第129話 リアナの不満
会議室に戻った俺達は、休憩室で起こったことをボカシながら説明した。
ローザさんが目を覚ました後、暴れだしたので再びジュリアスがそれを抑えたという内容だ。
ジュリアスから聞いた話だと、ローザさんはベッドの上でめちゃくちゃ暴れていたらしいので、この報告に虚偽はないはずだ。
俺からの報告を一通り聞いたシュタイン王は、顎を触りながら満足そうに頷いた。
新しく近衛騎士団長に就任したジュリアスの実力に対して、理解が深まったのかもしれない。
これまでの評価はパーティーでのもので、今回のローザさんとの戦いは単騎での評価になるはずだ。
ジュリアスの評価が上がると思うと、俺も自分の事のように嬉しくなってくる。
「ヤクモ、何だかお父様と同じように緩んだ顔になっていますよ」
横にいるエリーが肘で小突きながら、俺だけに聞こえる声で教えてくれた。
ハッ! としてシュタイン王を再び見ると、心なしかニヤついているように見える。
王様は感情を表に出さないイメージだったのだが……。
「ふふ、ヤクモは本当に分かりやすいですね。今度は物凄く納得のいかない表情になっていますよ」
「俺ってそんなに分かりやすい!?」
「それはもう! ですが、それは感情表現をする為にとても大切な事なのではないですか? ヤクモが演奏をしているときの表情は、曲調に合わせてそれこそ百面相になっていますよ」
エリーは、とても眩しい笑顔を俺に向けながらそう言った。
確かに演奏中、自分がどういう表情をしているのかは分からないが、感情表現を音に変換するために五感を総動員している。
だがそれよりもっ! その事に気がついているなんてっ! ええ嫁すぎひん!?
「エリーはほんまにええ娘やな〜」
思わず老人のような感慨深さに耽ってしまうのは、仕方のない事だろう。
「くすくす、変な言葉を使って笑わせないでください。お父様がこちらを見ているではないですか」
「ナツメヤクモ、会議中に変顔をするのは感心できんな……」
エリーの言葉でシュタイン王の方を向いた時だった。アンタもさっきまで同じ顔してたって言われてたんやで!
「す、すみません。お義父さんが俺と同じ顔をしていたと妻から聞いたものですから……」
「クッ、ククク。ついに俺を義父と呼んでくれたか、義息よ。どうだパウロよ、俺の方が先だったようだな!」
勝ち誇ったような口調のシュタイン王に対して、パウロ前ヴィド教皇は悔しそうに唇を噛んでいる。
「アナタがゆっくりと構えているから、ヘルベルト様に先を越されたではありませんか!」
「アーシェラ、昔からコイツが策士なのは知っているだろう? アルティアがここに居ないのも不利だったんだ」
「ですが負けは負けです。本日のデザートを買ってこなくてはいけませんね」
パウロ夫妻のやり取りを勝ち誇った顔で見ているシュタイン王。
その会話から、シュタイン王国とヴィド教会国家でどういう取引がされていたのかが明確になる。
なんで『先にお義父さんと呼ばれるまで帰れま十』してるんですかね。
そう思っていたら、急に腕をギュ〜っと強く掴まれる感覚に襲われる。
すかさず確認すると、エリーが俺の腕にしっかりと抱きついていた。
「妻……、えへへ〜」
妻は相変わらずだった。
「ヤクモを見ていると、僕も結婚に憧れますね」
今日、初めて口を開いたテオ君の言葉は意味不明だった。
俺はエリーの体温を片腕に感じながら、しばらく静観してみようと思うのだった。
会議が踊りだして三十分くらいした時、扉が慎ましくノックされた。
「はーい。大丈夫ですよ〜」
現在、今晩のデザートを何処で買ってくるのかと言う事と、テオ君の相手を何処で探してくるのかが争点になっている。
誰が入ってきても大丈夫だろうし、この会議室をノックできる人間なんて限られている。
ゆっくり開いた扉から入ってきたのは、ティア、アンナ、ピリス、リアナの四人だった。
会議室の中は整然から騒々に移行しており、四人の目は一瞬で点になっていた。
うん分かるよ、そうなるよね。合同演習の話なんて全くしてないんだから。
「え、えーと。ジュリアスはどこにいるの?」
「ジュリアスならローザさんの隣で眠ってるよ」
「「「ええぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
俺の答えに対して、部屋が壊れるほどの声を上げた三人。
え? 三人? あと一人はどうしたんだっ!?
「そう……、これで少しは良くなるといいけど」
ジュリアスの嫁、リアナは俺に流し目を向けながら呟くように言った。
一体何があったんだ? この新婚夫婦の間にっ!?
これが噂で聞いたスピード離婚というやつか? そうなのかリアナ?
会議室の中を見回すと、全員がこちらの方を向いている。
夜のデザートやテオ君の嫁よりも重要な案件と誰もが思っているようだ。
「リアナ、一体どうしたのよ!? 何か困った事があったら相談にのるわよ」
アンナが心配そうに尋ねると、リアナは俺に流し目を向けたまま口を開いた。
どうして俺の方をみているんだ? 意味が分からない。
「貴女達、ヤクモは最高?」
ブフォッ!!!!!
フイタ。嫁と俺が全力で。
「あたし、ジュリアスでは――」
俺は腕を掴んだままのエリーを優しく離して、リアナの手をとって皆まで言う前に会議室から出る。
無言のまま早足で歩く俺達の向かう先はただ一つ ―― 寝室だ。
リアナもこの世界に来て、最初にできた大切な友人だ。
その女性が困っているのであれば、出来るだけ解決に動くのはやぶさかではない。
俺の思いが伝わったのか、繋ぐリアナの手に力がこもってくるのを感じる。
それはこの後の事を予感しての緊張なのかも知れない。
会議室から少し離れた部屋の扉を引いて、リアナを力の限り投げ入れた。
「うお! リアナじゃねえか!?」
「え? ジュリアス!?」
部屋の中から聞こえる声は無視して、俺は大きな声を出した。
「ジュリアス! もう一度、頑張ってくれ!」
扉の前にシュタインウェイを展開した俺は、大きく息を吐いて演奏を始める。
先程と同じアルカンの鉄道。
左手で表現する機関車の力強い車輪の動きは、右手の蒸気機関のピストンからもたらされるものだ。
雄々しい機関車のイメージを鍵盤にぶつけて、音へと昇華させる。
俺の意識は感覚の世界へと旅立って行くしかなかった。
アイリーン「リアナを連れたヤクモ、悪い顔していましたね」
アンナ「うん! 絶対あれは悪い事を考えているよ」
ピリス「どんなことをするのかしら?」
アルティア「わたくし、ヤクモだったらどんな事でも……」
他「「「えっ!?」」」




