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第101話 暗躍する者

 ヤクモ達がピリスの部屋に入った頃。


 ルシフェルは破壊された砦の門で、夜空を見ながら佇んでいた。


 人が死ぬと星になる、とよく言われる。

 それならばジャックスは、夜空から地上を見下ろしているのだろう。


 孤独に陥っていたルシフェルに、手を差し伸べてくれたジャックスは、かけがえのない人物だった。


 そのジャックスをこの世から葬ったアシュケルが、今もなお砦の牢屋で生きている。

 更にアシュケルは、ルシフェル達の故郷である、シルフの村を滅ぼした張本人だ。


 月が空高く上る時間になり、夜の闇が深くなる。 

 ルシフェルは、感情の奥底に宿る黒い炎が、再燃するのを感じた。


 アンナがアシュケルの四肢を削り取ったとき、一度は下火となった復讐の黒い炎。


 アシュケルを殺めたとしても、失われた大切な者達は帰ってくることはない。

 しかし、心に燻る感情が、このまま全てを終わらせることを、望んでいなかった。


 ルシフェルは鞘から剣を抜いて、牢屋に向かって歩き出した。

 夜空の星天の輝きでさえ、ルシフェルの心に燻る闇を照らす事はできなかった。



 アシュケルの牢屋に淀みなく辿り着いたルシフェルは、手に持つ剣でかかっていた鍵を斬りつけた。

 耳をつんざく鈍色の破壊音が響く牢屋、しかし、その音に気づいたのは一人だけだった。


「ブシュシュ、なんなのですかあ!?」

 アシュケルは憔悴した有様だ。四肢は削り取られ、仰向けに寝かされている。


 ルシフェルは冷ややかな目でアシュケルを見下ろす。

「アシュケル! お前が殺めてきた人達の怨みを思い知れ!」


 ルシフェルは、アシュケルの肩に、腰に、腹に剣を突き立てた。

 その都度、アシュケルの悲鳴は牢屋に響き渡る。

 その声は次第に力を失っていった。


 ルシフェルは剣を突き立てる都度、瞳孔が開いていった。そして嗜虐的な笑みが大きくなっていく。

 物言わぬアシュケルに、剣を突き立て続けるルシフェル。


 アシュケルは原形が分からないほど破壊され、その鮮血で牢屋の床に大きな地図を描いていた。

 ルシフェルが幾度目かの剣で地面を傷つけた時、その剣の寿命も尽きる。


 ルシフェルは折れた剣を投げ捨てた。


「仇敵を殺めたのに、何も満たされない……。ジャックス、教えてよ。僕はどうすれば良いんだ……」

 血溜まりに両膝を付き、そのまま腰を折るルシフェル。


 そこに、近付いてくる影があった。


 一歩進む都度、硬質の音を響かせる足音。

 知っている者が聞けば、ヒールの音だと分かる。


 その音に気がついて、血塗れの顔を上げるルシフェル。

 この状態を、ヤクモ達に知られるのは問題だ。


 しかし、近付いてくるのはヤクモ達の誰でもなかった。

 パーティに、よく似た人物が一人いるが雰囲気がまるで違う。


 細い銀色の艷やかな長い髪は、少しの空気の動きでも軽やかに舞う。

 漆黒のドレスは、美しく魅力的な身体の曲線を余すことなく伝えている。


「あら、面白い事になっているわね。もしかして、そのミンチがアシュケルなのかしら?」

 魅惑の声音からは想像もできない、残酷な言葉を話す女性。


 口元に手を添えて、クスクスと上品に笑っている。


「あ、貴女は一体……えっ! アンナ!?」

 ルシフェルは女性が誰かに似ていると感じていた。それは初恋の女性、アンナだった。


 しかし、全く違う雰囲気を醸し出している。アンナより大人びているのだ。


「あら、貴方は私の娘を知っているの? 偶然というのは怖いわね」

 漆黒のドレスを着た女性は、相変わらず口元に手を添えたままだ。


「娘だって!? アンネローゼさんなのか? しかし、彼女はアシュケルの爆炎魔法に囲まれたはずだ! 一体、貴女は誰なんだっ!?」


 ルシフェルはシルフの村で、アンネローゼが爆炎魔法に包まれるのを目視している。

 アンネローゼはこの世にいるはずがないのだ。


 微笑していたアンネローゼの表情が変化して、恐ろしいまでの殺気を纏いだした。

 アンネローゼが放つ殺気に当てられ、ルシフェルは立っていられなくなる。


「私を知っているのね。顔をよく見せて頂戴、貴方はだあれ?」

 動けないルシフェルに、近づくアンネローゼ。牢屋の扉をくぐると、手が届く場所までたどり着いた。


 床を濡らしいる血の海は、アンネローゼのドレスを汚すことはなかった。


「ぼ、僕はルシフェルだ! 一体お前は誰なん――」


 アンネローゼはルシフェルへと手を伸ばす。

 身動きができないルシフェル、吠える事しかできなかった。


 アンネローゼは気にすることなく、ルシフェルに顔を近づけると、その唇を奪った。


「うぐっ!?」

 不意のキスに、ルシフェルは抵抗を試みようとするが、微動だにできない。


 アンネローゼは、ルシフェルの口内を蹂躙し続けた。

 ルシフェルは快感に陶酔し、恍惚に表情を浮かべる。そして足が震えだし、膝から崩れ落ちた。


 頭の芯に麻酔を射たれたような、現の全てを忘れられる時間。

