三月の脇役 その九
「マスター、帰ってこないね」
「そですね」
「てゆーか、誰も帰ってこないよね」
「ですねー」
「マスターに会いたい」
「大好きですよね」
「うん、好き。ねぇ、またマスターのカッコしてよ。少しは気がまぎれるかも」
「やですよ」
「退屈だし、首刎ねちゃおうかな……」
「どの服着たらいいですかっ? わぁい、コスプレたーのしーなー!」
「……お前達、何を遊んでいるんだ」
エプロンをつけたライオンが、キッチンからひょいと顔を覗かせた。片手にフライ返しを持っている。
そういえばさっきから、バターの良い香りがするなーって思ってたんだ。
「ホットケーキですか?」
「あぁ。生クリームを頼む」
「はぁい」
私はライオンと色違いのエプロンをつけて、生クリームをホイップすべく台所に立った。
戦いから、三日が過ぎた。
グリフォンのアバターを氷漬けにした後、私とライオンと一角獣は崩壊寸前の屋敷から脱出して、ハートさんの隠れ家に避難した。
街中の、しかもショッピングモール近くという便利な場所にある一軒家で、遊びに行く場所には事欠かないんだけど、さすがに人目が多すぎるよね。
ライオンと一角獣は、実を言うと人間形態も持っているんだけど、彼ら自身はあんまり気に入ってないみたい。カッコいいのになー、金髪インテリメガネおにーさんと、銀髪の優しそうなおにーさん(ただし中身注意)。
漫画の方では一度も出てこなかった設定なので(いや、隅々まで覚えてるわけでもないから、定かではないんだけど)、初めて見たときはびっくりしたよ。
吊り戸棚から、ライオンがハンドミキサーをとって私に手渡した。コンセントに繋いで、生クリームをボウルにあけて、お砂糖を入れてスイッチオン。
電動の泡立て器がなかった時代、人々はどうやってお菓子を作っていたんだろう。いや、ふつーにシャカシャカしてたんだろうけど。手が疲れるんだよね。パティシエさんって、体力勝負だったんだろうなぁ。
たまたまなのかわざとなのか、このボウルはハンドミキサーをふちに引っかけてバランスをとってやれば手で支える必要がない。
つまり、他の作業の片手間に生クリームを作る事ができるので、本当は私が手伝う必要なんてこれっぽっちもないんだよね。
ライオンは、一角獣に絡まれている私を助けだしてくれたにすぎない。本当に、よく気がつくケモノである。
「……マスターの気配が、感じられないんだ」
ポツリと、ライオンが呟いた。
「どんなに離れていても、俺達とマスターは繋がっているはずなんだ。それなのに、あの日から突然、マスターの気配が途切れてしまった」
ホットケーキの表面に、ぷつぷつと気泡が浮かんでくる。それを難しい顔で見つめながら、ライオンは首を振った。
「何かがおかしい。あいつも、それでイラついているんだろう」
ぷつ、ぷつ、ぷつ。
泡を見ながら立ち尽くすライオン。
あのぅ、焦げますよ、とは言えなかった。
結局、5枚のうちの一枚が焦げていたので(内訳、私が1で他がそれぞれ2ね!)、話し合いの結果、焦げたのを三等分して、それぞれが引き取った。そして、二人から1/3ずつ無事な部分を分けてもらった。
……焦げたのも、香ばしくてそれなりに食べられたよ?
おやつをいただいてお腹も膨れたところで、私は部屋(ハートさんのね)に引っ込んだ。ライオンは買いだしに、一角獣はお昼寝である。
同じ空間にいると無駄に緊張させられるから、なるべく個別に行動したいんだよね……。特に一角獣。おちおち考え事も出来やしない。
さて、じゃぁ、状況を整理してみよう。
私達お留守番チームは、きちんと言われた通りのお役目を果たして、予定されていた場所に移動して、米良さん達の帰りを待っている。
私達が行動を起こしたのは米良さんの合図の後で、あの時彼女達は主人公に合流していたはずだ。
特に計画変更の指示も、焦った様子もなかったから、あの時まではうまく行ってたんだと思う。
合流地点は敵の本体とアバターを接続するコンピュータールームで、既にグリフォン以外のアバター達は少年の「白の騎士」を残して全滅しているはず。
あとは、迎撃システムと、見た目に反して異常に強い「白の騎士」を倒して、装置の中に閉じ込められている本体達をとっ捕まえて……。
で、原作通り、少年は某国の研究機関へ。他も、それぞれ引き取り手へ身柄を渡してしゅーりょー、なんだよねぇ。
ちなみに、彼らは性格はあんなんでも優秀なオツムを持ってるから、命は奪われないみたい。自由は保障されないだろうけど。でもそのうち絶対脱走すると思うんだ……。
もしかしたら『Reincarnation of the last edge:RELOAD』なんつーのが始まってしまうかもしれない。
ひぃ、そんなん始まる前に帰りたい! 一刻も早く元の世界に帰りたい!
