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第19.5話 オレの"始まり"と、決戦の始まり

 曖昧な輪郭に曖昧な感覚。

 懐かしい現実みたいなくせして、どこか現実から乖離したかのような曖昧づくしの世界の中で、オレは声を聞いていた。


「これじゃオレ、ほんとに女の子みたいじゃん……」


 ――それは、オレが恋をする前のこと。


「……オレ、やっぱ今でも嫌だよ。女扱いされるの」


 いやだった、"女の子"の自分が。


「オレだって、つい二ヶ月ぐらい前までは男だったんだ」


 オレが男だった過去を、その全部を否定されているみたいだったから。


「でもオレが女になってからみんなオレのこと、最初から女の子だったみたいに可愛がってきて……そりゃ虐められたりするよりずっとマシだって分かってる。分かってるけど……」


 嫌いだった、可愛がられるのが。現実を押し付けられているみたいで、分からされているみたいで。


「それでもまるで男のオレが忘れ去られたみたいで、ずっと胸に棘みたいなのが刺さってた感じだった」


 昔の自分を見失ったら、オレはどうなるんだろうって漠然とした不安がずっと、心の底で渦巻いていた。


「だから……ってだけじゃないけど、オレは前みたいに男っぽくしてたんだ。だって心まで女の子になったら、オレがほんとにオレじゃなくなっちゃうみたいで、嫌だったんだ……」


 だけどオレのこと、ちゃんと見てくれている人はいたんだ。


「……お前が情けないのは、元々の事だろう?」


 "あいつ"はオレの弱音に同情するでもなく、逆に距離をとることもなく、ただなんてことのないように笑い飛ばしてくれた。


「昔から子供みたいでしかもビビリで、ついでに言えばお前は気づかなかったかもしれないが中学校の時も、クラスの皆からいつもマスコットみたいな扱いされてたんだぞ」


 普段は誰よりも大人びているのに、そのときは少し意地の悪い年相応な微笑みであいつはオレをからかってきて。


「うっさいよ! てか人をなんだと思ってんだ皆!?」


 意地っ張りで馬鹿なオレはそのとき気づいていなかったけどさ……きっとそんな距離感が、なによりも嬉しかったんだ。


「それに普段は考えなしなのに、たまに今みたいにとことん凹む時があるのも昔の、男の時のまんまだ」

「うぐっ……」


 人が落ち込んでるっていうのに気兼ねのない直球な物言いで、


「大体な、女だから~とかって言ってるとその内女性に怒られるぞ? 俺もそんなに女子と接点あるわけじゃないが……たとえばお前の妹とかうちの姉さんなんて、お前や俺よりもパワフルな性格してるし」

「……まぁ、そうかもしんないけど……でも……」


 しかもこんこんと説教までかましてくるし……あいつはそのときだって変わらない"いつもどおり"だった。


「……始、お前は変わるのが怖いって言ったけど人間は環境や生活、己の成長に合わせて大なり小なり変化していくものだ。こう言ってはなんだが、女になったのもそれと似たような物だろ」


 他の誰でもないあいつがそう言ってくれているなら、本当にその程度の問題なんだって思えてくる。


「大丈夫、お前が思ってるよりも"変わる"ことは多分怖くないよ」


 さっきまでの意地悪なそれとはまた違った、どこか儚げでいて奥底には確かな優しさを感じる、あいつらしい微笑み。

 そのときの表情は、今でもすぐ脳裏に浮かべられる。多分……いや、絶対に、一生忘れないだろう。だって……。


「性格を変えろなんて言わない、嫌な事全部受け入れろなんてもっての他だ。だけど……あまり気負うな。今の状況に少しずつ、お前らしく、自然に慣れてけば良い。大丈夫、それでも人の根幹なんて案外変わらないもんだ」


 きっとこれがオレの"始まり"だったから。


「それでも変わる事が怖いって言うなら――」


 いつだって真面目で、憧れるぐらい聡明なのに、たまに少しだけ意地悪で。だけど誰よりも優しくて、暖かい"親友"に、オレは――



◇■◇



 pipipipi……。

 音の発信源はベッドの上、オレの顔のすぐそばだ。

 気がつけば、スマホにセットしておいたアラーム音が軽快に鳴り響いていたようで。


「ん……」


 前になにをしていて、今からなにをするべきなのか。そんなことさえ思い出せないまどろみの中で、薄ぼんやりと目を開けて、部屋を見渡す。

 閉めきったチェック柄のカーテンに遮られたベランダのガラス戸を通して、薄暗い光を届ける太陽が、朝の始まりを告げていた。

 さっきから自己主張の激しいスマホのアラームが、まどろみの世界から意識を一気に引き上げていく。上半身だけを起こしてアラームを切ったあと、オレは頭が回りだすまでしばらくぼけーっと動きを止めて……そしてようやく、この日最初の一言を呟いた。


