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最終話 今日もオレ/俺は恋をする

「「…………」」

「……とっ」

「と」

「とりあえず」

「うん」

「…………観覧車、乗るか……?」

「……うん……」


 そんなわけで。


 存外空いていて待ち時間もほどほどにあっさりと乗れた観覧車が、ゴウンゴウンと重厚感溢れる駆動音を立てて動き出す。

 盛大にやらかしたオレと終斗は、その一室。二人きりの密室空間で、二人して押し黙っていた。

 この観覧車内は部屋の両端にひとつずつ、向かい合う形で座席が置かれているオーソドックスな仕様だ。

 オレたちは自然と向かい合う形で座ったものの、少なくともオレはもうなんか色々と飲み込めずに、ただうつむいて必死に頭を整理することしかできなかった。


「「…………」」


 それにしても、なんだろう。

 なんだろう、この空気は。

 数分前まで、オレは終斗と向き合って、あいつの胸の内を受け止めていて。その頃は、その頃は確かにもうちょっと真面目な空気だったはずなのに。絶好の機会だったのに……!

 あれは絶対に告白する流れだった、多分それっぽいBGMも後ろで鳴っていた。

 なのに……まさか告白がだぶるなんて……。

 おそらく終斗も同じことを考えていたのだろう、多分あいつの方でもそれっぽいBGM鳴っていたと思う。だったらしかたない、しかたないけどさぁ……!

 どうしてこう、毎度のことではあるけど締まりがないんだオレってやつはと頭を抱える一方、もうひとつの"事実"がじわじわと実態を帯びて胸に染みこんでいくのも感じていた。


 それは、終斗に告白された……終斗もオレのことが好きだったんだ。という、夢に見ることすらおこがましいと思っていた、けれど確かにここにある事実だった。


 本当に締まりのない告白だった。互いにヒートアップした上で口を滑らせるという、浪漫もへったくれもない話だった。

 それでも……両思い、なんだよね……。

 嬉しさや愛おしさ、安堵に切なさその他etc……とにかく色んな感情が、胸の内から込み上げてくる。

 オレもずっと好きだったんだ。終斗はいつからオレのことを好きになったの?終斗のためにいっぱい頑張ったんだ。今のオレ、ちゃんと可愛くなれてるかな。

 いっぱいいっぱい話したいことがあった、色んなことを聞いてみたかった。

 だけどどうしよう。その全部がまとまらなくて、口からはなにも言葉が出てこなくて。

 せっかく二人きりで観覧車乗っているんだから、なにか……あれ。ていうかそもそも告白しちゃったんだし観覧車に乗る必要……いやよそう、そもそもこのアレな流れからしてわりと意味分からないし些事だ些事。

 とにかくこの沈黙は辛い。せっかく両思いだったんだし、せめてこう、もうちょっと和やかな空気にしないと……。

 未だに気持ちの整理がついていない頭で、それでもなんとか会話を切り出そうとしていたオレ。


「あ、あのっ……」


 しかしそれに先んじて、この沈黙を打ち破った声があった。オレ以外でここにいる人間。そんなの一人しかいない。

 声につられて面を上げれば、両膝を揃えてその上に両の拳を乗せ、さらに背筋までビシッと伸ばした終斗が真正面から目を見開き、オレを食い入るように見つめていた。

 頬から耳まで真っ赤に染めて、いかにも緊張していますよと言わんばかりのその風体は、3年半もの間こいつと親友をやってきたオレでも初めて見るもので。きっとオレ以外、誰もこんな終斗を見たことがないだろう。

 そう思えばなんだか胸が締めつけられるような愛おしさを感じて。ついでに普段クールで通っている終斗が、まるでオレみたいに分かりやすくなっているのがなんだかおかしくて。

