後日談3話 久しぶりの大作戦!(前編)
時間というのは振り返ってみれば、いつだってあっという間だ。
ついこないだ冬の入り口に立ったのかと思えば、今やすっかり年まで跨いで。
今日は1月9日、青陽高校3学期の始まりの日。
初日ということで授業自体は全校集会とホームルームだけで終わったのだが、クラスメイトたちは久々の再会に授業前の朝だけでは話し足りないと言わんばかりに、放課後も大多数が残って思い思いに駄弁っている。
オレとまひるもその中に混じり、約2週間ぶりとなるとりとめのない会話に行じていた。やれ冬休みになにしてただの、年明けはどう過ごしてただの、会話の種に困ることは早々ない。
適当に空いている椅子へと座り、目の前の机を挟んで対面に座るまひるへと口を開いた。
まひるの方が教卓に近い位置に座っているため、必然的に彼女はオレに背を向ける形となっている。
「そういえば、まひるは冬休み中ずっとバイトだったんだよね」
オレの言葉に、まひるは椅子の向きを変えず体を軽く捻り、首だけをこっちに向けて答えた。
「ま、稼ぎ時ってやつだしね。コタツでだらけてるのは性に合わないし。近場の神社あるじゃん、年明けはあそこの売店なんかでも働いてたんだけど……あんたそういや来てなかったわね」
「あー、オレ年明け前後はいっつも田舎で過ごすんだよ。前回はお父さんの方の田舎で、今回はお母さんの方。んで神社もそっちの方行くからなぁ」
「へぇ、毎年交互に行ってるんだ。まぁあんた見る限りなんていうか、朝雛の血筋は長生きしそうよね」
「うちは健康が一番の取り得だからね、どっちの爺ちゃん婆ちゃんもまだまだピンピンしてるよ! 何気に親戚も結構いるし。あ、そうそう泊まる家はさっき言った通り毎年変わるんだけど、年明けには両方の爺ちゃん婆ちゃん含めて親戚中で一度集まるんだ。親戚の人に一人おっきい屋敷持ってる人がいてさ、えーっと何人だろう。大体3、40人くらいの人がこう、どわって集まるの」
このときにしか会わない人もいるし人数自体も多くて顔も名前も覚えきれないから、数に関しても適当である。ワンチャン50人くらいいたかもしれない。
そんなうちの年末年始が珍しいのか、まひるは「はー……」と関心したような声を上げた。
「うち親戚少ないしいちいち集まったりもしないから、完全に別世界ねぇそういうの。ていうかアレか、そんだけ親戚いるならお年玉の方も大層なもんか。うらやましいわぁ」
「まぁそこはあんまり大きな声じゃ言えないけど……むふふ」
なんて、イヤらしい笑いが漏れる程度の金額です。はい。
とはいえあまりの集金率なんで、その一部は『将来のため』という名目で親の預かりになってたりするんだけど。
と、不意にとりとめのないエピソードが頭を過ぎったので、オレは特にためらうこともなくそれを口にした。
本当にしょうもない話なんだけど、友達とのおしゃべりとは得てしてそういうものである。
「お年玉といえばさ、オレ性別変わったの今年……じゃなくて、去年の春だからさ。一応大体の親戚には事前に伝わってたんだけど、実際この姿で会いに行くのは初めてだったんだよ」
「言われてみりゃ確かにそうか。もう半年越えてるんだっけ、なんか懐かしいわね色々」
「ほんとにね……色々あったなぁこの半年」
性別が変わって、終斗に恋して、色々頑張って……人生で最も濃密な半年だったはずなのに、それすらも喉元過ぎればなんとやら。
すっかり懐かしき思い出となった日々を振り返れば、やっぱり時間はあっという間に過ぎてくものだと再度実感させられる。
少しの間二人でしみじみと思い出に浸り、そしておおむね満足してからオレは口を開いた。
「さて、そろそろ話戻すけどさ。とにもかくにも女の子になったオレの初お披露目だったわけですよ」
