一月の脇役 その十四
私が突然消極的になったのを見て、エルヴァさんは狼狽え始めた。よっぽどお引っ越ししたいんだろうなぁ。そんなに嫌か、学園悪女生活。
「まて、もう一度考えてみるのだ。なんだったら今すぐでなくとも良いのだぞ?」
「いえ、やっぱり不都合がありました。ご縁がなかったということで」
「いいや、こうして出会ったのが縁のあった証拠ではないか! 儂と契約する事で得られるメリットを今一度考えろ。お前は賢い娘だ、そうだろう? お前にならこの儂の価値がわかるはずだ」
ひぃ、しつこい勧誘! そういえば、強引に場所を移動させられたし、もしかしてこれってキャッチセールスだったんじゃ……。
あぁ、色んな詐欺に引っ掛かりまくる浅見さんの事を「なんて騙されやすい子なんだ」ってちょっとバカにしててごめんなさいっ。直接こうやって迫られると冷静に判断しにくくなるよね!
でもダメ。断るって決めたんだからキッチリ断らないと。ズバッと。ズバッと、いけ、私!
「い、いりませんっ」
ずばっ!(やや勢いが足りなかった)
そして撤退。私はてててててっ、と男の子達の後ろへ回り込んだ。ふぅ、あぶないあぶない。一対一だったら押し負けてたね、こりゃ。
おかしいなぁ、電話なんかじゃさくっと「今から出掛けるんで」とかなんとか適当に嘘ついて撃退するのは簡単なのに、やっぱり相手の姿が見えると難しくなるもんなんだなぁ。うぅ、みんながいてくれてよかった!
しかし、きっちりはっきり断ったつもりなのにそれでもエルヴァさんはしつこく食い下がってきた。
「ま、待ってくれ! 今なら特別に願いを2つに!」
「うっ!」
うわあ、「今ならこんなにお得」商法だああ! ああいうのって、「わぁほんとにお得」って感じるよりも「その値段で利益出ちゃうような代物を、今までいくらで売ってたんですか」って突っ込みたくなっちゃうから乱発しない方がいいと思うの。
いやしかし、願い事枠が増えるのは確かにお得な気が……。
「ほら、がんばって。あとでお菓子買ってあげるから」
「あー、今度コーヒーでもおごるからやめとけ」
「えーと、ドーナッツ屋の割引券、いる?」
「い、いらないよっ! ちゃんと断るよっ!」
きぃぃ、今すっごくバカにされた気がするっ。安い女だなって思ったんでしょ、思ったんでしょー!
「よしわかった、3つでどうだ」
「あ、あぅ」
「盛沢」
わ、わかってるよ竜胆君っ!
「ほんとにいりませんってば!」
私はくるりと後ろを向いた。どうせもう、相手の姿は見えないんだけど、気分です。拒絶の意思を身体でも示そうと思って!
あぁ、子供の頃、3つの願い事が叶うとしたらなにがいいかなー、なんて本気で考えた思い出が過る……。食べても食べても太らない身体と~、お金を使っても中身が減らないお財布と~、もう1個はなんだったっけ? あ、そうだ、習ったお勉強は絶対に忘れない賢い頭が欲しいって思ってた。
アレ、でもこれって子供にしては現実的過ぎない? 可愛げが足りなくない?(ぶつぶつ)
「では、そういうわけで」
光山君が、これでおしまいと言うように、ぱん、と手を叩いた。と同時に女子トイレの中が光に満ちる。む、なんかやったかな?
「ま、待て、せめて気が変わった時のために連絡先だけでも……!」
「強引な勧誘はご遠慮ください」
「め、メールアドレスはlove……くぅっ」
こうしてエルヴァさんは、再び美少女ちゃんの中に封印された。め、メアドがちょっと気になる最後だった。
ゲーム画面の中で、ふんわりとほほ笑む女の子にかぶせるように選択肢が3つ浮かんでいる。
①「そうね、わたしもすき」
②「ちょっと苦手かも」
③「そのシャツ、素敵ね」
……この会話の流れで③はないわー。オオサンショウウオに関する話題でどうしてシャツを褒める事になるんだよ! と心の中で突っ込みつつも、相手が不思議ちゃん好きらしいので③を選んだ。
おぉ、好感度上がった上がった。ふ、チョロいぜ。よ~し、次の段階に入るかな、と。
『それでねー、雑貨屋さんみてたらはぐれちゃってさー。メールしても返事来ないから、置いて帰ってやった!』
「そっか、まぁ、広かったしね」
シャツを褒めた事で、ちょっとドキドキするようなラブシーンに突入した画面を眺めつつ、私は電話越しに相槌をうつ。もちろん、相手は絵実ちゃんです。ゲームの音声が聞こえちゃわないかちょっと心配。でもやめられないとまらない!
