後日談7話 俺と恋心と友情と、四面ならぬ三面楚歌(後編)
受話器に耳を当てて、1秒。2秒。3秒……ようやくスマホの向こうから声が届いた。
『も……もしもし』
「も……もしもし」
始にあったら色々話そう。一応はそう考えていたはずなのに、彼女の声を聞いた途端頭が真っ白になって、ついオウム返しで凌いでしまった。
そして訪れる静寂。
無音が逆に耳に痛く、なにか話さなければとは思うものの、それ以上のことを冷静に考えられない。
とりあえず、謝っておこう。なにに対してかは自分でもよく分かっていないが『それしかねぇ!』とヘタレ特有のルーチンが、積極的にへりくだることを進めてくる。
それに従い、ごめんの「ご」と言いかけたところで、さらに大音量の「ご」が上から被せられた。
『ごめんなさい!』
「は、始……?」
謝る前に謝られてしまったが、謝られる理由が思い当たらないので困惑しか出力されない。
一向に働かない頭でどうしようとかと悩む間に、始が続きを語りだした。
『オレ……本当はあそこまでおおっぴらにするつもりなんてなくて、本当にこっそり、ちょっと好みのひとつでも知れれば十分だって思ってたんだけど……なんか流れでああなっちゃって。結局は終斗すっごい困ってたし、オレもその気持ちは分かるし……』
本当に申し訳なさそうに語っていく始。
ああ、そういう訳か。すとんと腑に落ち、直後になんというか……むかっ腹が立ってきた。
始に?そんなわけがない。だったら誰に?そんなの、一人しかいない。
『そ、それにそもそも彼女にこうやって裏でこそこそされるのって、やっぱ嫌だよね。だから、本当に……』
俺は、俺自身にどうしようもなく腹が立っていた。だから、
「ごめん」
『え、終斗……?』
今度こそ、ちゃんと詫びることができた。ちゃんと理由も見えていた。
なにが情けないだ、なにがかっこ悪いだ。そんなもの……大事なことを捨てて見栄を張る方が、よっぽど。
「忘れていた……いや、本当の意味で俺は分かっていなかったんだ。お前が俺の"恋人"だってことを」
俺はきっと自分が思っていたよりもどうしようもなく不器用で、情けなくて、かっこ悪い人間だから。
大事なことを無言で語るなんて器用な真似はできっこないから。だからちゃんと自分の口で、伝えなければいけない。
そんなもの、始に告白するときに散々学んだはずなのに。そう、学んだんだ。それを思い出した、だからこそ、
「"親友"と同じ感覚で接して、遊んだり、笑いあったりするのは今だって楽しいよ。だけど……それだけじゃ前に進めない。恋人で在りたいならば変わらなければ進めないし、俺自身……そしてお前も変わりたいと思っていたのに、俺は自分の気持ちにも、お前の気持ちにも気づいてやれなかった」
俺はひとつひとつ、後悔を拾い上げて"情けない自分"を形にする。始はただずっと、黙って聞いていた。
「気づかずに、お前とこの関係になる前のように『お前が傷つかないためにはどうしたらいいか』なんてことばかり考えていた。俺の気持ちを一方的に押し付けていた。だから……」
本当にごめん。そう続けようとした俺の言葉は、しかし先ほど俺が始の言葉を遮ったように……いや、もっとはっきりとした力強いソプラノボイスによって遮られた。
『――が、頑張ろう!』
放たれた言葉は、始の口癖。放ったのは、始本人。
「……頑張る……」
幾度となく聞いたそれを味わうように、噛み締めるように口内で転がす。
それが今この状況でなにを意味するかまでは読み取れないけれど、その言葉を口にするときの始は本当に強くて、こっちまで前向きにさせられて。だから、俺は始の言葉にただ耳を傾ける。
『オレ、終斗みたいに頭良くないから恋人とか親友とか、今の自分の気持ちを全部言葉で表せるほどの整理ができてるわけじゃないし、親友なら、恋人ならどうあるべきだとかも正直よく分かってない。今回だって、終斗がオレの気持ちを察せなかったっていうのなら、逆にオレだって終斗のことを分かったあげられなかった。つまり、えっと……』
始の言いたいことはよく分かる。なぜなら俺たちは、似た者同士だから。
「……俺たちは二人とも、恋人としてはまだまだ足りないってことか」
『そ、そう! オレたちは色々足りてないから、だからそういう色々全部頑張っていけばいいんだよこれからは! もしかしたらこれからも見落としたり気づけなかったりすることとか、遠回りになったりするかもだけど……』
それは単なる偶然か。始の台詞が、かつて夕焼けとともに刻み込まれた言葉を俺の脳裏から引っ張り出した。
――大丈夫。たしかにオレも終斗も、色んなことを見落としていたり気づけなかったりしてたけど、ここまでくるのにだいぶ遠回りになっていたかもしれないけど、だけど……オレたちは。
あの日の誓いもその景色も、全部この胸に残っているから。
始が二の句を告げる前に、俺はかつての意趣返しとして台詞を挟んだ。
「――大丈夫だよ。俺たちはもう同じ景色を見られているから。だから、絶対に大丈夫」
『終斗……』
「……ってまぁ、どっかの誰かさんの受け売りなんだけどな」
『へぇ、それって……どっかのドラマかなんか?』
スマホ越しの高等なボケに、思わず椅子から落ちかけた。
「いや、あの……あっただろ? ほら、夕日。思い出せ!」
「夕日……? もういっこヒント頂戴!」
ヒント要求されたんだけど、むしろ返してくれよ俺の雰囲気!
