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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
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6-13「リンドブルムからクイダーナへ、穀物を運ぶのが儲かるんです」

 ゼリウスたち帝国軍を見送った後、アッシカは機構都市パペイパピルの領土化に努めた。クイダーナ南部の諸都市から手下たちを呼びつけ、分担して役割を与えた。手先の器用な者は技術職に回し、交渉が上手な者には商人たちの取り込みを任せ、頭の良い者たちに仕組みを作らせる。


 パペイパピルには大きな混乱はなかった。元領主であるルーク伯爵が効率的に都市を運営していたので、アッシカはただその仕組みを理解し、引き継ぐだけで良かったのだ。

 ルーク伯爵はとても有能な男だったようだ。それも、海賊団にはいないタイプの人間で、自分の力ですべてをやるというより、人を使って仕組みを構築するのが上手なタイプだったようだ。生きていればぜひ仲間に引き入れたい人材だったが、死んでしまったものは仕方がない。死体は手厚く埋葬しておいたし、パペイパピルに暮らす人々にも苦労させないようにするので、どうか許してほしいところである。


 機構都市パペイパピルは、アッシカが思っていた以上に豊かな都市だった。採掘場からはたまにルーン・アイテムが発掘されるし、さまざまな道具を生み出す技術や道具も揃っている。海路を使ってこれらを各地に回せば、それだけで大儲けができそうな気配がある。


 アッシカはさらに二十艘余りの船に手下たちを乗せて南下、交易都市ニーナを手中に収めた。


「なあ、親分。こんな小さな都市取ってなんか良いことあるわけ?」


 ルーイックが赤い木の実をかじりながら訊ねてきた。ニーナは海賊船が近づくだけで白旗を掲げてきたので、戦闘になることもなかった。それでルーイックは暇を持て余しているのである。


「地図を見てみろ。ニーナは半島の先っぽにある。つまり、それだけクイダーナと距離が近いってわけだ。荷物を運ぶ中継地点にするには、持ってこいの立地ってわけよ」

「ふーん」


 ルーイックは少し考えたようだが、アッシカが何を言っているのか理解できなかったようだ。木の実をかじり、芯の部分を海に投げ捨てる。こと戦いになると役に立つが、それ以外の面ではまったく頼りにならない。それでもルーイックを副長の座に据えたのは、実力さえあれば要職に就けると分からせて、部下たちのやる気を上げようというアッシカなりの考えだった。


 交易都市ニーナを確保した理由は、貿易の要所になるというのももちろん理由の一つだったが、それだけではなかった。都合が良かったのである。

 ニーナは半島の先に位置するということもあって海路に関しては恵まれているが、陸路は整っていない。ルノア大平原の他の都市とは距離があり、連携も薄い。今までは有事の際にはパペイパピルに援軍を出してもらっていたようだが、そのパペイパピルをアッシカ海賊団が手にしたということもあり、ニーナは孤立していた。アッシカにしてみれば、他の都市にちょっかいをかけられることなく落とすことができる都市だったのである。


 ニーナの支配も滞りなく終わった。パペイパピルの方角から海賊船がやってきたことで、何となく事情を察している者たちが多かった。入港前には白旗が上がっており、矢の一本も飛んでこなかった。


「やけに大人しいな」

「アッシカ海賊団の皆さんだとわかりましたので、抵抗することもやめました」

「どういうことだ?」

「ニーナは、クイダーナ地方やリンドブルム地方へ荷を運ぶ、海の路の中継地点です。当然、クイダーナ南部でのご活躍も耳に入っておりました。アッシカ海賊団の皆さんなら、無茶な要求はしないだろうと。どうせ、税は誰かに納めることになるのです。町を守っていただく代金だと思えば、諦めもつくというものです」


 ニーナの領主の言葉に、アッシカはこれまでの苦労が報われたような気持ちになった。思わず「ありがとう」と言いかけた言葉を飲み込み、空をじっと見上げる。


 ここまで、長い道のりだった。小さな船一隻から海賊稼業をはじめ、やがて何十艘もの大船団を擁する大海賊に成長した。クイダーナ南部からルクセンドリア地方の西部にかけての海を荒らしまわっていたが、やがて全員が満足できる獲物を見つけるのが難しくなった。それで思いついたのが、クイダーナ南部の沿岸都市を領土化するという作戦だった。

 クイダーナ地方では、ろくに町を守らず、そのくせ重税を課す領主がたくさんいた。そういう都市を襲って、領主に成り変わる。本来の領主たちが掠め取っていた税金を、そのまま海賊団がもらうのだ。その代わり、海賊団は都市をモンスターや他の海賊たちから守る。そういう仕組みを作り上げることでアッシカ海賊団は勢力を伸長した。


