第105話 アルティアの闇
王城からもどってきた俺達は、それぞれの帰途についた。
翌日からは三国を訪れた事が嘘のように、平常運転の生活が始まった。
お姉ちゃんのオススメクエストを受け、ゴブリン退治をした。
そこで攫われたエルフ族の女性に出会う。
エルフの女性が、まさか族長の孫娘だなんて、話が出来すぎていた。
エルフ族がシュタイン王国に感謝の意を捧げようと、シュタット全域に森の仮装を施した。
ハロウィンと名付けられたお祭りは、大成功で幕を下ろした。
ハロウィンの翌日、部屋の扉をノックする音で目が覚めた。
「んん、はーい、どなたですかー」
起きたてで声がでない為、蚊の羽が宙を揺らすほどの返事しかできない。
「ヤクモ、申し訳ありません! 早すぎましたか……」
扉があっても、その落胆具合が見て取れるような声音。
「う〜ん、大丈夫だよ。ティア、申し訳ないんだけど少し待ってくれる?」
伸びをしながら、身体をほぐし起き上がる。
ベッドから立ち上がり、テーブルを横切り扉を開ける。
「ヤクモ、おはようございます。大丈夫でしたか?」
ティアは心配してくれているのが、手に取るように分かる。
俺は寝起きなだけなので、そんなに心配されると困ってしまう。
「うん、気にしないで。すぐに準備するから中に入って待っていてくれる?」
俺は扉を背中で抑え、ティアを誘導する。
ティアの普段とは違う趣きに、驚きを隠せない。
深秋を想い起こすシックなタイトワンピースが美しい女性の線を引き立たせている。
その姿は、とても知的で大人っぽい雰囲気が漂っていた。
修道衣と修道ヴェールから離れたティアに、息の飲むのも忘れ見惚れてしまっていた。
「どうしたのです?」
ティアは椅子に着きながら、時間が停止していた俺を不思議そうに見ていた。
「普段と違うティアが新鮮だったから、美味しいTKGが食べたくなったんだよ」
どうやら俺はプチパニックになっているようだ。なんだよTKGって!
それを聞いたティアは上品に笑っている。
「わたくしも朝食を摂っていませんので、そのTKGというのを食べにいきませんか?」
ヴィド教会国家第二王女と、玉子かけご飯を食べる日が来ようとは……。
「下の食堂でシェフに作ってもらおうかな」
俺は脱衣所で服を着替えて、写し鏡の前に立った。そこに写るのは、黒髪の平凡な日本人の姿。
こんな男が隣にいてティアは恥ずかしくないのかな? ティアの隣に立っていて良いのだろうか?
答えの出ない自問自答の末、脱衣所をでる。
部屋に戻るとティアは嬉しそうに、俺と腕を組んできた。
そんなティアの顔を見ていると、さっきまでの陰鬱な考えが和らいでいくのを感じる。
爽やかな風が、目の前に広がる黒い霧を払ってくれた。
視界を遮るものがなくなった俺は、ティアと腕を組んだまま部屋を後にした。
俺達がホールのついた時、カウンターにいたティアンネさんが声をかけてきた。
「あんた、今日はアルティアちゃんかい? アンナちゃんはどうしたのさ?」
まるで俺がナンパ野郎のような言われ方だ。年齢=彼女いない歴の男にいうセリフではない。
俺が反論する前に、ティアの方が早く動いていた。
「ティアンネ様、アンナは恋敵ですが、恋敵でもあるのです。そして家族でもあります」
ティアは組んでいる腕に力を入れる。それによって言葉にも力が入る。
内容は謎掛けみたいで意味が分からないが……。
「よく分からないねえ。まあいいか! 食事をしにきたんだろう? いつも通り席についておくれ」
ティアンネさんは考えることを放棄したようだ。
俺達はいつも通り食堂に入った。しかし、そこはいつも通りの食堂ではなかった。
人、人、人、人……、食堂の中が溢れんばかりお客さんで満ちていた。
その中を走り回る金髪ツインテールの美少女がいる。
「おはようございます! お兄ちゃん! お食事になさいますか? お風呂になさいますか? それともわ・た・く・しになさいますか!?」