 ルシフェルは先程まで、何に悩んで、何を望んだのかも忘れてしまえそうだった。


―― この女性についていけば、この快楽に身を委ね、苦しいことは全て考えなくても良いんだ。


 ルシフェルの思考はそこで時を止める。残ったのはルシフェルの姿をした意志のない者だった。

 アンネローゼが持っている魅了の力は、心が壊れそうだったルシフェルには抗えない。


「ふふ、こんな簡単に堕ちてしまうなんて、余程辛いことがあったのでしょうね。ルシフェル」

 ルシフェルは、無表情で頷くとアンネローゼを見つめている。


「これから貴方を帝国に連れて行って鍛えてあげるわ。どんな事が起こるのでしょうね? 楽しくなりそうでしょう、ねぇルシフェル」


 アンネローゼは、ルシフェルの頬に手を添えながら、顎の方に手を動かす。

 ルシフェルは成されるがまま、その手を受け入れていた。


「そうだ、貴方の心の闇は深淵を思い浮かべるわ。混沌の世界に相応しい名前にしましょうよ。そうね、堕天使から名前をもらって、ルシファーにしましょう」

 アンネローゼがそう言うと、ルシフェルだった人間は少しだけ頷いた。


 それを見たアンネローゼは嬉しそうに、再びルシファーにキスをする。


 全身が震えるような痙攣を起こしたルシファーは、意識を失いアンネローゼに身体を委ねた。

 アンネローゼはルシファーを抱き寄せると、何もない虚空に手をかざした。


 そこに闇が生まれ、快感で意識を失ったルシファーとアンネローゼは、その中に溶けるように消えていった。


 牢屋の片隅で一部始終を見ていた蜘蛛は、網にかかった獲物を捕食していた。

 ルシフェルがこの後、姿を見せる事はなかった。


        ☆


 ヤクモが部屋を出ていった後、残った四人はベッドに座り睨み合っていた。


「今日こそ決着をつけなくてはなりません」

 アイリーンが静かに開会の宣言を行った。それは戦いのゴングと同義である。


「突然、ピリスが乱入してくる事は正直いって想定外です。ピリスは身を引くべきでしょう」

 アイリーンは親友のピリスに棄権するように提案する。


「エリー? それはおかしくない? 確かに私はエリーを応援するとは言ったけど、結婚をしようと言ったのはヤクモの方よ?」

「ふぐぅ!」

 ピリスのカウンターで、ベッドから落ちそうになるアイリーン。かなりのダメージを受けている。


「待ってください、ピリス様。ヤクモは迎えても良いと言いましたが、結婚するとは言ってません。つまりピリス様は正妻ではないという事です!」

「ふぐぅ!」

 アルティアのクリティカルヒットで、ベッドから落ちるピリス。目はぐるぐる回っている。


「さ、さすがティアの攻撃力は凄いね。でもティアは弟君に直接結婚を申し込んでるけど、見込みないよね?」

「ふぐぅ!」

 アンナのストレートでアルティアはベッドに突っ伏した。スリーカウントでも起き上がらない。


「ヤクモの身内を名乗るだけありますね。ですが、アンナはやはり"お姉ちゃん"ではないのですか?」

「ふぐぅ!」

 アイリーンのアッパーでアンナは後ろに倒れ込む。風よと聞こえたので大事には至らない。


「ふ、ふふ、エリーこそ、ヤクモとキスまでしておいて、進展しないところを見ると、飽きられているわよ」

「ふぐぅ!」

 ピリスのワンツーでベッドに横たわるアイリーン。目から涙がながれている。



 目から涙が止めども流れているアイリーンは座り直した。


 コシコシと涙を拭い、最後通達を行う。

 あっさりと泣いてしまうところを見ると、かなりのヤクモスキーのようだ。


「これでは切がありません。そこでわたくしは宣告します! この後、シュタットに戻り、数日後に謁見を開きます。そこで報酬の授与とヤクモとの婚約を発表します!」

 アイリーン以外から非難の声が一斉にあがった。


 権利の暴力やら職権乱用やら優越的地位の乱用やら、思いつく限りの罵詈雑言。


 しかし、アイリーンがベッドをドンと叩く。全員がぽよーん。


「皆さん、わたくしは、期限を設けているだけに過ぎません。それまでにヤクモを射止めれば、良いだけなのですよ」

 アイリーンは全員の目を見ながら、大したことないでしょう? といった感じだ。


 スキルのカリスマが発動して、それっぽく聞こえる。


「分かったわ、エリー。その案にのるわ!」

「わたくしもそれで構いません。まだ日に余裕がありそうですしね」

「私が一番不利な気がするわね。でもそれは仕方ないわね」


 全員がアイリーンに同意した。


―― 皆さん、ヤクモがどういう状態であっても、その期限が来ると、わたくしとの婚約が確定することになると分かっていますか? えへへ〜。


 アイリーンは全員に笑顔を返した。


 この時点で、ヤクモ争奪戦の勝者が確定したことになる。

 

俺「くそ! ルシフェルはどこに?」

どこからか声が聞こえてくる。

ルシフェル「ひとーつ、ひとよひとよに……」

俺「なぜにルート!?」

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