『電話でなんか文句言ってたけど。でも、今度ウザい事に巻き込んだら久実ちゃんに言いつけるって脅してやったらおとなしくなった。何やったの?』
「……や、別に。あー、年上としてちょっと忠告した、かな」
根岸さんが、トイレで。
『そうだったんだ! ありがとね、久実ちゃん』
「どういたしまして。でも、もうああいうのは勘弁してね?」
『え~、久実ちゃんも楽しそうだったじゃん!』
「いや、ほんとに疲れたよ~……」
疲れたと言いつつ、結局帰りに電気屋さんに寄ったけどね! 訳あって『学園悪女2』ではなくて1の方を買いました。ええ、ふかぁい訳があってね。ふ、ふふふ……。
1のヒロインちゃんは天然系というか、いわゆる隙を見せて誘うタイプ? ゆるゆるふわふわしながら男の子を落として行くパターンで、あんまり戦略的ではないところが物足りない。
まぁ、これはこれで展開がぶっ飛んでて面白いけどね! ラブシーンのセリフが特に。
『あー、でもあの子がさ、久実ちゃんに言ってやりたい事があるから連絡先知りたいって。教えてもい~い?』
「だめっ!」
ヒロインと攻略対象が長椅子倒れ込んだところで画面が暗転した。じゅ、15Rしゅげぇ!(ごくり)
『だよね~。そう思って伝言聞いといたよ。えーと、なんだっけ』
「多分『絶対、負けないんだから!』じゃない?」
セリフのところだけ微妙に声を代えると、絵実ちゃんは「似てる!」と大笑いした。
『でも、なんでわかったの?』
「直接言われたし。あの様子じゃ、しつこそうだな~って」
『ふぅん。まぁ、とにかくありがとね。あ、じゃぁ私そろそろ寝る~。おやすみ~』
「ん、おやすみ」
ぴ。
通話を切って、私はベッドの上でゴロリと寝がえりをうった。
あのあと。光山君によってエルヴァさんが強制シャットダウンされたあと。
美少女ちゃんは、一部始終をバッチリ覚えていた。そして、あの展開から何をどう曲解したらそうなるのかわからないけれど……。彼女の中で私は、「特殊能力を持つ男の子達を操ってエルヴァさんを奪おうとしている魔女」という事になっていた。
わからん、全く理解できん!
「絶対、負けないんだから!」
彼女は涙目で私を睨みつけた。わぁ、そんなお顔もかわいいねぇおじょーちゃん。いい子だから落ち着こうか、ね?
「あなたみたいな……。あなたみたいな、『学園悪女1』のヒロインみたいな女、だいっきらいっ! ムカつくっ!」
「ええっ!」
「自分は手を汚さないで、澄ましてるのが一番ムカつくっ!」
彼女はもう一回「絶対、負けないんだから!」と宣言した。そして、わぁっ、と泣きながら走り去っていった。て、展開についていけない……。
ぽかんと美少女の後ろ姿を見送った私の肩を、光山君が叩いた。
「よく断ったね。さ、お菓子買って帰ろう」
と、いうわけで、あのショッピングモールの名物であるふわふわメープルクッキーを買ってもらって(いや、自分で買おうとしたんだけど、だけど……!)フラフラと帰って来たのです。
「はぁ……」
『どうしよう、彼の気持ちは嬉しいけど、やっぱり一人なんて選べないよっ』
『なんでオトモダチじゃだめなの? なんですぐに好きか嫌いか、はっきりさせなきゃいけないの?』
画面では、攻略対象の一人と甘い時間を過ごしたらしいヒロインが、なにやらごにょごにょ反芻しつつ悩んでいる。う~ん、気持ちはわかる。
このヒロインの気持ちに共感しちゃうって事は、やっぱり私も素質あるのかなぁ。
もう一度寝がえりをうつと、パッケージの中のヒロインと目があった気がした。茶色のフワフワ髪、童顔気味で胸のおっきい子。うぅ、特徴だけだと確かに共通点はあるかもしんない。
「気を付けよ~っと」
私は自分に言い聞かせるように呟いて、それから部屋の電気を消した。
……悪女なんかじゃ、ないもの。(ぐすん)
メール着信一件
Frm:根岸 きらら
Sb:昼の事
あれから大変だったみたい
ね。福島君から大体の事は
聞きました。光山君にも何
かあるとは思っていたけど
まさか魔法だなんて。
盛沢さんも色々大変だった
のね。頼り過ぎていた事は
反省しています。でも、今
回の一件は盛沢さんの性格
にも問題があったと思いま
す。どんなに親しい人から
頼まれたとしても、嫌な事
はきちんと断るようにね!
それも勇気だから。
偉そうな事書いてごめんな
さい。これからは私にも頼
ってね。
じゃぁ、お疲れ様でした。
P.S. 人のふり見て我がふ
り直してね?