「ほう、それで?」
「それでどうなったかというと――前よりも若干お年玉が増えた」
あとめっちゃ可愛がられた、主に大人たちに。
しかし男よりも女の方が可愛がられる度高いのは身を持って味わってるけど、それがこうして物理的に現れるとこう、元男としては微妙に世知辛いというか。
まひるも似たようなものを感じたらしく、苦笑いを浮かべる。
「なんていうかみんな現金ねぇ」
「あー、お金だけに?」
「うるせぇ」
いつもの教室で、なんでもない放課後に、本当に他愛もないおしゃべり。
だけど……いや、だからこそかも。楽しくてついつい時間を忘れてしまう。
「それにしても、自分で選んだとはいえこっちがバイトで汗水流してる間にそっちはイベント盛りだくさんなようで、正直妬ましいわ。あんたには夜鳥くんもいるわけだし」
まだまだオレたちの会話の種は尽きそうにない。
まひるが持ってきた新たな話題に、オレは待っていましたと言わんばかりに飛びついた。なんせ終斗の話だ、飛びつかない理由がない。
「えっへへへ、まぁね……実はクリスマスなんかもさぁ、終斗と……」
「お? なに、なんかあったの?」
まひるは椅子を跨ぐように座り直し、背もたれに背でなく腹を預けてから尋ねてきた。
わざわざ体勢を変える辺り、人の恋路に興味津々なことが窺える。普段は頼れる姉貴分な彼女もやっぱり年頃の乙女だということだろう。
恋人とのあれこれを報告するのはちょっと恥ずかしいけど、他ならぬまひるのためならばためらう理由なんてない。というか普段から散々惚気させてもらってるので、今更といえば今更である。
「まぁあんたも子供みたいな性格と背丈してるけどなんだかんだで高校生なんだし、そろそろ進展のひとつやふたつも……」
「――うちでクリスマスパーティしたよ! うちの家族も一緒に!」
「家族ぐるみかー! そう来たかー!」
まひるの椅子がガタンと揺れたが、特に気にするほどでもないので話を続ける。
「うん、うちは毎年クリスマスに家族でパーティするんだ。パーティって言っても外から人呼ぶほど盛大にはやらないんだけど、ほら終斗って一人暮らしじゃん? それならせっかくだしってことで、終斗と知り合ってからかな。あいつも毎年参加してるんだ」
「しかも常連か!」
「でっかいターキーも出るんだよ! 足とか付いたガチの七面鳥!」
「それはたしかにすごいけど、うーん今はわりとどうでもいい!」
「七面鳥嫌い?」
「普通の鶏肉しか食ったことないからなんとも言えねぇ。しかしこう、他になんかないの? どうせ夜鳥くんには冬休み中、何度も会ってるんでしょ?」
まひるがなんか絶妙に微妙な表情だけど、尋ねられたら答えるしかあるまいて。
「うん、一緒にゲームしたり料理したり遊びに行ったり色々遊んでたよ!」
「んんんん」
素直に話しただけなのに、今度は額に眉を寄せて呻きだしたまひる。
その意味がよく分からずきょとんとしてしまったオレに、彼女は再び尋ねてきた。
「あのさ、あんまり人の恋路に首突っ込む趣味も無いんだけど、でも今まで付き合ってきた身としてはどうしてもヤキモキするというか……」
「?」
「これ絶対分かってない顔だわ。えっと、なんていったらいいんだろう……あんたら二人さ、もうちょっと"なにか"ないの?」
「なにか」
「なにか」
「なにか……」
なにかと言われても、なんだろう。
まひるの意図が掴めないまま考え始めたオレの脳裏に、ふといつぞや妹の初穂に言われた一言が過ぎった。
『――キスとかしたの?』
思い出すと同時、頬に熱が集まってきた。
「おお」
まひるの口から感心の声が上がる。きっとバレてるんだ、頬が赤くなってるの。
ていうか、やっぱりなにかってそういうなにか?