「観覧車! 夕日! ドラマじゃなければアニメでも漫画でもない! 早速頑張れ、これはさすがに思い出してくれ!」
『えっと……』
1秒。2秒。3秒。4秒……沈黙が訪れる。え、そんなに考えること?さすがに傷つくぞ俺。
はたして約10秒ののちに、始が「あ!」と閃いた。
『告白したときに乗った観覧車! そういえば見てたそんなの!』
「おいそんなのって言うなよ、あれ俺の思い出の中でもトップ3に入るほどの上位なんだからな」
『ごめんごめん、それじゃあ受け売りって……ああ、なんか似たようなこと言ってた気がする』
「なんでそんな曖昧なんだ、早速すれ違ってないか俺たち……?」
『しゅ、終斗の言ったこともあのときの横顔とかも、大体は覚えてるんだよ! でもほら、オレ的には自分の台詞なんてそんな重要じゃないし……』
「まぁ……言われてみれば俺も始のことばかり見てたから、確かに自分がどうしていたかなんて全然気にしてないし覚えてもいないな」
『ほら、やっぱそういうもんなんだよ』
「そういうもんか」
『うんうん、そういうもんそういうもん』
再び沈黙が訪れる。だが今回は4秒も経たないうちに、どちらからともなく噴き出して、それからひとしきり笑いあって。
落ち着き、軽く息を吐いて、気づいた。少し前まで息苦しいほど胸に詰まっていた感情の渦が、いつの間にか消え去っていることに。
うん、やっぱり話しあってぶつけあって、そっちの方がすっきりするな。
山々に打ちのめされていた気力も始との会話を経てすっかり回復したようで。今ならどんな難題でも立ち向かえる気が……うん、山?
はて、なにか忘れているような……俺の思考が横道に逸れ始める中、始が尋ねてきた。
『ところで終斗、その……』
「ん、どうした?」
あれ、そもそもこうなるきっかけって……。
『…………山より海の方が好きって……本当?』
「…………」
あー、それがあったかー。あったかー……。
完全に忘れていたが、元はといえばそれが原因だったわけで。
うーわこうやって直接聞かれるとそれはそれでなんかこう、すっごい羞恥心が。
だが情けなくてもかっこ悪くても、向き合うと決めたならば……!
「その」
『はい』
「……海の方が、好きです」
『…………』
んー、無言が辛い!
いやな、そりゃ俺だってプラトニックな関係でいたいわけじゃないし、"そういう目"で見ちゃうのは男だから仕方ないし、始も元男だからそこら辺分かってもらえるとは思うけどさ。
ただそれはそれとして、こう……秘めたる胸の内を彼女に曝け出すのは……言語化不可能な辛さがあるな!今更ながらあの台詞だって、さすがにどうかと後悔し始めてるしな!
顔を真っ赤にしながら恐々と返事を待っていると、受話口の向こうから声が聞こえてきた。だがそれは俺の予想に反し、嬉々とした感情を湛えていて。
『え、えへへへへ……』
あ、良かったのか……俺も良かった、受け入れられて……。
「……あ」
海だの山だの話をしていたからか、俺はふとあることを思い出した。
それを口にするのも己の嗜好を曝け出すことになるのでためらわれたが……ここまで来たらもう同じだ!向き合うって決めたんだ俺は!
だから俺は始にそれを、1週間越しの答えを提示しようと口を開いた。
「始、あの」
「うん」
「いや、その……」
「うん」
「えっと……」
言うなら言えよさっさと!
珍しく理性が、怯える本能を背中から蹴飛ばして勝ち星を上げ、俺の口を開かせた。
「み、水着!」
『水着!? え、それってもしかして……』
「1週間前に聞いてきたやつ。あのときははぐらかしたけど、その……」
『う、うん……!』
「……始、肌すごい綺麗だし……」
『ふぁ』
「体は小さいけど、俺は好きだし……手足もほどよく細くて……だから、その、なんだ。……多少、肌見えているくらいでもいいというか、俺としては見えてるくらいの方が好みというか……そ、そんな感じだ」
『…………』
んー、無言が辛い!(二回目)
山とか海とか散々言ってしまった分、多少は和らぐかと思ったらそんなことなかったな!むしろ具体的に細かく解説してしまっている分、マニアックなことやっている気がしてさらにこっ恥ずかしいぞこれは!
