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また新たな事故物件が⋯⋯。

作者: 瀬崎遊

脚色や人名は変えていますがほぼ実話です。

 10月7日、親族のお葬式の帰り、お通夜から泊まりだったために私も父もとても疲れていた。


 父のゆっくりした歩調に合わせながらのんびりと駅から自宅のマンションへと歩いていた。


 親族といっても縁の薄い叔父で従姉弟の名前すら覚えていないほどの関係だった。


 駅から少し遠いため、2月に足を骨折した父はいまだ治まらない痛みのためか息を切らしていたけれど、それでも喋る口は止まらずに一緒に体験したお通夜から葬式までの話を何度も繰り返して話していた。


 まだ若い弟が先に逝ってしまったことがショックだったのだろうと私は感じていた。



 

 毎日の変わらない景色を見ながら20分ほど掛けて歩いてやっと自宅のマンションが目に入りホッと息を吐いた。


 きっと父も同じ気持ちだっただろう。


 マンションの前の道路に見慣れぬ白いバンが停まっていた。


 てっきり配達の車かと思って気にもせずマンションのエントランスを目指して歩いていた。


 近づくにつれて白いバンの助手席側の天井に赤色灯が取り付けてあるのが見える。


 テレビでよく見る磁石でくっつくタイプだと思った。


 配線がだらりとしていたので間違いないと思う。



 そして自転車が二台停まっているのが見えた。


 交番のおまわりさんが乗るあの自転車だ。


 荷台に鉄だかステンレスかでできた、盗まれては困る書類一式が入っているあの自転車が停まっている。


「なにかあったみたいだな」


 父が言うので私は頷いた。


「誰か家の中で死んでたんじゃないかな」


「なんでそう思うんだ?」


「白いバンは鑑識の人達が乗っている車で、おまわりさんが二人しかいない。事件ならパトカーやおまわりさんがもっとたくさんいるはずだもの」


 マンションの周りは人影もなく静かなものだった。10月だというのにまだまだ暑い日中のことだった。


「なるほど」


 バンと自転車を眺めつつ父は1号室、私は11号室の部屋へと別れて帰った。




 今私と父が住んでいるマンションは高齢者が多くて悲しいかなこういったことは数年に一度か二度ある。


 それと私はこういうことによく遇う。


 私自身が警察に連絡したことも数度ある。


 助かった方も、助からなかった方もいる。



 とある事故物件サイトの『大〇て◯さん』が孤独死の取材で過去に我が家を訪れたことがあるほど、孤独死が身近にある。


 多分、各階に一部屋は孤独死があると思う。







 仕事をしていると平日に休めることなどほとんどないので、少し離れた大型スーパーに買い物をしに行くことにした。


 細々したものを買って家に帰り着いたのは家を出てから二時間くらい経ってからだったと思う。


 荷物を両手にぶら下げてエレベーターが降りてくるのを待っていると、中から降りてきたのは警察の鑑識が着ている紺色の作業服タイプの制服を着ていて、頭には髪が落ちないようにするためのネットを被った二人だった。


 ああ。やっぱり誰か死んでいたんだ⋯⋯。


 警察の二人は何の話をしていたのか楽しそうに笑っていたのが耳に残る。


「ご苦労さまです」そう私が声を掛けると「ありがとうございます」と言ってエレベーターで行き違った。


 二人が降りたエレベーターの中は、得も知れない匂いがした。


 嗅いだことのない匂いで気持ちが悪くなる匂いだ。


 ほんの少しでも早くエレベーターから降りたくて、ドアがほんの少し開いただけで身を外へと出した。




 父に「やっぱり誰か死んでたみたい。エレベーターで警察の人と入れ違ったんだけど、すっごい匂いがしてて気持ち悪くなった」と伝えた。


「誰だろうな?」


「解らない⋯⋯」


 何時亡くなってもおかしくない人の顔が何人か浮かぶ。


 建って16年目のマンションはまだ新しいと思うのだけれど、意外と高齢者が多い。


 定年して間もない人もたった一度転けただけで車椅子生活を送らなければならなくなった人もいるし、全盲の人もいる。


 父が仲良くしている人でなければいいけど。


 と思った私は酷い人間だろうか?







