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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-17「クイダーナに新たな経済圏を確立し、独立を果たすのです」

 エリザ、ルイドの率いる北方面軍が、城塞都市ゾゾドギアに入ったのは、風が温かさを帯び始めた頃だった。

 スッラリクスは自らルノア大平原に出て、死体の処理や、地質の調査にあたっていた。エリザやルイドとの情報共有は、すべてジャハーラとその息子たちに譲ることにしてある。だいたいの情報は、伝令のやり取りで共有し合っている。いまのところ、すべてが順調に進んでいる。いくつかの誤算は挟んだが、だいたいがスッラリクスの思った通りに進んでいる。


 ルージェ王国軍を退かせる、という最初の山場は越えた。犠牲も覚悟していたよりも、よっぽど少なく済んでいる。北方面軍の戦果など、スッラリクスが期待した以上のものだった。

 しかしまだ油断はできなかった。英魔戦争以後、ぼろぼろにされてしまったクイダーナ地方の経済を立て直さない事には、いずれルージェ王国に飲み込まれてしまう。それを避けるには、リズール川を使った交易路を確保することだった。商人が安心して利用できる交易路にする。ルノア大平原や、リンドブルム地方との交易を途絶えさせない。それが何よりも肝要だった。


 ゾゾドギアに来るよう指示されたのは、エリザたちが入城した翌日のことだった。スッラリクスは船に乗り、ゾゾドギアに向かった。


 自分の進退については、あまり考えていなかった。ゾゾドギアでの戦いの責任を取らされる可能性はまだ残っている。いくらジャハーラに庇われた格好になっているとはいえ、最終的な決断を下すのはエリザなのだ。

 しかし不思議と、もう恐れてはいなかった。もし自分が責任を取ることになろうとも、クイダーナ帝国が機能し続けるならばそれで良い。構想は出来上がっている。自分が処断されるというのなら、ジャハーラに今後の構想を引き継ぐ。それで、クイダーナは国としての形を取れるようになるはずだ。


 スッラリクスは兵に導かれるままにゾゾドギアに上陸し、城壁の中に入った。会議室に向かう途中で、わずかに扉の開いた部屋があり、そこから幼い男女の声が漏れていた。


「ラッセル、本気なの?」

「本気さ。エリザが女帝なんだ、おれだって」

「軍に入るのなら、言ってくれれば良かったのに。そうしたら、もっと安全な場所で」

「それじゃ駄目なんだよ。どうしておれがエリザに何も言わずに、軍に入ったと思う? エリザと知り合いだからって、何か便宜を払ってもらいたかったからじゃない。一人の兵士として、エリザが作ろうとしている世界を助けたいと思ったからなんだ。それなのに、エリザに何かをしてもらうんじゃ、話が逆になっちゃうだろ。おれは、エリザの……いや違うな、女帝エリザ様の力になりたいんだ」

「でも、千人長だなんて」

「まあそりゃ、心配だよな。おれに指揮ができるなんて、まったく思えないもんな……」


 ハハハ、と力なく笑う声が聞こえる。話をしているのは、エリザとラッセルのようだ。二人が知り合いであったことにスッラリクスは驚き、足を止めて二人の会話に聞き耳を立てた。


「……アルフォンは、元気?」

「それが、知らないんだ。魔都で別れたっきりでさ。でも心配はしてない。あいつのことだ、上手くやってるはずだよ」

「そう」

「そろそろ、会議の時間だろ。行かなきゃ」


 ラッセルが会話を切り上げるようにして言い、廊下に出てきた。スッラリクスは慌てて柔和な笑顔を作り微笑みかけた。ラッセルは会釈をして立ち去っていく。スッラリクスもできるだけ平静を装って、ラッセルの後を追った。


      :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 ゾゾドギアの会議室に、エリザは主だった者を全員集めた。