 気づけば口の端から、変な笑いが漏れてしまっていた。


「ふふ……えへへっ」

「なっ……! べつに笑うこと……その……むぅ」

「あ、違うんだ。べつに馬鹿にしてるわけじゃなくて、その、なんていうか、えっと……すごい幸せで、つい……みたいな?」


 相変わらず分かりやすく、拗ねたように唇を尖らせる終斗を慰めようと、オレは笑顔のままそう説明した。


「っ……」


 すると終斗はさらに顔を赤くしながら、額に右手を当てて悩ましそうな様子を見せる。

 そして、少々恨めしそうにぽつりと呟いた。


「……始は、どうしてそんなに平気なんだ」

「え?」


 言われてみれば、今のオレは自分でも不思議なくらいに落ち着いている。どうしてと聞かれれば、思い当たる節がひとつだけあった。


「えーっと、オレだってさっきまでは結構大変だったんだけど……なんか終斗がいつもと違うから、それ見てたら逆に落ち着いてきちゃったのかも……」

「……あー……」


 オレの言葉を聞いた終斗は、今度は左手も顔に当てて。結果、両手で顔を隠していかにも意気消沈ですと言わんばかりの様子となった。

 ど、どうしよう……なんかよく分からないけど、慰めた方がいいのかな……。

 おろおろするオレを余所に、終斗が顔を隠しながらも口を開いた。


「……もしかし、なくても」

「終斗?」

「あのとき放課後に呼び出したのって、告白しようとしてたのか」


 たどたどしく尋ねられた"あのとき"の意味が一瞬分からずきょとんとなったけど、幸いにも理解はすぐに追いついた。

 放課後に呼び出して告白、だなんて思い当たる節はひとつしかない。『朝雛始美少女化計画』のきっかけにもなった、告白未遂事件のことだ。

 今更になって隠す理由もないので、オレはそのことを素直に話した。


「うん。あのときは勇気がなくてついごまかしちゃったけど……でも、今はこうやって告白できたし結果オーライ、かな?」

「…………」


 無言である。

 両手を顔に当てたまま、相変わらず耳まで真っ赤なまま押し黙る終斗。

 手に覆われて表情は見えないけれど、さぞや凹んでいるようで。

 でも……そんな終斗を見ていたら、不思議と思ってしまった。


 ……なんだかかわいい、かも。


 好きな男の人にその感想はどうなの。というセルフツッコミが入ったけど、しかし思ってしまったものはしかたがないというか。

 なんて余所事考えていたら、いつの間にか終斗が話を始めていた。相変わらず、顔は隠したままだった。


「……服とか、淑女とか、料理とかも……全部、俺の気を惹こうとしてたんだよな。今思い返せば……」

「えへへ……改めてそう言われると照れくさいし、結局失敗はしちゃったけど、まぁそういうことです……」

「……あ゛ー……」


 あ、さらに落ち込んでしまった……。

 さすがにそろそろ慰めようと、オレの方からコンタクトを試みた。


「そ、そんなに落ち込まなくても……」

「いや、なんていうか……色々気づいてやれなかったんだなって、今更思って。すごい、自己嫌悪の連鎖が……」

「あ……」


 そっか……そうだよね。うん、終斗もオレと同じだったんだ。


『――今の俺は、今の……女になったお前の方がいい。そう、思っている』


 本当に辛そうな表情で、そう口にした終斗を思い出す。

 終斗もオレのように、恋と友情の狭間でずっと悩んでいたんだ。

 気づけなかったのは、オレも同じ。自分から可能性に蓋をして、向き合うことを忘れて――

 思考は、そこで途切れた。


「わっ……」


 横に目線を向けたのは、単なる偶然。考え事をしながらなんとなく空を見上げたりするのと、同程度の気まぐれでしかなかった。

 だけどオレの瞳が映し出したものは、ゴンドラの窓の向こうに広がっていた景色は、きっと"偶然"よりも"奇跡"って言葉の方が正しいだろう。

 オレの目にした奇跡。それは観覧車の頂上から見える、地平線に少しだけ体を隠した夕日。そして夜と夕の狭間が彩る薄暗く、それでいて目に焼きつくほどの真っ赤な輝きに照らしだされた街の景色だった。

