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第107話 ランジェリーデート

 ランジェリーデート。

 現在日本で耳にするハイエンドデートプラン。


 それはカポーがランジェリーショップを舞台にして――


「あれ可愛いーい!」「お前に似合うぜ!」

「これとこれ、どっちが似合う?」「どっちでもいいよ! 脱いだら一緒でしょ?」

「やだぁ〜、えっちぃ!」


――と談笑しながら、セクシーなヤツを選ぶアレだ。


 こんなシチュエーションは、さっき出来たばかりのホヤホヤさんには、ハードルが高すぎる。


 戦慄で打ち震える俺をよそに、平然とした顔で店内へ進むティア。

 ガッチリと固められた手を引かれて、俺はついにその軍門に下るしかなかった。



 俺達が店に入ると、店内にいたスタッフとお客さんが、一様に驚いた顔で出迎えてくれた。


 俺はすぐにその違和感に気がついた。やだ〜えっちぃ、なんて雰囲気ではない。


 店員もお客さんも全て女性。男性など一人もいない。

 ティアのデートプランは、この世界での最先端を突っ走っているような気がしてきた。


 俺とティアは、相変わらずバカップルの恋人つなぎのまま、店内を見て回る。

 だが、こういう場所に男性はご法度なのだろう。


「申し訳ございません。男性のお客様には退出して頂いております」

 一人の女性店員が俺達の前まで来て、恭しく申し訳なさそうに頭を下げる。


 しかし、珍しくティアは引き下がらない。


「わたくしの大切な男性に、外で待たせる事なんてできません。上の方と話をさせてください!」

 店のルールを、圧倒的優位な立場でもって壊そうとしていた。


 店の偉い人に、ヴィドの聖女は本気を出そうとしていた。


「ティア、ルールには従わないといけない。俺は外で待っているから、何かあったら教えてよ」

 俺はティアを諌めながら、繋いでいた手を離して外に出た。


 ティアは納得していなさそうな顔をしていたが……。


 店の外に出て周りを見渡すと、行き交う人々は忙しそうだ。

 鳥でさえも、羽根も休めずに空を飛んでいた。


 俺は朝からの事を思い返していた。


 ティアが俺の部屋へ来ることは、今までほとんどなかった。 

 アリアとの言い合いだって原因は大したことではない。 

 慰めていたら、突然のプロポーズ。


 ティアの心に余裕がない? 何かを焦っている? 


 俺が、まとまらない思考に四苦八苦していた時。


「ヤクモ、どちらかを選んで欲しいのですが……」

 ティアが扉から顔を出して、店内に入ってきて欲しい仕草をしている。


 俺を待っていたのは、二着のセクシィランジェリー。

 それを照れている仕草で、ティアは差し出してきた。


 一着はピンク色をした可愛らしいデザインの物。

 もう一着はブラックのアダルティなデザインの物。


 ティアのイメージは、可愛らしいピンク色の方がしっくりくるのだが……。

 今日の服装は、大人びたタイトワンピースを着ている。


「今日の服装だと、こちらの方が似合うかな」

 俺は、アダルティな方を指し示した。雰囲気で選べばこちらだろう。


「彼が選んだ方を購入します。ヤクモ、もう少しだけ待ってください」

 ティアはそのまま、店の奥に入って行く。


 俺は店内に居辛いので外に出ることにした。



 どこか向かって飛んでいる鳥を見ていると、扉が開きティアが店からでてきた。


 ティアは高級そうな紙袋を、片手に下げている。


 俺は手を振ると、ティアはこちらに駆け寄って来た。

 あれ? 来たとき黒いストッキングなんて履いていたっけ?


 嬉しそうな表情は良い買い物ができた証だろう。

 俺は細かい事は考えないようにする。


 ティアは空いている方の手を、すかさず俺の手に絡めてくる。


 同時に出てきた店員は、ティアに向かって頭を下げている。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


「わたくしの方こそ、色々と教えてくださってありがとうございました」

 ティアは、店員が霞むほどの美しい礼をしていた。


 通行人は、恋人つなぎをしている俺に向かって、殺気を放っている。

 ティアは顔を上げると、空いているもう片方の手で、俺の腕に抱きついた。


 これ以上ないくらいに、ティアの身体が密着している。

 これ以上ないくらいに、通行人の視線がへばりついている。


「わたくし、歩き過ぎて疲れてきました。そろそろ部屋に戻りませんか?」


 背が低いティアは、俺の腕に身体をつけたまま、上目遣いで見上げてくる。

 ティアさん、グイグイ来ますね。ホテルに誘うセリフみたいですよ。


「そうだね。ティアは、寄らないといけない場所はもうないの?」

 刑事が誘拐犯からの電話を逆探知するため、会話を無理に引き延ばそうとしているようだ。


 俺の思惑を知ってか知らずか、ティアは嬉しそうに喉をならして首を横に振った。

 刑事さん、スミマセン。俺、失敗しましたっ!


