後日談4話 久しぶりの大作戦!(中編)
彼氏が彼女の家へと遊びに行く。
その字面から人がどこまでのことを想像出来るのかは知らないが、少なくとも昔からお互いの家を行き来していた俺と始にとって、それは特にさしたるイベントでもない。
つまるところ今日は、いつもと変わらないはずの1日だった。
だからこれといった理由もなくラフで無難な格好を選び始の自宅まで赴き、いつもどおりに玄関で始を待つ。
寒空の下自転車のハンドルを握り続けていた手は、手袋越しでも随分と冷えていて。
手袋を外し首筋に手を当て、首から手へ熱が移っていく感覚を楽しんでいたら、玄関のドアから鍵が開く音がひとつ。どうやら出迎えが来たようだ。
首筋から手を外すとほぼ同時、ドアが開きその奥から一人の少女が姿を現した。
「いらっしゃい、終斗!」
晴れやかな笑顔で声を弾ませる俺の彼女、始の姿に思わず顔が綻ぶ。
うん……俺の彼女は、今日も可愛い。
見慣れた、だがいつ見ても飽きない、白いシュシュで括られたサイドポニー。
シンプルだが、だからこそ素材の良さが引き立つチェック柄のロングシャツ。
そしてシックな茶色のスカートは、しかして膝小僧どころか太ももまで大きく露出してるほどの短さで、ともすればその中身だって見え……こらー!
「終斗?」
「あ、ああなんでもないよ始。それじゃ、おじゃまします……」
邪な心に喝を入れ、平静を装いながら朝雛家におじゃましたものの、思考の8割は未だ始のスカートに奪われている。
始があんな短いスカートを穿くなんて……気温の問題は宅内だから除外してもいい、だがそれにしたってあの短さはかなり珍しい……いや、それこそ初めてかもしれない。
あいつ自身の性格なのか、それとも男の頃の名残があるのか、とにかく始はあまり裾の短いスカートを好まない。告白されたあの日、遊園地で着ていたような膝上丈が精々だったはずだ。
じゃあなんで今日に限って……などという邪推は、別の邪によってかき消されてしまった。
――見えるのだ。違う、見えてしまうのだ。
視界の先で、俺を先導するようにずんずんと2階へ上がっていく始の後姿。その下半身、というぶっちゃけスカートがこう、動く度にヒラリと揺れて、際どい部分が……こらー!!
まったく破廉恥な……お父さん許さないぞそんな服!今は家だからいいが、そのスカートで外に出る気ならば一言物申しておかなければならない。
そう俺はやましいことなんてなにも思っていないのだ。
気分は保護者、気分は保護者……。
俺は心の中でそう念仏のように唱えつつ、全力で目の前の景色から視界を逸らして始の後ろをついて行くのだった。
ちなみに今日は水色だった。なにがとは言わないが、水色だった。
●
誘惑作戦その1!身も蓋もない話だけど、やっぱり露出はあった方が良いでしょきっと!
そんなわけで実は今、かーなーり!大胆な丈のスカートを穿いているんだけど、思いの他際どくて、恥ずかしさもかなり……。
でも下着はぎりぎり見えていないし、つまりぎりぎりセーフというやつだ。さすがに下着見られるのは恥ずかしすぎるし、オレはそこまで破廉恥な女じゃない。
それはそうとわざわざこんな格好をしたのだから、効果のひとつぐらいは期待したいものだけど……。
オレは2階に上がり、自分の部屋へと終斗を招いたあと、くるりと回って終斗へと振り返る。
反応やいかに……と淡い期待を寄せてみたものの、視界に映る終斗の表情は、いつもどおりの優しい微笑みで。
いつもと違うスカートへの動揺も感じられなければ言及のひとつすらなく若干の落胆を覚えたけれど、これくらいは想定内。次だ次!