 しかしそれは言ってしまえば、どこにでもあるありふれた街の、それこそ狙えば何度だって見ることのできるであろうありふれた景色だ。

 そういう意味ではこの景色を"奇跡"と呼ぶのは、もしかしたら大げさすぎることなのかもしれない。

 だけど雲ひとつない晴天の今日、日が沈みかけているこの時に、この観覧車の頂上でしか見られない景色を、大好きな人と一緒に見られた。

 それは今のオレにとって間違いなく、かけがえのない小さな奇跡だった。


「しゅ、終斗、終斗! ほらそんなつまらないことで落ち込んでないで、見てよあれ!」


 目の前にこんな景色があるのに未だ凹んでる終斗。その顔を覆う手を無造作に引っぺがしながらオレは終斗を急かした。


「ちょっ、なんだお前突然。というかつまらない扱いは地味に傷つく――」


 突然のことに慌てながらも、終斗はしぶしぶオレの言うとおりに夕日広がる景色へと目を向けて……息を飲んだ。

 

「これは……」

「ね、すごいでしょ。それこそ些細な悩みなんて、どうでもよくなっちゃうくらい!」


 呆ける終斗にオレが笑いかけながらそう言えば、終斗も「ああ……」と納得の声を上げた。

 ゆっくりと下がりゆくゴンドラ。少しずつ赤い輝きと黒い影が混じりあって、一緒くたに夜の闇へと溶けていくどこか情緒的な光景。

 それらに浸りながらもふと隣を見れば、同じくこっちを見た終斗と目があって。

 互いに一瞬驚くものの、すぐにどちらからともなく微笑みあった。

 そうしているうちに少しずつ、だけど時間は確実に過ぎていき、ゴンドラも地上へと近づいていく。

 わずかに揺れるゴンドラに身を任せ、遠い夕日を視界に望んだまま、オレはぽつりと終斗の名前を呼んだ。


「終斗」

「ん……」


 ごく短い返事が耳に届く。

 横目でちらりと見れば、終斗もまだ遠くを見つめていて。


「大丈夫だよ、絶対」


 オレは改めて終斗に向き合い、言葉を投げかけた。

 すると終斗もわずかに目を見開いてから、オレに向き合って。そして少し自信なさげに口を開いた。


「……大丈夫、かな」


 言葉から滲み出る不安は、きっと今オレが感じているそれと同じなんだ。だってオレたちは、自分たちが思っている以上に似た者同士だったんだから。

 だからこそ、オレは伝えられる。たった今、オレ自身が見つけた"答え"を。


「大丈夫。たしかにオレも終斗も、色んなことを見落としていたり気づけなかったりしてたけど、ここまでくるのにだいぶ遠回りになっていたかもしれないけど、だけど……」

 

 たとえ不安があっても、怖くても、それを超えて言い張れる。

 だからオレは迷いなく自信満々に、真っ直ぐな思いを乗せて断言した。



「――オレたちは今こうして同じ景色を見られてるんだから。だから絶対に、大丈夫!」



 今度こそ、終斗は大きく目を見開いた。そしてすぐにふっと軽く笑い……


「始には、かなわないな」


 と、言葉を返した。

 でも"かなわない"と言われても、思い当たる節がない。


「そう?」


 首を傾げるオレに、終斗は微笑みを浮かべて語る。


「そうだよ、昔からずっとそう。いつだって俺はお前に引っ張られてきた。今だって、お前が大丈夫だって言ってくれたから、本当になにもかもが大丈夫だって思えているんだ」


 その言葉に、オレは少し驚いた。その理由はいたって単純なもので。


「そうかな……オレはむしろ"逆"だって思ってたんだけど」

「逆?」

「そうだよ、昔からずっと。いつだって終斗がいてくれたから、オレの背中をそっと押してくれていたから、オレはいつも前に進めていたんだ。今だって、終斗と一緒だから大丈夫だって言えた。人から見ればあってないような根拠かもしれないけど、それだけでオレは真っ直ぐに信じられるんだ」