「はっ……早いって、そういうのは! だってまだオレたちまだ付き合って2ヶ月も経ってないんだよ!?」
とりあえず否定せねばと勢いでそう口走ったオレだけど、まひるはそれでも得心のいかないような表情のまま返答を投げた。
「いやたしかにね、お互いのこともあまり知らないまま付き合い始めたカップルとかなら分かるんだけど……でもあんたら二人は互いのことをよく知ってて、しかもほんとは両思いだったわけじゃん。だから逆に2ヶ月近く付き合っても進展ないのは……ねぇ?」
なんて意味深な言われ方をしてみれば、たしかに思うところがないわけでも……。
「あ、でもほら"甘える"ようになったのは前と違うとこだよ! ぎゅって抱きついてみたりとか!」
「んー……言われてみればそうだけど、でもあれって恋人同士のいちゃつきというよりかは、文字どおり子犬が甘えるようなノリに近いし……」
「ひどい」
もはや人扱いすらされていないが、それはそれとして……今までほとんど考えたことなかったけど、やっぱり普通の恋人に比べると進展遅いのかなオレたちって。
そもそも『恋人として進展する』ってどういうことなんだろう……や、やっぱり恋のABC的なアレコレ?でも付き合うってそういうことだけじゃないと思いたいし、少なくとも現状でもオレは十分幸せだし……。
ひとり悶々と悩み始めたオレの意識を、まひるの声が現実に引き戻した。
「まぁあれだ。べつにあんたがどうこうって話でもなくてさ、私はどっちかって言えば夜鳥くんの方が気になってるわけよ」
その気になる言葉に、オレは一旦思考を止めて首を傾げた。
「終斗が?」
「そ。あんたはなんだかんだで付き合いだしてからも変わってきてるように見えるんだけど、彼の方はなんか変化とかないの?」
「これといって。いつもの優しくてかっこいい終斗のままだよ?」
「さりげなく惚気てきたなぁ……でも"なにも変わってない"って、逆に不安じゃない?」
「変わってないことが不安……?」
言葉の意味が分からずただ目をぱちくりさせるオレに、まひるは言葉を続ける。
「うーん、なんて言ったら……ええいまどろっこしいことは止めよ! つまりさ、夜鳥くんの方は……始とエロいことしたいとか思ってないの?」
「ぶっ!! けほっ、けほっ!」
水分を口に含んでいたら間違いなく大惨事だったであろうほどの爆弾発言。
オレは考えるよりも先に、慌てて否定の言葉を投げた。
「ちょ……なに言ってんだよぉ! 終斗はそんなエロくないもん! かっこいい紳士だもん!」
「ええい男子なんてうちの弟みたいに薄皮一枚捲ったらどうなってるか分からないもんよ! それにあんた、1年も前は健全な男子中学生だったんだしそこら辺もうちょっと悟れるでしょ!」
「うっ、そう言われると……」
オレだって、そういう時代もあった。
結局は彼女の一人も出来ないままこうして彼氏が出来たわけだけど……昔はたとえば同じクラスの可愛いあの子に淡い片思いをしたりとか、夜な夜なネットでこっそりあれがあれな保健体育について勉強したりとか、そういうことをしなかったといえば嘘になる。女になってからは不思議と、そういうことからは疎遠になっていたのだけど……。
終斗も、やっぱり思っているんだろうか。その、エ、エロいことしたいって……でもあいつはあまりそういうの話をしたがらないから、どうにも分からない。
その事実にはたと気づいた。オレは終斗の"中身"というものを、存外知らないのかもしれない。
「むー……」
なんだろう、心の片隅辺りで言葉にならないモヤモヤを感じる。
半ば無意識に唸るオレの耳へと、まひるの言葉が届いた。
「でも実際のところ私は元男ってわけでもないし彼氏の一人もいないから、言うほど当てにならないかも。あんたの言うとおり、夜鳥くんはあんたの体自体にはあまり興味ないのかもしれないし」
「そうかな……でもそれはそれで、なんだろう……」
心のモヤモヤが、少しだけ膨れた気がした。
べつに終斗にエロくなって欲しいとかそういう話でもなくて、オレ自身も今の終斗が好きで。でも……
「あ、そういえば『朝雛始美少女化計画』の最初の方でも言ってたわね……巨乳が好きだって」
「はぅあ」
モヤモヤが全部吹っ飛んで、代わりに喉から変な声が出た。
否定はしない。終斗だって男なんだから、大きい方が好きなのは普通なんだ。大は小を兼ねるという言葉もある。