も~、なんで米良さんの連絡途絶えちゃったんだろう。せめて「終わったよ~」くらいあってもいいのにさぁ。
まさか返り討ちにあったわけじゃあるまいな? うっかり変な時にドミノ倒し起こして、かえって足引っ張って、とか、あああああああ、すごくリアルに想像できるから怖い!
それとも原作介入なんてルール違反犯したペナルティで、世界から排除されたとか?
いやいや、そんなに悲観してどうするよ。もっとポジティブに! ポジティブに考えよう。
作戦は成功した。全て予定通りに行って、それで、スペードさんとダイヤさんと、オリジナルのみなさんが復活して、米良さんは借りていた能力を返した。どうかな? そんなに無理のある展開じゃないよね、これも。
ただ、穴があるだけで。
……それじゃぁどうしてあの従者達がハートさんの気配の喪失に情緒不安定になってるんだよ、とか。
米良さんが駄目ならダイヤさんが連絡してくればいーじゃん? とか。
うぅ~、どうしようどうしよう。やっぱり最悪の事態に備えるべき?
最悪の事態ってぇのはつまり、米良さん達だけじゃなくて主人公さえも負けて、そしてハートさんの従者二名の生存と影武者の存在を知った敵が襲ってくるというシナリオなんだけど。
そういう時のために、一応ハートさんからコッソリ次の行動を言いつけられたりしてるんだけど。あ、なにゆえコッソリなのかというとだね、米良さんとクローバーさんのやる気に水を差さないためですって。
ハートさん、大人だ……!
しかし、そんな事私が言いだそうものなら従者達がなぁ……。発狂しそう。特に一角獣。
せめて、ハートさんのコスプレしてたら反応も違うだろーか。
私が今着ているのは、それこそハートさんにとってのコスプレ服である。つまり、ふつーのオンナノコ的なね? 彼女のクローゼット、すごいんだから。
高校の制服らしきものもギッシリだし、女教師風とか、OLさんっぽいのとか。うん、とりあえず着るものには一生困らなそうだよね!
制服っぽいののスカートとブラウスを組み合わせれば、街中でも浮かない程度の服装になるからなぁ……。
もちろんそういう普通のばかりではなくて、バニー服とか、超ミニのチャイナとか、どっかの民族衣装っぽいのとか、色々ある。
えぇ、一人でこっそり着てみましたよ? それが何か? 楽しかったけど?
でもさすがに人前ではちょっと。調子に乗って着てみせて、一角獣に酷い事言われたら立ち直れなくなりそうだから、ちょっと。
と思って封印してたんだよねぇ。
一番手前にある、メイド服をそっと手に取る。スカートにはにゃんこのしっぽまで付いていて、肉球手袋と猫耳カチューシャがセットになっていた。
……うずうず。
しばらくして、突然外が騒がしくなった。
『いててて! いてーって! てめ、さわんなよっ!』
声変りはしてるんだろうけど、男の子にしては高い声。声質がかわいいのに、やけに口調が乱暴で、なんかもったいない。まぁ、かわいいのがコンプレックスで、わざとそうしてるのかもしれないけど。
『てめ、覚えてろよっ! ぜってーコロスかんなっ!』
あらまぁなんてことを!
あのねぇ、そんな簡単にそういう言葉使っちゃダメなんだよ? 特に、本気でない時は。じゃないと、真面目に命のやりとりして生きてる人達に鼻で笑われるからね?
ガキがイキがってんじゃねーよって。
『へっ、ヤれるもんならやってみな!』
ほらもう、クローバーさんも煽らない。いい加減、大人の対応を覚えなよ、ってえええええええ?
私は窓に駆け寄った。カーテンをめくりあげて、鍵を回す。あぁもう、こんな時に限ってうまく回せない! もういいや。
部屋を飛び出して、玄関に向かった。ドアの前には既にライオンと一角獣が陣取って、そわそわしている。
あぁもう、どいてっ!
押しのけて、ドアを開ける。そして。
「……おかえりなさいっ」
私は、満面の笑みで、彼らを迎えたのである。
……アレ、今のヒロインっぽくない?