 オレが言い終えると、終斗は一度驚いた表情を見せた……だけど、すぐにその表情が別のものに変わり始めた。


「ふ……ふふ、ふふふっ」


 突然、声を上げて笑い出した終斗。

 こいつにしては珍しい笑い方にオレはきょとんとしてしまったが、一方の終斗はひとしきり笑ったあとに、脱力しきった笑みを浮かべて「そうか……」と頭に付けてから言った。


「本当に俺たちは、俺たちが思っていた以上に似た者同士だったんだな」

「ほんとだね」


 同意して、互いに笑いあった。

 こんなに近かったのにずっと気持ちがすれ違っていたなんて、今思い返せば変な話だ。

 だけどもう、大丈夫。オレも終斗も思いはちゃんと"ここ"にあるから。

 気づけばゴンドラはすでに、頂上の4分の1程度の高さにまで落ちてきていた。その事実に、オレはふと思った。

 せっかく今は二人きりで、しかもせっかくここまで漕ぎつけられたんだ。それなのにぐだぐだなまま終わらせるのは、なんていうかやっぱり締まらない。きっと終斗も同じことを思っているはずだ。

 なんて考えていたら案の定、終斗があることを問いかけてきた。


「それじゃあ……今から言いたいことも、分かるか?」


 分からいでか。それは、オレも思っていたことなんだから。


「うーん……もう一度告白をやり直したい、かな」

「当たり」


 やっぱりだ。

 オレたちはまた二人で笑いあった。


「正直なこと言うと、いつも始に引っ張られている分、俺から告白したいんだがな」

「オレも終斗に背中を押してもらっている分、今回はオレから告白したいんだけどなー」

「知ってた」

「やっぱり」

「それじゃあ……アレしかないな」

「そうですな」

「同時に行こう、合図は」

「『せーの』だね」


 三度笑いあって、示し合わせたかのように二人とも同時に軽く息を吸い込んで。


「「せーのっ」」


 似た者同士のオレたちは、ぴったりと声を重ねて告白した。




 ――大好きだよ。





   ◇■◇




 ハナミパークでのデート、そして観覧車での告白から10日が過ぎた。

 今日は平日。たかだか学生一人が告白しようがその結果がどうなろうが、当たり前のように学校は開かれているわけで、今日も今日とていつも通り台所で朝から弁当作りである。

 シンプルかつ大容量。さぁ詰めろ欲望のままに詰めてしまえと言わんばかりに、その懐を大きく開ける真四角の弁当箱へと、俺は遠慮なく料理を詰めていく。

 左半分をみっちり占拠するのは、刻んだ焼き豚とにんにくの香ばしさが決め手の炒飯チャーハン。作りたてほやほやのそれは、男子が喜ぶがっつり濃い目な味付けだ、まぁあいつ・・・は女子高生だが、食欲はそんじょそこらの男子高校生にだって負けないだろうし無問題。

 右半分にテンポよく、から揚げにハンバーグ、ポテトサラダに卵焼き、そして小さなプチトマトを配置して、弁当箱を一旦冷ますために台所に放置。

 俺は次に台所のそばにある冷蔵庫を開けて、小さなガラスのカップを中から取り出した。

 その中身を箸で軽く突いて弾力を確認し、俺はひとり頷いた。


「よし、ちゃんと固まっているな」


 お口直しのぶどうゼリー。その頭にラップをかけて、これで今日の準備は完了である。

 今日も良い出来だ。これなら間違いなくあいつも満足するだろうと自画自賛に耽る俺だったが、無粋で無機質な振動がズボンのポケットから伝わってきたことで、一旦思考を切り替えざるをえなかった。