 魔都を出発したときと顔ぶれはほとんど変わっていなかったが、千人長には何人か知らない顔が混じっていた。ジャハーラ、ゼリウスが状況に合わせて新たに任命した者だろう。逆にいなくなった者もいる。降格させられたか、戦死したのか。エリザは考えないように首を振り、ラッセルの顔を見た。慣れぬ軍議の場で、ラッセルは委縮してしまっている。エリザはわずかに微笑みかけたが、ラッセルはそれにさえ気づかないようだった。


「集まったようです」


 エリザの隣で、ルイドが言った。エリザは軽く頷いて、口を開いた。


「皆、良く戦ってくれました。三方面いずれの戦線も支えきり、こうしてまた集結できた。心から、皆の働きに感謝を」


 こういう言葉もすらすら出てくるようになった。まるでティヌアリアの女帝としての話し言葉のようだとエリザは思う。

 まず最初に、それぞれの労をねぎらった。ルイド、ジャハーラ、ゼリウスの三将軍を筆頭に、アーサー、カート、黒樹、サーメット、ディスフィーア、ナーラン、ラッセル、他にも名を残した千人長たちそれぞれに声をかける。同時に、ラッセルら新たに千人長に命じた者たちについて正式に承認し、ディスフィーアも千人長に引き上げた。


「いいんですか?」

「今までの活躍を考えれば当然のことだわ、ディスフィーア」


 いいも何も、ゾゾドギアに入ったエリザに相談をしに来たのはディスフィーアの方だった。エリザはそれを聞いて、ルイドやゼリウスと話をしてすぐに千人長に上げることを決断したのだった。


「ありがとうございます! 一層、励ませていただきます」


 ひと通りの論功を終えると、エリザは会議室の隅に目を向けた。


「スッラリクス」


 片眼鏡(モノクル)を光らせて、スッラリクスが顔を上げる。エリザと目が合うと、にっこりと笑いかけた。女性のような笑顔に、エリザも笑顔で返した。


「これから先のことを、教えてちょうだい。王国軍を打ち払った。私たちは、これからどうしたらいい?」


 スッラリクスはきょとんとした表情を浮かべた。処罰の話だと思っていたのだろう。エリザはすでに、ジャハーラから事のあらましを聞いていた。しかし話を聞いても、スッラリクスを処罰するつもりはエリザにはなかった。ジャハーラが片腕を失ったのも、ゾゾドギアでの民衆の離反も、スッラリクスの責任とは言い難い。

 民意が許さなければ処罰しなければならなかったかもしれないが、民の怒りはラールゴールに向いていた。スッラリクスを処罰する理由は、エリザには思い当たらなかった。


「まさか、考えていなかったとは言わないわね」


 エリザが意地悪げに言うと、スッラリクスは「ご説明させていただきます」と口を開いた。


「我々は、ルージェ王国軍の苛烈な攻撃を防ぎきることに成功しました。次の段階として、クイダーナ地方を、ルージェ王国の支配下から完全に解き放ちます」

「クイダーナに、敵を入れないということ?」

「そうです。ルージェ王国とはまったく違う支配体系を、クイダーナに作り上げます。独立するのです。クイダーナに新たな経済圏を確立し、国家として独り立ちができるように致します」


 スッラリクスの言葉に、会議室にいた者たちのほとんどは頷いたが、ルイドだけが眉をひそめた。


「クイダーナだけを?」

「はい。ルノア大平原を緩衝地帯としつつ、クイダーナ地方にエリザ様の理想郷を作り上げるのです。ルージェ王国の統治よりも、クイダーナ帝国の統治の方が良いと思われれば、自然とこちらに靡いてくる者も増えることでしょう」

「軍師殿は、悠長なことを言う。ルージェ王国が手をこまねいて待っていてくれると思うか?」

「王国軍はかなりの被害を受けています。しばらくは、こちらに進攻してくる余力はないはずです」


 ゾゾドギア攻略に失敗したルージェ王国軍は、農業都市ユニケーにまで軍を退いている。指揮を執っていた王弟ランデリードも重傷を負っているという。再びこちらに進攻してくるにしても、十分に備える時間はある、というのがスッラリクスの説明だった。

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