第103話 シュタット! 俺は再び戻ってきた!
俺達は無事にシュタイン王国に戻ってきた。
グングニルから降りた俺達は、相変わらずの幌馬車に乗り込み、シュタットに向かう。
そして、相変わらずの乗り心地は、超弩級サスペンションのお陰なのだろう。
幌馬車は雑木林の間を軽快に走り続ける。幌の間からの差し込む光は柔らかい。
俺は隅っこ暮らしをしながら、幌馬車の中を見回した。
シュタイン王国を出立する時、九人だった使節団は、今や四十一人に膨れ上がっている。
楽しそうに話す見目麗しいメイド達は、フィリーナ公爵に捕らえられていた元奴隷だ。
その中に、ティアのお姉さんである、アリシアさんも含まれている。
現在、アリシアさんは、ティアと仲良く話をしていた。
そう言えば風の乙女亭に戻れば、アリアが待っている。
ヴィド教会国家の王女全員が、風の乙女亭に集結するのだろうか?
いやいや、ないわー。ないよね?
俺の不安を抱えたまま、揺れない幌馬車から空を見上げる。
お気楽な鳥達が空を飛んでいるのが見えた。
そして枷のない大空に羽ばたいて行ったのだった。
快適に走る幌馬車は、しばらくすると王城の裏口に到着した。
裏口と聞くと、何となく背徳感で心が高揚するのは、俺だけではないはずだ。
先に、エリー、ピリス、ティア、お姉ちゃん……という順番で馬車から降りてゆく。
見目麗しい三十人は、話がつくまで馬車の中に残ってもらうことにする。
最後に俺も馬車から降りて、地面を踏みしめた。シュタットに戻ってきた事を実感する瞬間だ。
「よくぞ戻られたナツメ殿。シュタイン王が待っておられる、謁見の間に来ていただこうかの」
不意に老人の声が俺の余韻を粉砕した。
周りを見回すと、兵士達が見る者を圧巻する美しい隊列を、形成していた。
隊列の先頭には、宰相のコルトーさんが杖を地面に立て、構えるように立ってた。
エリー達もコルトーさんの近くにいる。
ここまで準備ができているところを見ると、俺達が飛空艇の離着陸場に到着したのを、早馬が王城に知らせていたのだろう。
「コルトーさん。シュタイン王とお会いする前に、お願いしたいことがあるんですが……」
コルトーさんは、俺の煮えきらない返事に、不思議そうな顔になっている。
「一体どうしたのじゃ? お主が遠慮をすると気持ちが悪いんじゃが……」
この爺さん、何で俺の事を知っているテイなの? いつかやっつけてやるんだから!
「ハハハ、コルトーさんは一体何を言っているんですかねー? 俺は遠慮の塊ですよ」
俺は空笑いをしながら、コルトーさんの言葉を訂正しようとする。
「ふぉふぉ、姫様がわしに教えてくださるのじゃ。間違った情報などあるはずないじゃろう」
俺はエリーの方を電磁加速して見た! エリーは超反応で目を反らした!
どういう訳か、音が出ていない口笛を吹こうとしている。
エリーとは一度、きちんとした場所でお話をする必要がありそうだ。
「コルトーさん、この女性達の宿泊先を任せました! みんなー、降りておいでー!」
俺がコルトーさんへ無茶ぶり気味にお願いする。
お願いしたタイミングに合わせて、三十人が幌馬車から降りてきた。
「ナ、ナツメ殿! まさか全員が貴方のおくさまっ―― ごふっ!」
コルトーさんの言葉を聞いて、何だか嬉しそうな顔をしている女性達。
同時に四人の顔には怒りが宿ったように見えた。
俺の考えが間違っていないと証明されたのは、その直後だった。
コルトーさんは全てを言い終わる前に、ティアの杖をボディに貰っていた。
そこから流れるような連携が炸裂する。
それはお姉ちゃんが放つ、風の衝撃によるアッパー。
放物線とはこんなに美しかったのか、という再発見がある軌道で吹き飛ぶコルトーさん。
背後にある城壁に衝突して、コルトーさんは座り込むように項垂れる。
うめきながら顔を上げたコルトーさん。
その頬の真横に細剣が突き立てられる。
「コルトー、誰がヤクモの奥様ですか? 宰相から転落して、人知れぬ場所で亡骸になりますか?」
エリーがちょっと怖い。俺と最初に出会った時のような、冷たい瞳でコルトーを見ている。
コルトーさんの血で滲んだ頬に、一筋の汗が流れ落ちるのが見えた気がした。
「あ、アイリーン様、も、申し訳ございません。この不肖コルトー・バズール、言葉を間違えてしまいました。ナツメ殿の奥様はアイリーン―― ごふっ!」
コルトーさんの隣にはいつの間に近づいたのか、朗らかな春を思わせる笑顔のピリスが立っていた。
その右腕は、コルトーさんの腹を抉るパイルバンカーの様に、めり込んでいる。
「コルトー様、そのような迷い事を仰るなんて……。こうなっては物言わぬ骸になるしかないですね」
ピリス! それ笑顔で言うセリフと違うよね!?
両足が小刻みに震えて、生まれたばかりの仔馬の様になっているコルトーさん。
俺は、コルトーさん終了のお知らせが、現実味を帯びてきたので助け舟を出す。
「コルトーさん、この女性達はサンブリア公国で奴隷にされていました。宛がないので王城の空いてる部屋を貸してくれませんか?」
俺のお願いに対して、壊れた人形みたいに首を縦に振って答えるコルトーさん。
宰相様はとても話が分かる方だった。
三十人の女性が、表情を曇らせたように見えたのは気のせいだろう。
「わ、わしが大部屋を案内しましょう。決裁がすぐに出来る者でなければいけませんからな。謁見室はそこの君、お主がナツメ殿を案内するように!」
コルトーさんは、逃げるように三十人の美女を先導して、この場を後にする。
生まれたばかりの仔馬は、生命の危機がおとずれた事で、成長が促されたようだ。
指名された兵士が、困ったように左右を見回していた。
当然、我が身に厄災が降り注ぐのを恐れる、他の兵士からのフォローは無い。
「貴方達は持ち場に戻りなさい。謁見の間にはわたくしが案内します」
動かなかった場に美しい王女の声が通り抜ける。
兵士達は通り抜けたその声に流されていった。
突如、俺は右腕を固定されるように感じた。ユグドラシルの枝がからむように。
「ヤクモ、今、失礼な事を考えたわね?」
「あら!? どうしてピリスがヤクモの腕をとっているのです? そこはわたくしの指定席なのです!」
「弟君! その腕にからまっているピリスの枝を振り払って!」
「左腕はわたくしがいただきます!」
周囲がにゃあにゃあと騒がしくなる。
四人がそれを楽しんでいるようにも見え、ほっこりしてしまう。
後ろから視線を感じて振り返ると、メンバーからのぬる〜い視線。
俺は何事もなかったように再び前を向いて、引っ張られながら王城の中に入っていった。
アイリーンは拳を上げ、神速で振り下ろす。
それに合わせるように、ピリスが手刀を繰り出した。
二人の闘気がぶつかり周囲を揺らす。
「わたくしの勝ちですね、ピリス」
アイリーンはチョキを出していた。
「エリー、途中で変えたでしょ?」
パーを出したピリスは悔しそうにしていたのだった。