「ちょっと飲み物取ってくるから、適当に座ってて。ジュースかコーヒーどっちがいい?」
「それじゃあコーヒーで」
「砂糖は……いらないよね」
「ああ」
「りょーかい」
終斗の好みはもちろんよく知っているので、意思の疎通はスムーズに行えた。
ジャンパーを脱ぐ終斗を尻目に部屋を出ると、階段を降りて1階へ。
キッチンに置いてあるコーヒーメーカーを手早く作動させて温かいコーヒーを入れながら、合間に自分のジュースを用意していると、元々居間にいたお母さんがふらりと近寄ってきた。
相も変わらず穏やかな笑みを湛え、しかしその目でオレの体の上から下までを一通り眺めてからお母さんは言った。
「うふふ……頑張ってね」
「!!」
作戦のことはなにも話していないのに、服装だけで事情を悟るとはさすが母親と言うべきか。
わずかに驚いたものの、オレはすぐに力強く頷きを返してから飲み物の準備に戻る。
今の応援のおかげで、より一層気合が入った。誰かが見守ってくれているというのはやっぱり頼もしいものだ。
ほどなく飲み物の準備を終えて、それを適当なお茶請けと一緒にトレーに乗せる。そして2階へと上がるためにキッチンから離れようとしたオレの背中に、お母さんが再び声をかけてきた。
「始」
「なに?」
首だけで振り返ったオレの視線の先で、お母さんはいつもの微笑みを全く崩さずに一言。
「……もしあれだったら私、しばらく外出て行くから必要なら言ってね?」
「え……あっ!?」
一瞬意味が分からなかったけど理解した瞬間、動揺から危うくトレーを落としそうになった。
「べっ……べつにそこまではいいから!」
その台詞だけを残して、オレは逃げるように今度こそ2階へと向かった。
悟ってくれるのも見守ってくれているのもありがたいのだけど、理解がありすぎるというのも……それはそれで、ちょっと考え物かもしれない。
●
「なんか、いつもより部屋が暑いような……」
その違和感に気づいたのは、始が部屋を去ってすぐのことだった。
寒空の下から一気に暖かい部屋へと移ったせいかもしれないが、どうにもこの間遊びに来たときよりも暖房を効かせている気がするのだ。
スカートの件といい、どうにも微妙に釈然としないことが……。
なんて首を捻っていたら、始が部屋に戻ってきた。
「おまたせっ!」
ちょっとだけ荒っぽくそう言った彼女の頬は、なぜか若干の朱に染まっている。
両手に抱えたトレーを、中の飲み物がこぼれそうになる勢いで降ろして憮然と座る始に、俺も腰を降ろしながら尋ねた。
「どうかしたのか?」
「なんでも。ちょっとお母さんにからかわれただけで……」
いつもハキハキと喋る始にしては珍しく、歯切れの悪い言葉を残してから顔を逸らした。
一体全体なにがあったのか。気にならないわけではないが、それ以上にその仕草がなんだか珍しくて……俺は持参してきた小さいポーチからおもむろにある物を取り出すと、始に向けて。
――パシャリ。
急に響いたシャッター音に、始が目を丸くした。
「わっ。な、なにいきなり」
「悪い悪い、つい珍しい顔してたから」
謝る俺が両手で構えていたのは、銀色のデジタルカメラだった。
初心者でも扱いやすいシンプルなデザインのそれは、ついこの間買ったばかりの新品だ。
始はそのカメラを一瞥すると、むっと眉を寄せてから言った。
「むー、撮るのはいいけどびっくりするから声かけてって……この前も言わなかった?」
「言われた。でも今みたいな顔は、いちいち声かけていたら撮れないしなぁ」
「むしろそういう顔は撮らなくていいんだって! どうせなら可愛く撮って欲しいのに……」
「そんなこと心配しなくても始はいつだって可愛いと思うよ、俺は」
「そ、そうかな。えへへ……」
ふにゃりとはにかむ始に、ピントを合わせてシャッターを押す。
再び音が鳴ると共に、始が「あっ」と声を上げた。
「また撮った! もー!」
「だから可愛いし、大丈夫だって」
