 俺達が行った国々が、数日でそこまで変わるなんて信じたくない」


「間違いなく事実だ。事の起こりはフィリーナ公爵の封書になる。気になる内容が書かれてあったから、密偵をサンブリアに送り込んだのだ。国内はかなり混乱しており情報収集は非常に簡単だったようだ」


 テオ君は、表情を変えることなく直立している。この内容を事前に聞いていたのかもしれない。

 シュタイン王も語調を変えないで淡々と進めていく。確かに感情的な話し方は不安を煽るだけだろう。


「ヴィド教会国家はパウロ前教皇から不安要素は聞いていたのだ。その裏付けの為に密偵をヴィドにも送ったのだが、パウロ全教皇達と神聖騎士団が出立した翌日に枢機卿が反旗を翻したということだ」


 それを聞いた神聖騎士団に動揺が伝播して、次第にざわつきに変わっていく。


「おどれらあっ!!!! こないな事で動揺しよってからに、ホンマに神聖騎士団かあっ!!」


 そのざわつきを一喝する大声。全員の視線がその声の主へと集まる。

 そこには額に青筋を立てながら、拳を前に突き出して激昂するモーガンの姿があった。


 あれは関わったら海に沈められて魚のエサにされる人種やで。間違いない!


 モブっこな俺は、向けていた視線をソっと外した。


「なんで今、ヤクモはんに目を反らされたのか分からんけどなあ――」


 はわわっ! 気づかれてた!  


 全員の視線が四方八方から俺の体に突き刺さる。まるで視線の鉄の処女やで〜。

 奥様〜ズの視線は生暖かい。


「――相変わらず締まらんやっちゃ。まあええわ。おどれら神聖騎士団がここにおる理由は何やと思っとる? パウロ前教皇がおどれらを連れてきた理由はなんやと思う?」


 その時、神聖騎士団全員が何かに気がついて、パウロ前教皇の方を向いた。

 パウロ前教皇とアーシェラ夫人は、ゆっくりと頷いただけにとどまる。


「かつて神話戦争のおり、六英雄が女神ヴェルムと戦う為に道を切り開いたのが、百人の神聖騎士団と言われているそうだな」


 シュタイン王がパウロ前教皇夫妻をみて、称賛するような口調で話す。本当にこの人のバスは心に染み込んでくるイケボだ。

 

 それを聞いて顔つきが変わっていく神聖騎士団。


「シュタイン王の言う通りや。今は六英雄なんておらん。つまりおどれらは、おどれらの手でテラマーテルの未来を切り開くんや! 分かったかあ、このクソダボ共があっ!!!!」


 渾身の力を込めて、顔を真っ赤にしながら怒鳴るモーガン。

 はち切れんばかりの浮かぶ青筋、勢い良く飛び散る唾、美しくない口調。

 神聖とは程遠い団長の言葉は、今までぬるま湯につかっていた騎士団を新生させるには充分だったようだ。


 一糸乱れぬ動作で整列して、額に手をかざし敬礼をする神聖騎士団。


「「「「「Sir、Yes、Sir!!!!」」」」」


 広大な練兵場を揺るがす声は、何かが大きく変わっていくことを予感させるには充分だった。




「おっ!? やってるじゃないか?」


 一体化した練兵場に間の抜けた声が割り込んでくる。当然、練兵場にいる全員の視線は非常に鋭い。

 

 入ってくるのにもタイミングってあるや、ろ? ……ん? 


 俺はちょっとだけ驚いて、ちょっとだけ嬉しくなった。


「もう起きても大丈夫なのか? ジュリアス!」


「ああ、ヤクモ、心配かけたな。もう大丈夫だ! それにこんな状態で寝ていられねえよ!」


 思わぬ団長の登場に近衛騎士団が歓喜の声を上げる。そして、その後ろをみて全員が驚愕する。


 ジュリアスの後ろをしずしずとついてくる女性が二人。妻のリアナと竜人族ドラゴニュートのローザさんだ。

 リアナの普段みせる鬼嫁ぶりは影をひそめ、気持ち悪いほどお淑やかになっている。

 ローザさんも、さっきの戦闘狂バトルジャンキーが幻だったように物静かに歩いている。


 一体どうしたというのだろうかーっ!?


 俺は訳がわからなって、意味不明なナレーション風になってしまっていた。


「おう!? 近衛騎士団長、来るとこ間違えてんちゃうか? ベッドやったら来た道もどるだけやで?」


「お山の大将みたいだな、神聖騎士団長。素人童貞には分からん世界だろうけどな」


 一触即発の雰囲気を醸し出す団長二人。ちょっと違う気がしなくもないけど。


「役者が揃ったみたいだな。それではナツメヤクモ、始めてくれ!」


 シュタイン王が訓練開始の鏑矢を言い放つ。


 俺はその声と共に、シュタインウェイを展開して曲を弾き始めた。

 いきなり『革命』は何かとしんどいので、『熱情』にしよう。


 俺は感覚の世界に没入して、周りの状況が分からなくなっていった。

ジュリアス「真、打、登、場!」

モーガン「じゃかあしいボケエ!」

ジュリアス「うるせえバーカ」


俺は今日も平和だなと思った。


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