俺は、食堂内の全員が一瞬で敵になる恐怖を味わう、貴重な体験をする。
大体食堂に来て、お風呂とわたくしの選択肢はおかしいと思う。
「おはようアリア。食事にしたいんだけど、席は空いているの?」
「はい! わたくしが対面に座るように、セッティングされた席を用意しました! お兄ちゃんは幸せ者ですね!」
俺の隣にいる実姉を完全にスルーしている。なんという豪胆無比。
「アリア! ヤクモと対面に座るのはわたくしですっ!」
聖女が声を荒らげた事で、お客さんの視線はティアに向かう。
そして、アリア、ティア、アリア、ティアと反復する視線たち。そして最後は俺で止まった。
「なんだ、あの男は! アリアちゃんが親しげに話をしていると思えば、隣に女神がいるじゃねえか!」
「しかも、アリアちゃんにそっくりだぞ!」
「ゆ、許せん! 俺達の女神を誑かす、黒い悪魔め!」
俺はその言葉で全てを悟った。この食堂の混雑している理由を。
「皆さん! お食事中に騒がないでください! わたくしはお兄ちゃんを愛しています!」
アリアは食堂全てを覆う声で一喝した。
「うぼぁ!」
そこにいたお客さん全員が、エクトプラズムを吐き出しながら、その場で動かなくなった。
「お兄ちゃん、こちらにどうぞ」
アリアは満面の笑みで俺を席に案内する。ティアは表情が無くなり、まるで能面のようになっている。
「アリア、今日は他に行くよ。頑張っているようで安心したよ」
俺はティアの腕を引いて、食堂を後にする。
「えぇっ、どうしてー!? 待ってよー! おにいちゃーん!」
後ろからアリアの声が聞こえてきたが、足を止めることはない。
少し歩いた場所で不意にティアが口を開いた。
「ヤクモどうしたのです? わたくしは別に食べなくても大丈夫ですよ」
困惑した顔は何を思っての事なのだろうか?
「それはできないよ、ティアと一緒に来て一人で食べるなんて――」
ティアが顔を上げると困惑した表情は無くなり、微笑を浮かべていた。
「一人ではありませんよ。アリアが一緒でしょう……。ヤクモもアリアと食事をしたかったのでしょう?」
掴む指には腕に食い込むほどの力が入っている。表情と行動が比例していない。
「どうして、そうなる――」
俺が言い返そうとした時、ティアの頬に一筋の涙が流れた。
「わたくしはお姉様やアリアと違い、容姿に恵まれませんでした……」
呟くような小さな声は、雑踏で消え入りそうだ。
俺はティアに目線を合わせて両肩を掴む。ティアの手は俺の腕を掴んだままだ。
「ティア、一体どうしたんだ? 普段のティアらしくないじゃないか!」
「普段のわたくし? ヤクモはわたくしの何を知っているというのですか?!」
「控え目で、でも押しが強く、何よりも優しい! 仲間として今まで一緒にいてそう思った!」
ヒーラーなので前面にはでないが、何故か俺に対しては積極的なティア。
チェスの街を救ったのは、人々を助けたいという心がなければ出来ない荒業だった。
そのティアが、見たこともない弱気を、心の闇を見せている。
「わたくしは、ヤクモといる時だけ頑張れるのです……。ヤクモっ! わたくしに期待させないでくださいっ! 貴方の隣にいる姿を想像させないでくださいっ! わたくしは貴方には釣り合わないのですっ! 容姿も心もっ!」
ティアの声は次第に熱を帯びていった。普段の大人しい雰囲気は霧散している。
俺は、急激なティアの変化に戸惑うと同時に、共感を覚えていた。
部屋を出る前に見た自分の姿。
とても一緒にいる仲間と、釣り合っているとは思えなかった。
その俺の腕をとって、闇を払ってくれたのはティアだった。
そのティアも同じような想いをもっている。そして苦しんでいる。
俺は気が付くと、ティアの両肩を掴んでいた手を引き寄せて、キスをしていた。
ティア「唇って柔らかいのですね」
うっとりとするティアの表情を見ると、なにがあったのかは瞭然だった。
アンナ&エリー「……」
ピリス「胸も!」
一番進んでいるのはピリスだった。