 苦労の連続だった。荒くれ者どもに言うことを聞かせ、町との融和を図り、その上で全員に満足できるだけの物を与える。

 楽な商売ではなかった。町の金持ちたちの中には財産を隠して税の取り立てを免れようとする者も多かったし、すぐ略奪に走ろうとしてしまう部下たちも抑えなければならなかった。リズ公爵が軍を出さないよう工作する必要もあった。しかし、アッシカはそれをやり切った。


 アッシカ海賊団ならば、無茶な取り立てをしないだろう、略奪を働かないだろう……と、会ったこともない交易都市ニーナの人々に信用されているのだ。

 これまでの積み重ねは無駄ではなかった。こんな土地にまで、アッシカ海賊団の名は知れ渡っている。それも、自然とアッシカの支配を受け入れてもらえるような噂が流れている。血を流すこともなければ、税のことで揉めることもないままに、都市を手に入れることができたのだ。こんなに嬉しいことはなかった。


 気を良くしたアッシカは、しばらくニーナに逗留することにした。さすがは交易都市というだけのことはあって、数多くの商船が出入りしている。パペイパピルからはまだ船を出していないので、そのほとんどはリンドブルム地方とクイダーナ地方を結ぶ物だった。

 商人たちの話は面白かった。同じ、海路を生業にする者たちである。物の流れを知ることは、アッシカにとっても重要なことだった。いずれは船を貸し出して、商人たちの儲け話に一枚噛ませてもらうこともあるかもしれないのだ。


「クイダーナからは、鉄製品がやはり多いのだろうか」

「そうですね。稀にヨモツザカから出たルーン・アイテムなんかも扱ったりしますが、数は少ないです。ほとんどは鉄製品ですよ」

「鉄製の道具は、リンドブルム地方で高く売れるのか?」

「まあまあって所ですかね。それより、リンドブルムからクイダーナへ穀物類を運ぶのが儲かります。リンドブルムはしょっちゅうどこかしらの川が氾濫していていますが、そのおかげで土が肥えてるんです。それに対してクイダーナは、土も赤くて穀物が育ちにくい。だから、リンドブルムからクイダーナへ穀物を運ぶのが儲かるんです。帰りに船を空っぽのまま戻ってくるのもあれなんで鉄製品を積み込んで帰ってきますが、利益はよっぽど穀物の方が大きいですよ」


 アッシカは感心して頷いた。


「ルノア大平原とクイダーナ地方を結ぶってだけでも、それなりの利が上げられると思いますけど、リンドブルムも混ざったら比じゃない益が上がるはずです」


 アッシカは慎重に情報を集めた。どの商人も口を揃えて同じことを言う。リンドブルム地方からクイダーナ地方へ、穀物を運ぶというのがよほど儲かる海路なのだということが、アッシカにも確かに見えてきた。

 具体的な利益の話も聞くことができた。クイダーナ地方では穀物が育ちにくいというのは承知していたが、まさかこれほどまでに商人たちが儲かっているとは思わなかった。ルージェ王国とクイダーナ帝国が戦争をしていても、穀物を運び込もうとする商人が後を絶たないのも頷ける。リンドブルムでは廃棄されるような物でも、クイダーナに運べばそれなりの値になるのだ。


 地図を広げる。ニーナからさらに南へ向かえば、リンドブルム地方の西岸に出る。西岸から突き出すようにして三又の半島が伸びており、その真ん中の半島の先にナルカニアという都市がある。ナルカニアは、リンドブルムの西側の窓口だった。商人たちのほとんどはナルカニアからニーナを経由して、クイダーナ地方へと向かっている。

 ニーナを押さえているだけでも、十分な利益は上がる。だが、ナルカニアを手に入れることができれば? 海賊団はもっと安定した収益を上げられるのではないか。


 地図を見て悩む日が増えた。


 ナルカニアもまたニーナと同じように、半島の先にある都市だ。海路は発達しているようだが、陸路はそうでもないだろう。近くに、すぐ援軍を出せるような都市も見当たらない。流治都市ルギスパニアからは二十日以上の距離がある。……ここもまたニーナと同じように、孤立した都市なのではないか。パペイパピルを落としたことで、ニーナに続き、ナルカニアも勢力下におくことができるのではないか。

 もしナルカニアを落とすことができれば、ユーガリア南西部の海路を使った交易には、すべてアッシカ海賊団が絡むこととなる。莫大な利が上がるようになるはずだ。


「ルーイック、出航の準備だ。南へ、ナルカニアへ向かうぞ!」


挿絵(By みてみん)

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