「すぐそういうこと言う……ま、ほどほどにしてよね」
「分かってるよ」
もちろん、自制はするつもりだ。
俺にとっての"ほどほど"と始にとっての"ほどほど"がはたして同じものなのかどうかについては、あずかり知るところではないが……。
「それにしても終斗、最近ほんとよく写真撮るよねー、オレのことだけじゃなくて。デジカメまで買っちゃってるし、それハマッたの?」
「そうだな……色んな景色を残しておけるっていうのはやっぱり良い物だし、それに写真を撮ることを意識して過ごしていれば、今まで見落としていた些細な光景の良さにも気づけるしな」
「ほえー、さすが終斗。色々考えてるんだねぇ……」
「それほどでもないさ」
実際そんな崇高なものでもないからな……いや、一応嘘は言っていないのだが。
色んな景色(主に始のこと)を残したいし、今まで見落としていた些細な光景の良さ(大体始のこと)にも気づけるし……うん、間違ってはいない。
……一応言っておくが、始以外の写真だってそれなりに撮っているんだ。8割方カモフラージュのためだったりするのは内緒の話。
なんにせよこれ以上喋っていたらぼろが出そうな気もするので、俺はさりげなく話題を切り替えた。
「さて、ところで今日はなにする?」
「あ、そうそう。こないだ物置漁っていたら懐かしいゲーム機見つかってさ。ちゃんと動くっぽいし、久々にやってみたいなーって」
始はそう言ってから部屋の隅に置いてあったダンボールを開けて、中の物を取り出した。
そうして出てきたのはたしか……今の物より4世代ほど前だったか?とにもかくにも、随分と古いゲーム機で。
コントローラーの差込口が2個しか付いていない、灰色の四角いボディ。俺の記憶が正しければ、たしか頭に"スーパー"って付くあいつだったと思う。写真とかで見たとおりならば、だが。
「どう。懐かしくない?」
なんて聞いてくるが、これは懐かしいというかだな……。
「……俺、このゲーム機たぶん使ったことないぞ。というかまず実物を見たのが初めてだ」
「うそぉ! 家になかったの!?」
「姉ならもしかしたら知ってるかもしれないが……少なくとも俺が幼稚園に通っていた頃は、既にこの次の世代のやつしかなかったな」
もっと言えば小学1、2年生辺りの時点でさらに次の世代のゲーム機が出ていたので、今目の前にあるその筐体にはノスタルジーを感じるどころか、一種のオーパーツを見る目に近しいものを向けてしまう。
「そもそもこれ、俺たちが生まれる前に出てきたゲーム機だよな。むしろお前が普通に知ってることに驚いてるんだが」
「あ、そんな古い古いとは思っていたけど、そんなに古かったっけ。オレは幼稚園の頃これでお父さんとよく遊んでたし、そんな古い物でもないのかなーって思ってたんだけど……でもそういえば、あの頃遊びに来た友達がこれ見たときに目を丸くしてたっけ。あれってそういうことだったのか……」
「ん? 始はむしろこれの次のやつは家になかったのか?」
「いんやそれはそれであったよ。ただお父さんもゲーム好きだし、物持ち良いからなー。1世代2世代くらい前のゲームなら普通に遊んだりしてるんだよ」
「へぇ……それじゃああれか。もしかして、こいつの前のやつも見たことあったりするのか? "スーパー"って頭に付いていない方の」
「あー、たしかそっちもあったような……多分まだ物置にしまわれてる。今からまた物置漁るのはさすがにめんどくさいけど、今度遊びに来るときまでに探してみよっか?」
「マジか……なんか地味に気になるから、頼んでもいいか?」
「うん。ま、でもとりあえずはこっちやろーか。ちょっとソフトも持ってくるよ」
だらだらと続いたゲーム談義を打ち切り、始がゲーム機の入っていたダンボール箱を抱えて持ってきた。
そして彼女は降ろしたその箱の中から一本のソフトを……うわディスクじゃない!あの平たく横に長い箱型のフォルム……いわゆる『カセット』って呼ばれる類のあれだ!