 朝っぱらからなんなんだ、と内心で愚痴りながらもポケットから振動の発生源であるスマホを取って見てみれば、某有名トークアプリにメッセージが1件。

 開いてみれば『そういえばさ、噂の始ちゃんとどうなってるの。進展した、進展した? それとも終わった?』と実にうっとおしい文面が。ディスプレイ越しからでも余すことなく伝わってくるうっとおしさが、宛名を見なくても送信者を告げてくれていた。

 さてどうやって返したものかとしばらく考えて、結局『気が向いたら話してやる。あととりあえず終わってはない』と、短い二言を送り返した。

 ま……あの人にもなんだかんだでだいぶ世話になったし、その内ネタのひとつやふたつぐらいなら提供してやろう。気が向いたな、気が向いたら。


「さて、弁当も作り終わったし……」


 返信直後から振動しっぱなしなスマホを無視して、俺は自分自身の準備に取りかかる。

 朝食はまだだし、洗濯物だって溜まっていた。それらが終わっても朝のコーヒー片手に新聞を読み耽るブレイクタイムが残っている。どこぞの姉と駄弁っている無駄な時間なぞ俺には存在しないのだ。

 そういえば、そろそろ日が明ける頃合か。夏に比べれば、太陽も随分と重役出勤になったものだ。

 うちの台所はリビングと地続きになっているので、俺はリビングまで歩いて部屋の光源となっていた天井の蛍光灯。そこにぶら下がっていた紐を引っ張って電源を落とした。

 そして閉めきっていたカーテンをシャー!っと勢いよく開けて、外を拝んだ。

 まだ日は昇り始めだが、それでも今日は間違いなく晴れるだろう。そう一目で分かるほどに澄み切った青空が、空の彼方に広がっている。絶好の洗濯日和だった。


「うん、今日も良い日になりそうだ」


 なんて言ってはみたものの、実を言えば外が晴れだろうと雨だろうと、俺にとってはエブリデイ良い日なんだが。

 だってなにせ――。



   ●



「でさー、終斗がね――終斗で――」


 ハナミパークでのデート、そして観覧車での告白から10日が過ぎた。


「それで終斗と――」


 今日は平日。たかだか学生一人が告白しようがその結果がどうなろうが、当たり前のように学校は開かれているわけで、今日も今日とていつも通り――


「でねっ終斗が!」

「あああ毎日毎日、終斗しゅうとシュート! あんたのせいで多分この学校で5本の指に入るくらいに夜鳥くんに詳しくなっちゃったじゃないのよぉぉぉ!」

「それは……良かったな!」

「良くないわあほぉ!」

「ふぎゃっ」


 昼休み開始直後からまひるに惚気話をかましては、丸めた教科書で頭を引っ叩かれていた。

 でも叩かれたおかげで冷静になれた。うん……ここしばらく、休み時間から放課後まで暇があれば終斗の話ばかりだったのは、さすがに悪かったか……。


「ごめんまひる、つい話が捗っちゃうとはいえ……あっ!」


 そういえば、終斗との面白エピソードがまだひとつあったんだった!


「そういえば今思い出したんだけど、こないだ終斗と――」

「んあああ告白なんてさせるんじゃなかった! なにこいつ超めんどくさい!」

「それで終斗が――」


 こんな感じで景気良く立ち話に勤しんでいたオレたちの間に、オレの名前を呼ぶ声が突然割り込んできた。


「始!」


 この声は……姿を見なくても誰だか分かる。聞き間違えるはずのないその声に、ある姿を思い浮かべながら顔を向けてみれば、そこにいたのは当然想像通りの人物で。

 肩にかからない程度の適当な長さに適当な整え方の黒髪。冷静さと知性を感じる涼しげな瞳に、日本人らしく控えめながらもすっと通った鼻梁。どちらかといえば痩せ型な、170cm越えの長身。