 それから何日か何事もなく過ごして仕事から帰ってきた時、私の家の真上にある集合ポストにガムテープが貼られていた。


 名札は付いていて中には郵便物が入っていて、鍵もかかったままでガムテープには『転居』と書かれていなかった。


 私が住むマンションは転居で空き家になったポストには役員の壱之水さんがガムテープを貼ってそのガムテープに『転居』と書く決まりになっている。


 集合ポストと我が家の真上に住む人は上田さんといって、ご両親はとても愛想がよく役員なんかも進んでしてくれる人たちだった。


 10年程前にお母さんが病気で先に亡くなり、その数年後にお父さんが施設に入られた。


 一緒に住んでいたひとり息子さんは結婚しなかったのか、できなかったのかは解らないけれどとても無口な人で、声がけして挨拶しても頭をちょっと下げる程度しか挨拶を返さない人だった。


 施設に入ったお父さんが亡くなり、その数年後に息子さん自身が定年退職で自宅で一人生活していると誰かから聞いていた。


 男性の一人暮らしなので静かなもので、頭上の生活音も元々あまりしていなかった。


 自分()のポストから郵便物を取り出し、上田さんのポストとお元気なのかが気になりつつ、上階に上がっているエレベーターを呼ぶボタンを押した。



 その時エレベーターから降りてきたのが壱之水さんで、気になっていたので聞いてみることにした。


「集合ポストの上田さんのところにテープ貼ってあるけど⋯⋯?」


 そうすると壱之水さんは声を殺した小さな声で話し始めた。


「家の中で亡くなっていらしたのよ」


「ああ、もしかしてこの間の火曜日ですか?」


 壱之水さんは少し思い出そうと上を見て「そうそう! 火曜日だったわ」と小さな声で答えた。


「7月に水道のメーター交換があったでしょう?!」


「ああ。ありましたね」

「あの時の紙が9月になっても玄関ポストに入ったままで垂れ下がってたのよ。

 で、おかしいね。どうしたのかしらと気にはしていたのよ。

 それに玄関ポストまでがいっぱいになっててあまりにも気になったから、火曜日に管理事務所に電話したのよ」


 なにかあれば管理事務所に連絡入れることも役員の仕事の一つだった。


「そうしたら管理事務所の人がすぐに来てくださって、状況説明したら管理事務所の人が玄関ポストに挟まれていた紙を引っ張ってポストを押し上げた途端すっごい匂いがして!!


 それで『これはもう中で亡くなっていると思いますのでもう帰られたほうがいいですよ』って言われたのよ!!


『当分食事ができなくなってしまうし、女性が見るものでもないし』って言って!!

 それで言われるがまま帰ったから後はどうなったのかは解らないんだけど、管理事務所の人が集合ポストにガムテープを貼って帰られたからそういうことなんだと思うわ」


 と聞かされた。


 8月から我が家の頭上で上田さんが亡くなられていた⋯⋯。


 なんとも言えない気分になって自宅に帰り着いた。


 すぐに父の家に行って上田さんの話を吐き出したかった。


「この間の火曜日、亡くなっていたのは上田さんだったって」


「まだ若いはずだぞ?!」


「だよね⋯⋯」




 後日、壱之水さんとまた会った。


「上田さん、蛆わいていてすごい状態だったらしいわ」


「そんな突然亡くなるようなお年ではなかったでしょうに。定年退職してまだ二〜三年だったと思っていたんだけれど⋯⋯?」


「そうね。⋯⋯口の重い人だったけれど去年は役員会に出席してくれて淡々とするべきことはしてくださっていたのよ。今年が役員だったらもっと早く気がつくことができたかも知らないのに。


 これからは集合ポストに郵便物が溜まってたりしたら気をつけないとね」


「そうですね。私も気にかけるようにします」



 はっきりと何時頃亡くなったのか解らないけれど、7月には私の住む部屋の上で上田さんは亡くなっていたと思われる。


 発見されたのは10月7日。


 壱之水さんが気がついて連絡してくれて本当に良かった。


 壱之水さんも定年して10年ほど経つ一人暮らしの女性なので「明日は我が身だわ」と口にしていらした。






 10月の半ば、日にちは解らないのだけれど上田さんの家から荷物が運び出された。


 家具や衣服などに匂いが染み付いていてゴミ収集の車が小さな家具などは壊しながらゴミとして出されたらしい。


 窓を開けていた家に風向きによって匂いが家の中に入ってきたので慌てて窓を締めたという話を後日聞いた。


 集合ポストに『上田』というネームプレートはまだ入ったままだ。




本当に独居老人が多くて孤独死が多いのです。

介護にかかっている人は亡くなって1〜3日で発見されるのですが、元気だった方の突然死は発見が遅れます。


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― 新着の感想 ―
七月なら熱中症だったのかも。 ある程度の年代になったら、覚悟しなきゃいけない現実なんでしょうね。
いたたまれない気持ちになりました。 しかし、今後増えていくでしょうし、向き合わなければならない問題でもありますね。
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