「あー……夢?」


 回りだした脳にふわっと浮かんでいたのは、ついさっき見たであろう夢の映像だ。

 終斗とオレとの、懐かしい思い出……そう、あの夢は過去の記憶でもあった。忘れはしない、今年の夏休みの……。


「ふふっ……なんか、少し縁起いいかも」


 自然と思いだし笑いが出てくる。出てきて、はっと気がついた。昔は、終斗への恋を諦めようとしていた頃は思いだすだけでも苦しかった"始まり"の思い出……それを夢に見ても、今のオレはこうして気兼ねなく笑えている。

 夢の中で……そしてかつて終斗が言ったとおりだ。オレがオレらしくいられたら、変わることなんて全然怖くなかった。

 だからオレはこれからも受け入れる、受け入れられる。変わる自分を、少しずつ。

 そして前に進んでいきたい。あのときから……ううん、性別が変わる前からもずっと貰い続けていた、たくさんの勇気と一緒に。勇気をくれた、大好きな人と一緒に。


「よしっ……」


 ベッドから飛ぶように降りて立ち上がる。そして両手に拳を作り、天井へと掲げて気合の一声。


「やるぞー!!」

「なにさ始、朝っぱらからうるさいんだけどー!」


 おっと。あんまり気合を入れすぎたせいで、部屋のドア越しに妹から文句が返ってきてしまった。

 ちなみにうちの妹(現在中学1年生)は生意気なことにオレのことを名前で呼び捨てにする。オレより背が高いからって、うぬぬ……。

 まぁ実際、休日にしては朝早くから起きている自覚はあるのでこっちもドア越しに詫びを入れておいた。


「ごめんごめん!」

「もー、いくら終にいとのデートがあるからってテンション上げ過ぎ! そんなんじゃまた変な失敗やらかすよ、始はただでさえすっとぼけてるんだから」

「うへへ」


 今日行く遊園地のチケットは、実を言うと父さんに頼み込んで貰った物だ。ゆえに今日のデート……もとい決戦は、家族にすっかり知られてしまっていた。ちなみに妹が言った『終にい』というのは、妹が終斗に対して使っているあだ名である。

 それにしても、今日のことをツッコまれるのはかなり恥ずかしいはずなんだけど……それすらなんだか面白くて変な笑いがでてしまうのは、妹の言うとおりテンション上げ過ぎってやつなんだろう。

 でも妹の言葉じゃないけれど、たしかに気は引き締めなきゃいけないな。今日は絶対に失敗できないんだから。

 妹の足音がドアの前から離れていく。それを聞き届けてから、オレはベランダのそばまで歩いて、目の前のカーテンをめいっぱい押し開く。

 シャーッ!と目が覚める音を立てながらカーテンが左右に開き、太陽の光がオレの全身にぶわっと飛び込んできた。

 眩しさに目を眩ませながらも、その光にオレは安心を覚えた。

 ……うん、昨日天気予報でちゃんとチェックしたとおりだ。


 今日の天気はドが付くほどの曇ひとつない快晴。絶好の、決戦日和である。

【後書き】

前回の19話と次回の20話を繋ぐインターバル的な話です。

本番は次回から。この作品の最終章とも言える話なので、今までの色々を盛り込んでどうにかやってみようかと思います。

ちなみに声だけ出演だった妹ちゃん(仮)の本格的な出番はまぁ、またいずれ……。

え、最終章じゃないのかって?世の中には「もうちょっとだけ続くんじゃよ」という名言が……まぁ、それもまたいずれ。

それとしょうもない設定話。

そのあだ名で察せられるかもですが、終斗とは朝雛家はわりと家族ぐるみの付き合いです。

朝雛家が一軒家なのでスペース的な意味でわりと人を呼ぶ余裕があり、始含めて朝雛家の人間は基本的に来る者はwelcomeなコミュ強気質なんで、必然的に終斗もよく朝雛家におじゃまさせてもらっていたというわけですな。

ついでに言えば夜鳥家は両親が海外で仕事中。そして内気ながらも中学生特有の反抗期ゆえ姉に絡まれるのが地味にうっとおしかったので、終斗は基本的に姉の居ぬ間にしか友人を家に呼んでいませんでした。

まぁそもそも、今よりも内向的だった終斗に友達をほいほい家へと招ける度胸はありませんでしたし、ゆえにただ単純に流されるままお呼ばれする系ポジションにあった。という話でもありますが。

なので夜鳥家に関しては両親、姉ともに始のことを全くと言っていいほど知らなかったりします。一応、終斗から『仲の良い友人がいる』という話くらいは聞いているようですが。

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