九月の脇役 その四
「とりあえず、今から消せるだけ消すけど……。さすがに、プリントアウトされた写真までは手が出せないから、今後くれぐれも油断しないように!」
ジャックさんから一通りの情報を聞きだしたあと、根岸さんはさっそく行動に移った。例の腕輪を一撫でして仮想インターフェイス(って言うんだよね、あれ)を呼び出したかと思うと、ものすごい高速で何かを打ち込んでいく。
空中に浮かぶ蛍光グリーンの文字はどう見ても地球の言語ではなさそうなのに、迷うことなくタップする様は感動的ですらある。いや、ほら、こうね。一般人からは遠い人になっちゃったんだなぁ、とね……。(ほろり)
彼女が宇宙警察から支給されているのはいわゆる超高性能PCで、その性能ときたら恐ろしい事に、やろうと思えば地球のネットワーク全てを好きなように改竄できてしまうような代物らしい。
ケセラン様ももちろん標準装備として持っていて、ブログやSNSは当然の事、他にも色々イケナイ事をしているのを私は知っている。でも宇宙生物に地球の法律って適応されるのかどうかわかんないし、そもそも道徳観念が違うらしいからスルーしてます、ゴメンナサイ。
根岸さんは私と違って四角四面に正義感の強い人だから、そういうところもケセラン様とそりが合わないんだろうなぁ、大変だなぁ。
そんな根岸さんがおそらく苦渋の決断で決行したのは、「世界中のネットワークから戦隊の情報を消去する」とゆー、まぁつまり、ハッキング? それともクラッキング? と言われる行為だった。
「国の上層部だけじゃなくてアングラサイトにまで出回ってるのね……。やだ、軍から洩れてるみたい。この国はもうちょっと情報の管理に気をつけた方がいいんじゃないかしら」
根岸さんが空中に指を躍らせるたびに、部屋中に浮かび上がった小さな写真がどんどん消えていく。なんだかとってもSFです。ジャックさん大喜び。
もぐら叩きのようにぺけぺけと画面が消えて、最後の一枚がぽんと弾けた頃にはかなりのお時間になっていた。夕食を摂るにもちょっと遅いかな、ってくらいだ。
聞こえないフリをしていたけれど、さっきから中山君のお腹の虫がうるさい。ワッフルに、追加のロールケーキまで食べたというのに。
「えっと、私、そろそろ帰らなきゃいけないんだけど、どうしよう」
水橋さんがそわそわと時計を気にして腰を浮かせた。彼女はよい子なので、大学生になった今でも帰りが夜9時以降になることは滅多にないのだ。もちろん私だって、皆様にお引取り願いたいのは山々なんだけど……。
「それで、この人、どうするの?」
そう、ジャックさんを置いてかれちゃ困るのだ。
とはいえ、髭と髪をケセラン様によってまだらに刈られていて、こんな状態ではさすがに外に放り出すわけにはいかない。なんかこう……なんて言ったらいいんだろう。山賊に襲われたと言うべきか、オタク狩りに遭ったと言うべきか。とにかくすごく可哀想な状態になってるよ? このままじゃ職質受けること請け合いだ。
でも、我が家に髭剃りなんてないし、上手に髪を整える自信もないしなぁ。
恐る恐る、本日泊まる所はありますかと聞くと、彼は嫌に自信満々に頷いた。
「Mr.Kes. タノモー」
え、いや、頼もうって。意味がわからない! 聞き方が悪かったのだろーか。あんな大層なバイクに乗ってるって事は、日本に拠点があるだろうと思っての質問だったのに。どこか、ホテルにでも泊まってて然るべきなんだけどなぁ。
「Where are you staying?」
ためしに質問の仕方を変えてみると、ジャックさんは誰もが知っているような高級ホテルの名前を挙げた。うん、まぁ、うすうす気付いていたけどこいつお金持のボンボンだな、間違いない。
ならそこに帰って、また後日訪ねてくるといいよ。ただしこっそりと。事前にアポをとって。その髪と髭を整えてな!