 そんな外観を持つ人間は、オレの記憶に一人しかいなかった。


「終斗ー!」


 オレはその名を呼びながら迷うことなく終斗に駆け寄って、その胸辺りにもふりと飛び込み両手を背中に回すとぎゅーっと思いきり抱きしめた。学ランから、ほんのりと終斗の匂いを感じる。

 と、終斗の腕が背中に緩く回されて、すぐにぎゅっと優しく抱きしめ返された。暖かくて気持ちよくて「えへへ……」とつい笑みがこぼれてしまう幸せ空間が、一瞬にして形成された。

 オレたちはそうしてずっと――


「そういうの余所でやれや馬鹿ップルども」


 抱き合ってるわけにもいかないわけで。まひるの冷ややかなツッコミで、オレたちはようやく我に返りお互いに体を離して向き合った。ちなみにここまでが、ここ数日のお約束である。

 まひるの言うとおり自分でも大概だと思うけれど、しかしハマッてしまったのだからしかたない。ハマった経緯については、またいずれということで。

 もはや日課と化した抱き合いを終えて終斗と向き合うと、終斗が申し訳なさそうに謝ってきた。


「悪いな、先生との話が思ったより伸びてしまった」

「ううん、いいよ全然!」

「よかない! その間いらん惚気話を聞かされるのは、こっちなのよ……」

「つまり始が延々と話しかけてくれるということか。それは……良かったな」

「だから良くないって言ってんでしょてか始はともかくなんで夜鳥くんまでそんなんなのよ!」

「始が魅力的過ぎるから……かな」

「やだもう終斗ったらぁ。でも、えへへ……ありがと」

「ん゛ん゛っ!」


 オレと終斗の掛け合いに、まひるはなぜか名状しがたい唸りを上げたあと、一気に物凄い疲れを顔に滲ませつつ言った。


「もうとっとと行きなさいよ……どうせ今日も屋上でしょう? 早く二人だけの世界に行って私を休ませて」

「あ、そうだった。終斗!」


 まひるの言葉で大事な用事を思い出したオレは、終斗に呼びかける。

 すると以心伝心と言わんばかりに、終斗は頷いて答えてくれた。


「ああ。俺が遅れた分、時間もあまりないしな。今日はせっかくデザートまで作ってきたんだ、さっさと上がるか」

「オレも頑張ってデザート作ってきたんだ! 中身は見てのお楽しみだけど、結構自信あるんだよね。ふっふっふっ」


 一連の会話から分かるかと思うけど、オレたちは今から屋上で昼食タイムだ。

 しかもただの昼食じゃない、なんと……お互いの弁当を交換して食べあうのだ!

 オレは終斗の美味しい料理を食べられて、終斗にオレの自信作を食べてもらえるという一石二鳥の行事もまた、ここ最近の日課であり楽しみになっていた。


「それは楽しみだ、始はどんどん料理の腕を上げてきているからな。俺も気合入れないとすぐ追いつかれそうだ」

「ふふっ、お互い頑張らないとね。それじゃ……行こっか!」


 そう宣言して終斗の隣に立ちその手を取ると、終斗もすぐに握り返してくれた。終斗の大きな手からオレの小さな手へと直に伝わる温もりに、思わず目が細まる。


 この温もりは、オレたちの道しるべだ。

 ここまでくるのに随分と遠回りをした。今はこうして向き合って分かり合えているけど、もしかしたらいつかまたすれ違ってしまうかもしれない。

 だけどこの温もりを忘れなければ、頑張って向き合い掴み取った証を思い出せば、きっと何度でもこうしてまた手を繋げるから。

 だからひとつひとつ、大切にしていこう。

 大切な親友であり、今は恋人でもある終斗の温もりも、一緒に紡ぐ思い出も、全部を心に刻み込もう。


 オレはもう一度、終斗の手をぎゅっと握った。その体温を、オレの心まで届かせようと言わんばかりに。

 そしてどちらからともなく二人で一緒に歩きだせば、白いシュシュで括られたサイドポニーが踊るようにふわりと跳ねるのだった。



   ◇■◇



 学校に必ずいるほどでもないけど、一人ぐらいならいても珍しくはない程度。

 大体それくらいの確率で少年少女が反転病にかかるちょっと変わった世界でも、人は恋をするものだ。たとえ自身の性別が変わっても、もしくは身近な人の性別が変わったとしても。