これの次の世代のゲーム機までは一応カセット式だったのだが、それでも俺としてはディスク式の方が圧倒的に馴染み深いのでどうしても驚きを隠せない。
「本当に動くのかこれ……なんか緊張してくるな」
「動作の確認はしたからそこら辺は大丈夫だと思うよ。まずは三色ケーブルを繋いで……」
俺がちょっとした高揚感を感じている合間に、始はゲーム機のコードをテレビやコンセントへとつなぎ終える。そしてさっそく電源へと手をかけた。
「……よし。それじゃスイッチON!」
スイッチを入れるときにカチンッと大きく音が響いたが、その時点でほとんど未体験の領域である。
●
全てがドットで構成された2D世界。
名も知れぬ港を舞台に、赤と白の格闘家が拳を打ち、脚を振り、波動を飛ばして殴り合っている。
このご時勢のゲーム機独特のレトロなBGMが流れる中、終斗は手に持ったコントローラーで赤の格闘家を操りながら口を開いた。
「しかしまぁ、なんだ。格ゲーはいつの時代もそこまで変わらないものだな」
オレも画面から目を離さず、白い格闘家で応戦しながら返事を返した。
「この頃から基礎は出来上がっていたってことじゃないかな。RPGだって古来から戦闘の基本は変わらないし……よっと」
白い格闘家が手から気を放った。
「たしかに、今遊んでも楽しいからな。時には革新も必要だけど、古き良きってやつもまた大事ってことか……あっ」
赤い格闘家がジャンプで躱す……が、同時に白い方が距離を詰め。
「隙アリ!」
白のアッパーがクリーンヒット。赤の体力ゲージを全て削り取り、試合終了を示すKOの文字が画面中央に躍った。
飛び道具で飛ばしてから対空技で落とす。格闘ゲームの基本ともいえる戦略が綺麗に決まり、小さくガッツポーズをした。
……とはいえ、ゲームを楽しむことだけが今日の目的ではない。
そろそろ頃合かな、なんて頭の片隅に留めながら、オレは一旦手を止めて自慢げに胸を張った。
「これで10戦中、7勝3敗ってところかな。ふふん!」
「くっ……いつもならもう少し良い勝負ができるはずなんだが……あ。おい始、『動作確認はした』とか言ってた気がするが、実はそのときなんかに前もって練習してたりとかは……」
「…………ナンノコトカナー」
「こら、ちゃんと目を見て話しなさい」
「……格ゲーはいつの時代も変わらないって言ってたのは終斗の方だし」
「それはそれ、これはこれだろ……この薄っぺらいコントローラーとか地味に慣れてないんだからなこっちは」
その言葉のとおり、薄くて軽いコントローラーを団扇でも扇ぐように片手で振ってみせる終斗。
その表情から読み取れるやる気のなさは、オレに負け越したというのもあるだろうが単純に飽きたという証左でもあるだろう。なにせもう10戦も戦っているのだから……正確には2ラウンド先取なのでラウンド換算で2、30程度は戦っていることとなる。
やっぱり頃合だ。そう思いながらオレは話を切り出した。
「まぁまぁ。それじゃあそろそろ遊ぶゲーム変えよっか。今度は協力プレイか、それとも……あ、こういうのはどう?」
『あ』とか口に出してみたけれど、元々画策していたことである。今日のオレは頭脳派なのだ。
ダンボールから取り出したるは、黒背景におどろおどろしい赤文字でタイトルが書かれたラベルが貼り付けられているひとつのソフト。
それはどう見ても、あからさまに。
「ホラーゲーム……?」
ソフトを初めて見た終斗でも分かるほどに、それはホラー感満点のソフトだった。
「正確にはホラーAVGってやつだけどね、テキストを読み進めて選択肢を選ぶっていうあれ。これなら二人でも出来るでしょ?」
「それはたしかにそうなんだが……お前、こういうの――」
「おっともちろんそこについては考えてあるよ!」
右手のひらをぴっと突き出して、終斗の言を止める。
おそらくオレの怖がりを考慮したのだろうけど、さすがのオレもそこら辺は抜かりない。というか怖がりだからね、イヤでも考えちゃうよね。
というわけで、言って進ぜよう!