しかしジャックさんは妙に真剣な様子で言葉を続けた。
「デシイリ、スル。Mr.Kes ノドージョー」
ドージョー? 道場?
一瞬、毛玉があの棒を一生懸命素振りしている光景が頭に浮かんだ。正体さえ知らなければ微妙にかわいいな! ってそうじゃなくて。
彼はどうやら、ホテルの部屋を既に引き払いずみらしい。何だってまたそんな事を。ほほぅ、ケセラン様のところに泊まる予定だったと。押しかけ弟子というのはそうするのが作法だと? ……誰だ、コイツにそんな知識与えたのは!
ケセラン様が道場経営に手を出しているとは考えにくいし、よくわからんがジャックさんは日本の間違った知識で各家庭に剣道やら空手やらの道場が備わっているとでも思い込んでるのかもしれない。あーもーめんどくしゃー!
「えーと、とりあえずケセラン様と一緒にいたいのかな。中山君のおうちって……だめだよね」
「ムリムリムリ! 知らない人拾ったって言ったら姉貴にころされるっ」
中山君は何故か涙目になってぷるぷると震えだした。今、彼に尻尾があったなら確実に丸まっていたに違いない。よしよし、君のそのおねーさん恐怖症は根深いねぇ。そしてお友達連れてきたとは言えないんだね。気持ちはわかるけどちょっとひどいぞ。
「うちも無理だから」
すかさず福島君が予防線を張る。彼は本当に要領がいいと思う。たぶん戦隊で一番賢く立ち回ってるんじゃないかな。
一見そうは見えないんだけど堅実に貯蓄しているらしいし、実は優良物件なんだろうなぁ。惜しいなぁ、ケセラン様と出会ってなければ他の人生があっただろうに。
さて、やっぱり女の子に連れて帰れというのは無理があるし、当然我が家に泊めるのも論外だ。となると、残るは……。
「竜胆君ちは、お泊り大丈夫、かな……?」
ひくつく笑顔で見上げれば、竜胆君は眉間に皺を寄せつつ、それでもこくりと頷いた。
とゆーわけで、駄々をこねるケセラン様をひっつかみ、ジャックさんを連れて、彼はおうちへ帰って行きましたとさ。
あ。あの痛ハーレーどうしよう……。
翌日。
幸いな事に私は午前中しか講義を入れていなかったので、足早でおうちに帰った。昨夜、悩んだ挙句にビニールシートで覆った痛ハーレーが盗まれていない事を確認して一安心。こんなんでも、預かり物だしな! 今日こそ持ち帰ってもらわねば。
いそいそとお茶の支度をして、戦隊用出入り口と化しているベランダの鍵を開けると竜胆君が真っ先に現れた。
「あ、いらっしゃい。昨日はごめん……ね?」
おうちのかたに怒られなかった? という言葉は宙に飲み込まれた。だって、だって!
「じゃ、ジャックさん?」
「Hi! Miss Kumi!」
だって。なんか……ハンサムな外国人のおにーさんが横に立っていたんだもの!
ジャックさんだよね、もしかしなくてもジャックさんだよね? 説明求む、という視線で竜胆君を見つめると、彼はぼそりと簡潔に述べた。
「……祖父が」
えーと、つまり竜胆君のおじいさまが、あの見苦しい状態を見るに見かねて何とかした結果、期待以上のできに仕上がったわけですか。
おじいさま、ぐっじょぶ! あんまり爽やかな好青年に仕上がってたものだからびっくりしちゃったよ。……あとは腕のタトゥーとアニメTシャツさえなきゃなぁ!
「How do you do.」
営業スマイルでご挨拶して椅子を勧めると、彼は嬉しそうに笑って「カタジケナイ」とお礼を言った。いや、礼には及ばぬよ。(キリっ)
ところでケセラン様はジャックさんの頭の上にすっかり馴染んだようで、よかったですね? 打ち解けましたか。
「コレはなかなか役にたちそうなう!」
ジャックさんはどうやら、めでたくケセラン様の新しい奴隷としてお眼鏡に適った模様です。
……後悔するなよ。