 そして彼ら彼女らももちろん、恋に悩めば迷いもする。普通の男女と同じような悶々とした悩みから、性別の境界線と自身の思いに対する迷いまで、色々悩んで散々迷ってそしていつか答えを見つけるのだ。



 ――かつて諦めかけたそれに、また向き合いたいって心の底から思った。だからとにかく頑張って、

 ――気づけば芽生えてしまっていたそれを、無理矢理心の底に捻じ込んで。それでも諦めきれるわけなんてなくて、


 ――散々空回りしながらもやっとたどり着いた大好きな人の隣で、

 ――どうしようもなく迷いながらもようやく立てた大好きな人の隣で、

 


 ――今日もオレ/俺は恋をする。



 これは少しだけ変わった現代日本で、少しだけ変わった境遇を持った男子ひとりと女子ひとりが、恋に振り回されたり奮闘したり空回ったり悩んだり向き合ったりとにかく頑張ったりするだけの、わりとよくある恋物語。

 そしてこれから彼ら二人が紡いでいく、二人だけの人生。そのほんの一ページである――。

【おまけ:もうちょっとだけ】

始「ふぅ……終わったねぇ……」

まひる「ええ、終わったわね……」

始「終斗とも無事付き合えるようになったし、これでようやく一息――」


十香「つくのはまだ早いわよ!」


始・まひる「……誰?」

十香「なんかちらちらともったいぶってた過去話とか、終くんと始ちゃんの進展とか、ヤることヤらないまま終われると思って!? 大体私だってまだ始ちゃんとは顔合わせすらしてないのよ!」

まひる「だから誰」

終斗「うちの姉だ」

まひる「マジか」

始「うそぉ! あ、あ、あ、あの、オレ、ただいま終斗と付き合わせてもらってます、朝雛始と」

十香「はいそういうのはまた後日、ね?」

終斗「そんなわけで『今日もオレ/俺は恋をする』。なんかもうちょっとだけ続くようなので、またしばらくよろしくお願いします」


――――


 どうも、そんなわけでもうしばらく続きます。

 えっと……"本編"という位置づけ的にはまぁ最終回なわけですが、後日談がしれっと続く以上、「とうとう最終回です! 今までありがとうございました!」的なあれをするのも微妙に腰が引けて、本編のごとくしまらない雰囲気と相成ってしまった後書きです。

 とはいえ最終回は最終回。ひとつの大きな区切りというのは間違いないので、まずはここまで読んでいただいた読者の皆様へ。

 あらゆる意味で趣味に趣味を重ねた隙間産業全開な作品でしたが、それでもここまでお付き合いしていただきまして、ありがとうございました。

 ptやブクマも『読んでもらえている』という実感が持てるのでもちろん嬉しいですが、自分は貰った感想に「どー返信しようかなー」って悩むのが大好きな性質なので、ここやツイッターで貰えた感想が一番の励みとなっております。「面白かった」の一言だって、小躍りしながら読んでおりますうへへへ。

 さてそれはそうと後日談の予定ですが……ぶっちゃけ白紙に近いです。ぼんやりと構想やネタや着地点なんかは考えておりますが一応。

 まぁあくまでも番外編ということで、肩肘張らず気の赴くままに1話完結のネタ投げてみたり、たまに過去話なんかも入れたりしつつ、ゆっくりと主役二人の進展なんかを書けたらなぁというか。

 そんなこんなで次回からはわりと定期的に投稿していた今までと違い、真の不定期更新となります。番外編らしく(?)のんびりやっていく予定なので、読者の皆様もまたのんびりと付き合ってもらえたら幸いです。

 ではまた次回の更新で。

 

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