「この時代のゲームだから今のゲームに比べるとぶっちゃけ演出的にしょぼいだろうし、多分大丈夫だよ!」
「なぁ、なんでお前って怖がりなのにもうちょっと考えて行動しないんだ?」
「してるよ!」
その呆れたような表情は心外である。
とはいえオレの作戦の全容を知らないのならば、思慮不足だと勘違いされても仕方ないところだってあるだろう。
実際、少しは怖がってしまうかもだけど……それでもホラーゲーム、そしてAVGを選んだことには隠されし理由が、目的があるのだ。
そしてそこに至る伏線は、すでに張られていた。言うなれば、ここからが本番だった。
全く……とでも言いたげに下を向いてため息をついている終斗を横目にオレは……意を決して、口を開いた。
「あー、ゲームに熱中していたら、なんだか暑くなってきたナー」
台詞とともに、上着のロングシャツに手をかけて脱ぎ始める。
予め準備してあった台詞なので若干棒読みになってしまったが些細なことだ。
まずはボタンを外して。それから少しずつ、果物の皮を剥くかのように肩からシャツをはだけさせていく。
そうしてゆっくりとシャツを脱ぎながら隣の終斗に目線を向けると、ちょうど終斗がこっちに顔を向けようとするところだった。
「ん? たしかに暑いかなとなんとなく思ってはいたが……うぉ」
よし効いた!
終斗の口から飛び出た驚きの声に、オレは手ごたえを感じた。
そのまま上着を脱いでいくと、脱いだ先から暖かい空気が素肌を撫でて包み込む。
はたして上着を脱ぎ終えたオレの上半身は、とても冬のそれとは思えない服装で。
オレがロングシャツの下に着ていたのは、少しゆったりとした清潔感のある白のブラウスだった。
しかし……ないのだ。なにがって?
袖が、である。無論、腋だって丸見えである。
大胆なノースリーブのブラウスは、すっごい短いスカートと相まってオレだけ完全に夏模様といった趣。季節感もへったくれもあったものじゃないけれど、この際そこはどうだっていい。そう重要なのは露出度なのさ!
そんなわけで誘惑作戦その2、やっぱ露出は多い方が以下略!
さっきと同じじゃないかって?ノンノン、オレを侮ってはいけない。
スカートの方は最初から全てをさらけ出す勢いだったけれど、今回は一味違う。そう、今回真に焦点を当てたのは、露出度を上げることでなく"脱ぐ"という行為そのものだ。
漫画だって苦難があるからこそハッピーエンドが映える。ゲームだって難しいからこそ達成感が生まれる。それと同じく露出だって、厚着があるからこそ薄着の希少価値が上がるというものではないか。スカートは上に穿けるものがなかったから最初から短くしていたけど。
あとさ、それにさ、単純にさ……女の子が脱いでいく姿って、なんか良くない?
って、男の頃は思っていた。今だって分からないのかと聞かれたら……わりと分かるんだ。オレの男心は、まだ息絶えていなかったということらしい。
エアコンの温度を上げておいたのもこのためだ。おかげで自然に脱ぐための言い訳が出来たし、脱いだ後も寒くない。
ふっふっふっ、男心を掴むこの完璧な作戦。さて、終斗の反応は……。
「始……お前」
お?なになに、もしかして見惚れちゃったとか……
「いくら室内だからって調子に乗って薄着していると、風邪ひくぞ」
真顔だった。
「それにやっぱりエアコンの温度、いつもより高いよな。べつに駄目とは言わないし咎めるほどでもないが、電気代だって馬鹿にならないんだ。こたつでアイスを食べるようなもんかもしれんが、そういうのはほどほどにだな……」
しかも説教が始まっていた。
たしかにこたつでアイスを食べるのは好きだけど、今はそういうことじゃないのに!