「ヤクモ? やはり私の事が……」

 上目遣いだったティアの視線が急降下した。俺は慌てて否定する。


「あいらぶゆー! あいみすゆー! あいをんちゅー! あいむぴかちゅー?」

「な、なんだか分からない言葉なのですが、信じて良いのですか?」


 ティアは少し戸惑っているようだ。このまま突っ走ろう!


「いえす! いえす! せい、いえす?」


 今、俺の左手、左腕はガッチリと固定されている。

 右手がオーバーアクション気味になるのは、仕方がないだろう。


 それを見たティアは、俺の腕に身体を寄せたまま、クスクスと笑っていた。

 俺は安堵した。急降下したティアが笑ってくれたのだ。


「クスクス。言っている言葉は分かりませんでしたが、雰囲気は伝わりました。ですがわたくしは、ヤクモの気持ちを知りたいのです」

 そう言って両目を瞑ったティアは、腕にしがみついたままの状態で、踵を上げた。


 俺は心の中で叫ぶ。突っ走るんじゃなかったー!


 ここは大通り。沢山の人が行き交う場所。そんな場所でティアをこのままに出来ない。

 俺は右腕でティアを抱き寄せ、触れるだけのキスをする。


 そして、ティアの手を引いてその場を離脱した。

 後方で巻き起こっている、大きな歓声やら怒声は聞かないことにする。


「ヤクモ……。大好きでしゅ……」

 俺に手を引かれているティアが、うっとりとした表情で何かを言っている。


 その時、大きな酒樽が、俺達の真横をかすめながら、飛んでいった。

 俺達の前方で道に落下した樽は、大破して大通りは混乱をきわめた。


 酒樽が少し横にずれていたら、直撃は免れなかった。それを思うと背中が冷たくなる。


 走りながら後ろを振り向いても、酒樽を投げることができるほどの人間はいない。


 俺達はほうほうのていで、風の乙女亭にたどり着く。

 そのまま三階まで上り、ティアの部屋に転がり込んだ。


 二人揃って肩で息をしながら見つめ合う。

 キスをした後、何故かその場から逃げるように走ってきた。


 それがなんだか可笑しくて、二人して声を上げて笑う。


 二人の声は、繋いだ手と同じように絡まりながら、部屋を満たす。

 しばらくして笑い声が収まると、部屋に沈黙が訪れた。


 俺はティアの方を見るために、体を横に向けた。ティアは既にこちらを向いていた。


「ヤクモ、お願いがあります。わたくしを抱きしめて欲しいのです」


 俺は頷いて立ち上がり、ティアに手を差し出した。ティアはそれを掴み立ち上がる。


 両手を繋いだまま向かい合う。ティアの大きな瞳が、揺らいでいるのが印象的だ。


 俺はティアを引き寄せて、力のままに抱きしめる。

 華奢な身体は俺の腕の中に包まれた。ティアの口から熱い想いの吐息が漏れる。


 その官能的な息遣いに、ティアの全てを手に入れたいという欲求がもたげてくる。


 力を抜き、抱擁を止めて身体を少し離す。

 ティアは不満を訴えるように、少し身体を揺らした。


 俺は、肩を抱いたまま顔を近づける。

 ティアは不満が消えたように目を瞑る。


 触れ合う唇は、その感触と同じで思考を蕩けさせてしまう。


 俺は蕩けた思考と手に入れたい欲求が交錯して、ティアのより深い場所に手を伸ばす。

 ティアはそれに反応して、絡み合いながら、嬌声を上げた。


 俺達は、音楽とは異なる感情を揺さぶる声に、時間が経つのも忘れ貪るようなキスを続けた。


俺達はランジェリーショップに入った。

中を見渡すと、一面が未知の領域……。

?????「あらぁ、ヤクモじゃなーい。アナタもとうとう――」

俺達は店を出た。振り返ったらダメだ!

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