くっそ誰だこんなこと言おうって決心したやつは!
どこかの阿呆を罵りながら羞恥で悶えている間に返答は来た。
『が……が、が、が!』
「が!?」
『が、頑張る! オレ、めっちゃめっちゃ頑張るから!』
顔は見えないのに、テンパっている姿がこれでもかと鮮明に浮かんでくる。そこまでリアクションが強いとこちらの頭が逆に冷えて、それから妙に申し訳ない気持ちが沸いてきてしまった。
「いや、あの、そんな気張らないでくれ。俺の好みを押し付ける気ないし、ほどほどに気にしてくれればいいから、ほんと」
俺は急いで訂正に入ったが、しかし始の勢いが止まることはなく。
『ほどほどなんて無理だよ! だ、だってオレは終斗に褒めて欲しくて可愛い服とか着てて、つまりオレの好みは終斗の好みだから、だから……』
そこで始は声のトーンを一回り落として、半ば囁くようにそっと一言を付け足した。
『――これからも、終斗の"好き"をいっぱい押し付けて欲しいな。なんちゃって……』
ガンッ!
『ふぇ!? だ、大丈夫!?』
「大丈夫……」
なわけあるか。机に頭のひとつでも叩きつけなければ、正気を保てないところだったわ!
ああもうなんなんだこれ、と自分で自分に毒づいてしまう。
「……とりあえず、言いたいことは大体話し終えたし、もう切るな」
嬉しいのか辛いのか恥ずかしいのか、自分でも最早よく分かっていない。だけど、
『うん……あ、あのっ』
「どした」
『み……水着、とびきりなの選んでくるから。楽しみにしててね!』
間違いなく悪い気分ではない。それだけは、確かだった。
「……ああ、楽しみにしてる」
電話を切ると緊張が解け、全身の力が自然と抜けた。
両手をぶらりと下げ、椅子の背もたれに体を預けて、大きく息を吐く。
「はぁぁぁぁ……」
ひとしきり吐き終わると、手持ち無沙汰な視線を適当に宙へとさ迷わせながら呟いた。
「……ま、これで少しは"恋人"としてマシになった……かな?」
自分でも疑問符がつく程度だが、大事なことをひとつ自覚した分一週間くらい前よりかは成長したと信じたい。
……とはいえ。
恋心を抱いたとき、俺は諦めて始は諦めなかった。
遊園地、初めてのデートは俺が始に誘われた。
そして今回、始の方が先に"恋人"として変わっていこうとしていた。
全部始に初めてを取られている、俺がずっと始に引っ張られている。その事実は未だ変わりようがなく。
「やっぱり俺、情けないな……」
振り返ってみれば後悔が募るばかり。
恋人として変わらなければいけないこと。前に進まなければいけないこと。そういうものがあるのならば、今度は俺が引っ張っていきたい。
理屈ではなく、ただのなけなしのプライドが俺にそう訴えかけていて、俺もそれに頷きを返していた。
ならば頑張らなきゃいけない、始が言ったように色々と。
付き合った、恋人としての自覚もできた。それじゃあ次にやることは……大人ならばもう少し格好良い発想のひとつでも浮かぶのかもしれないが、あいにく俺はただの男子高校生。短絡的かもしれないが、このあとといったら思い浮かぶものはひとつしかなく――
「――キス、かなぁ……」
自分で口に出しだくせに、すぐに右手で口を抑えてしまう。
どこからともなく顔に集まってきた熱を手のひらに感じながら、『本当にヘタレだなこいつは』と内心で毒づいた。
想像だけでこの有様。前途は多難と言う他ないが、それでも自分の立つ先に目標が見えてるならば。
「そこに向かって進むだけ、か……」
だけ、と言うほど簡単ではないだろうが、それでも恋心に向き合えたときのように、進んでみれば案外怖くないのかもしれない。
……なんて思いこもうとしても、どうしたって悶えるほどに恥ずかしくて。
目標は近くに見えていても、実際の距離はまだまだ遠いな。なんて、俺は部屋で一人ため息を吐くのだった。
そんなわけでノリはいつもと変わらないですが、作者的には後日談のチェックポイントをひとつ超えた感じでほっと一息つきつつ……ちょっと急ですが、そこそこキリの良いここら辺ならいっぺん区切り入れてもいいんじゃないということで……
――次回から『前日談』、いわゆる過去編をスタートさせていただきます!
たしか最終回の後書きかなんかでもちょろっと漏らしたであろう前日談。ほんとはもうちょっとスマートに始めたかったのですが、ちょうどいいタイミングが見つからなかったので、こうして後書きで告知させていただくことにいたしました。
オレ俺本編では断片的にしか語られてなかった二人の出会いとか恋心の芽生えとかその他諸々、過去だから書けることをきっちり書いていけたらといった感じで。
そんなわけで前日談の方も、引き続きよろしくしていただければ幸いです。