とはいえ馬鹿正直に作戦を口に出すわけにもいかない。
「分かった、分かったから早く始めよう!」
だからオレは終斗の話を遮るために、急いで例のホラーゲームのソフトを手に取った。
ガッ!と、"差し込む"というよりかは"ぶっ刺す"という表現の方が適切そうな勢いでソフトをゲーム機に入れて、電源も付けて。
「あ、お前な。まだ話の――」
ビイイイイイイ――。
「ほぎゃあああ!!」
上から順に、途中で遮られた終斗の声。それを遮った張本人であるテレビのノイズ音。そしてその音にビビったオレの悲鳴である。
一連の流れのあと、オレは反射的に終斗の腕に飛びつき両手でそれを抱きしめた。カラフルなモザイクにも似た不気味な画面が写るテレビからは、今も単調なノイズが流れ続けている。
「な、なになにゲームの演出!?」
「……いやいや、単純にちゃんと起動しなかっただけだろう。お前結構な勢いつけて差したし」
終斗がそう言いながら、オレに抱きしめられていない方の腕を伸ばして冷静にゲームの電源を切り、ソフトを取り出したところでオレもようやく気づいた。
「あ、そっか。そうだよな。この頃のゲームってデリケートだもんな。大事に扱わないとセーブデータとかも、うっ頭が……」
懐かしいなぁ。起動するたびに5割くらいの確率でデータが消えるゲームとかあったっけ……。
「というか持ち主は始なのに、なんで俺が先に気づくんだ」
「こ、これはテストプレイしてなかったから。もしかしたら初っ端から脅かしてくるかもしれないって……」
「お前……実はやっぱ普通に怖いんじゃ」
「ここここういうのはちょっと怖いくらいがちょうどいいんだって! だから早速やろう!」
あまりビビッてたら、終斗は優しいから別のゲームを勧めてくるはず。だから声を荒げて終斗の手からゲームを引ったくり、しかし今度は慎重に差し込んでから電源を付けた。
「……お前がいいならいいけどな。俺としてはこういうゲームにも興味ある」
次こそゲームは無事に起動した。
次々に流れる企業ロゴがゲームの始まりを告げ、終斗の体も自然と前のめりになる。
ふっふっふっ、かかったな終斗。ここからが本当の勝負だ!
ホラーにAVG。今この時このゲームをチョイスしたことが、ここから生きていくのだ。
ホラーを選んだ理由は、いつぞやのデートとおおよそ同じ。「キャーこわーい」とか言いながら抱きつけるというアレである。
だがゲームはお化け屋敷と違って、ジャンルによっては抱きつくことすら難しい。ゲームの邪魔になってしまうからだ。だからこそのAVG。二人でゲームをするのに、あえて対戦でも協力でもなく本来は一人用のジャンルを選んだ理由がそこにあった。
これならば片方は自由に動ける……つまり抱きつくことだって自然に出来るし、常に忙しないアクションと違って抱きつかれた方もゲームの邪魔にはならない。
ついでに言えば育成など、プレイヤーだけが楽しめる要素に主軸が置かれたRPGと違って、文章を読むだけならば二人で楽しむことだって出来るだろう。
そう、つまり自然に抱きつくのにこれ以上の環境はないということだ。
最後に抱きつく理由だけど……今のオレは、露出度が高い!
終斗と付き合い始めたのは冬も間近な時……そう、抱きついたこと自体は何度もあった。だけどあいつはオレが彼女になってからオレの薄着を見たことがないのだ!
そしてそんな薄着で抱きついて密着すれば、さしもの終斗も驚くだろう。今のように!
……って、あ。そういえばもう抱きついてたのか!
ビビった勢いで思わず実行に移しちゃっていたけれど、結果的にはオールライト。
これぞ誘惑作戦3、薄着で抱きつく!
企業ロゴが流れ終わり、タイトル画面が映し出された。おどろおどろしいBGMがテレビから流れ出したがそれを気にも留めず、オレは終斗をそっと見上げる。
胸……はアレだからあまり期待できないけど、肌面積は多いんだし、これで駄目ならもう何やっても……
「始、これどっちが操作する?」
――駄目かもしれない。
オレが腕に抱きついているというのに、顔色ひとつ変えずに尋ねてこられたら嫌が応にもそう思ってしまう。
で、でもまだ始めたばかりだし……諦めないのがオレの取り得!
そうして気を取り直したオレはなんだかんだで幾度となくゲームにビビりながらも、ずっと終斗の腕は離さなかった。しかし終斗がそれに反応することは、終ぞなかったのだった……。
後編へと続く!