だから否定は……しない……けど……
「……でもやっぱり辛いよぉ!」
説明不要の感情に任せて机に突っ伏したオレを、まひるが慰める。
「どうどう。自分で言っといてなんだけどあんたら両思いだったんだし、ただの照れ隠しの可能性もワンチャンあるわよ」
その言に若干の希望を見出して、オレは顔を上げた。
「ワンチャンあるかな……」
「あるある」
「なんで顔を逸らすの」
「いやだって、所詮ワンチャンだし……」
まひるはそう言ったあと「ま、でも」と言葉を区切ってから、逸らしていた顔を再びオレに向ける。
「ワンチャンがどうであれ、悩んでいてもしょうがないし……久しぶりに、"アレ"やるか!」
「アレって?」
オレの疑問に、まひるはにやりと不敵な笑みを浮かべて答えた。
「こういうときのアレって言ったら、そりゃあもちろん――」
◇
エアコンの温度をいつもよりも暑めに設定して、その上であえて上着代わりにロングTシャツを1枚着こんで。
そして一見、季節外れと思わしき水着のカタログを1冊用意して本棚に突っ込んでおく。
これで準備は万端である。あとは、終斗が来るのを待つのみ……。
『――久々の朝雛始美少女化作戦よ! 今回のテーマは『誘惑』! 思わせぶりな色気見せて夜鳥くんの反応を引き出してきなさい!』
『ゆゆゆ誘惑!? そ、そんなの一体どうしたら……』
『ほらそこはあんただって男だったんだし、そのときのトキとかメキとか思い出してどうにかしてきなさい! 大丈夫よ元々の色気が皆無に等しいんだから、ちょっとくらいやり過ぎたり失敗してもどうってことないわよ多分!』
『この若干投げやりな感じもなんだか久しぶり! ていうか皆無ってひどくない!? くっそオレだって女になって半年以上経つんだ。ゆ、ゆ、ゆ、誘惑のひとつやふたつくらいやってみせらぁ!』
大体そんな感じで。
一通りの作戦を練ったオレはあくる日の土曜、自分の部屋で今か今かと終斗が遊びに来るのを待っているわけだ。
"お座り"をした犬をディフォルメしてモフモフ感を増した外観が愛らしい人気シリーズのぬいぐるみ『おすわりわんこ』にすっかり占領されて、本来の目的を見失った勉強机。
CD、ゲーム、漫画に雑誌、雑多な代物が乱雑に突っ込まれた本棚。
女子になってからなにかと衣類が増えたということで新調された、真新しい木製のクローゼット。
見慣れたオレの部屋、いわゆるホームグラウンドだというのに今後のことを考えるとどうしても緊張してしまって、意味もなく部屋の中央で正座座りをしてしまう。
「お、オレもしかして、すごい大胆なことやろうとしてないかなぁ……」
今回の作戦はすでに遠い過去となりかけている男の頃……事細かく言えば、健全な男子学生だった頃のオレのささやかな妄想が情報源となっている。
所詮、彼女のひとりもいなかった身だ。初心な妄想だ。
出来ることなんて限られているし、この体じゃどう足掻いても色気なんて出ないのかもしれない。
だけど初心だからこそ、男心とやらに響くものがあるかもしれない。オレは男子の妄想に秘められた可能性を信じる!
……と拳を握ってみたものの、自信なんて全然なくて。
でもよくよく考えたら、今までの朝雛始美少女化作戦だって毎回捨て身で望んでいたようなものだし、ある意味初心に帰ったとでも思えば……あ、こっちは"うぶ"じゃなくて"しょしん"ね。
そうだ、初心を……かつてのハングリー精神を思い出せ!
オレが決意を固め直していたそのとき、インターホンの軽快な音がオレの居る2階まで届いてきた。
終斗が来たんだ!
脳裏に予測が過ぎると同時、1階から聞こえてきたのは母さんの声。
「始ー、終斗くんが来たわよー!」
「はーい! 今行くー!」
オレは急いで立ち上がり部屋を出る。
未だに緊張はしているけれど初心を思い出せたからか、ちょっとした高揚も同時に感じていた。あの頃もこんな、色んな思いがない交ぜになったドキドキの中で頑張っていたのだろう。
そう、頑張る。最近は幸せに甘えすぎて忘れかけていたその気持ちも、初心と一緒に思い出したから。
いつだって足りないのだから、いつだって頑張らなければいけないんだ。それは、今日だって。
「よしっ……頑張るぞ!」
その言葉を久しぶりに口にしながら、オレは1階へと繋がる階段を駆け下りていくのだった。




