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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
121/163

5-31「ただ後悔だけを抱いて、ワニの餌になるなんてごめんだね」

 ラッセルは天に向かって三角錐を放り投げた。突き刺さりさえすれば、半刻は抜けないルーン・アイテムだ。三角錐には糸が付いているから、突き刺さりさえすれば、あとは糸を辿って地上に上ればいい。糸の強度はすでに確かめてある。これまで何度もラッセルの身長を支えてきた。


 三角錐が落ちてきて、それが地面の泥に突き刺さる。一度刺さってしまうと半刻は抜けないことが仇となった。ラッセルは舌打ちをする。


「なんだよ、それ」


 カルロがおそるおそるといった感じで、訊ねてきた。


「ルーン・アイテムさ。突き刺さったらしばらくは絶対に抜けない。これを外に向かって放り投げて、どこかに突き刺されば……後は辿って上に行くだけだ」

「上に……たって、かなりの高さがあるぞ? それに上に見張りがいないとも限らない」

「他に何か方法があるっていうのか? このままじゃみんな揃ってワニの餌になるだけだ」


 ラッセルは少しだけ声量を大きくした。カルロ以外の兵士たちが、揃ってラッセルの方を見る。地下牢の中の空気は重い。誰も、脱出できるなどと信じていないようだ。


「お前が……お前だけが外に出て、どうするっていうんだ?」

「できるだけ太い縄を探す。それを伝って、みんなここから脱出するんだ」

「身体が動くやつは、それでいいかもしれない。だけど、おれたちはどうしたらいい? 満足に手足が動かせないやつも、輜重隊にはたくさんいるんだぞ」

「その時は、一人ずつおぶってでも外に出る。そんで、裏切り者を見つけてぶん殴る。それからゾゾドギアに食糧を運ぶ方法を、考える」

「……無理だよ。敵はずいぶん周到にこの計画を準備していた。そんなわけのわからないルーン・アイテム一つでひっくり返せるはずがない」

「じゃあ黙ってろよ。おれは、やる。守るって約束した人がゾゾドギアにいる。このままじゃ、おれは何も成せずに死んでしまう。ただ後悔だけを抱いて、ワニの餌になるなんてごめんだね。やれることをやる、そう決めたんだ」


 ラッセルが言い放つと、カルロは黙った。他の兵たちも、ほとんどが目を伏せて口も開かず、泥の溜まった床を見つめている。


 外の明滅するような明かりは、まだ続いている。明かりが強くなったときだけ、兵たちの表情が確認できる。ラッセルは明るくなるたびに、一人ずつ顔を見ていった。暗い表情をしている者が、多い。苦い顔をしている者もいる。


 半刻が経った。

 ラッセルは三角錐を地面から抜き放つと、また天に向かって放り投げた。今度は、成功した。三角錐は牢の外にまで飛び出していった。ラッセルは糸を引っ張って固定されたのを確認すると牢の壁際に向かった。牢は広い。壁のそばで寝転がっていた兵たちは、ラッセルが近づいてくるとのそのそと動いて道を開ける。


 糸を握りしめて、壁に足をかける。できるだけ体重を足から壁に移すようにして、糸を掴んで上がっていく。下から、兵たちがラッセルに視線を向けているのがわかった。糸が掌に食い込む。ラッセルは焦らずに上っていった。

 ちょうど人間二人分くらいの高さまで上ったとき、ラッセルは糸が滑る感覚を味わった。力が入らない。


(やばい、落ちる――)


 ラッセルは咄嗟に、壁を蹴って糸を手放した。浮遊感、というより地面が迫ってくる恐怖だった。石造りの床に頭からぶつかれば、ただではすまない。

 衝撃はあった。だが、痛みは思っていたほどではなかった。立ち上がろうとすると、ラッセルの下で何かが動いた。


「いてててて……大丈夫か」


 ラッセルの下敷きになってしまった男の一人が言った。落下するラッセルを支えようと、何人かが身を挺して支えてくれていたようだ。中にはカルロの姿もある。ラッセルは「悪い」と言ってすぐに彼らのところからどいた。


「いや、いいんだ。それよりも、手、大丈夫かい?」


 言われてラッセルは自分の掌を見た。血が滲んでいる。細い糸に体重を預けてしまったから、手の皮膚が切れてしまったようだ。


「ちょっとヒリヒリはするけど、そこまで痛くはない。大丈夫かな」

「おれ、少しだけど薬を持ってる。使えよ。化膿したりしたら、大変だ」


 ラッセルを助けてくれた兵の一人が、薬を出してくれた。


「いいのか?」

「いいんだよ。あの糸を辿って地上に出るんだろ? おれたちにそんな体力も勇気もないけれど、これくらいは協力できる」


 ラッセルは感謝して薬を受け取って、掌になじませた。


「それにしても……けっこう雑な扱いなんだな。おれのルーン・アイテムもそうだし、この薬もそう。衣服全部はぎ取って牢屋に放り込んでも良かっただろうに、それもしていない」

「たぶん、これを仕掛けてきたのは軍隊じゃないんじゃないかな。訓練もあまり受けていない……民兵に近いような組織」

「――と、すると、やっぱり怪しいのは領主ラールゴールか。あの屋台をやってた男たちが、その私兵ってところか」

「だろうね。……まあ、たとえ主犯が分かっても、ここに閉じ込められているんじゃ、何もできないわけだけど」


 ラッセルは頷いた。地下牢の全体に聞こえるように、声を上げる。


「見てたやつも、見てなかったやつも聞いてくれ。おれはラッセル。いま、この地下牢から脱出するための方法を練っている。そこで、力を貸して欲しい。こんなところで終わりたくなかったら、協力してくれ」

「なにをすればいいんだ?」

「みんな、持ってる物を出してくれ。それを使って、方策を練ろう」


 ラッセルが言うと、すぐに何人かが集まってきた。カルロの姿もある。なんだかんだ言って、協力してくれる。人の数は次々と増え、次第にほとんど全員が立ち上がってラッセルのそばに持ち物を差し出していった。

 やはり、ろくに持ち物を取り上げていなかったようだ。集まった中には火打石や銀貨、銅貨、保存食、医療品、それにナイフまであった。


 ラッセルは、隊長格の者たちに持ち物の割り振りを任せた。怪我を負っている者を救護する班、みんなの持ち物を整理・管理する班、それにラッセルと交代で地上を目指す班、途中落下してきたときにそれを支える班……。割り振りを決めて行く中で、四番隊の十名だけが、この地下牢に姿がないことがわかる。


「ちっ、あいつら……裏切りやがったんだ。そうだ、食事当番も四番隊だったよな、確か」

「買収されたか、脅されたか……。いずれにしても、敵に寝返ったと見て間違いないだろうさ」


 ラッセルは口を挟まないでいた。答えは、地下牢から脱出してみればわかる。ラッセルは三角錐を回収すると、備品のナイフを壁に突き刺した。それを足場にして途中まで上ることができるはずだ。


「これ……使えよ。手に巻けば、少しはマシになるはずさ」


 カルロが、手ぬぐいをくれた。ラッセルはナイフで手ぬぐいを二つに裂き、それで両手を巻いた。確かにこれならば、糸が直接突き刺さる心配はないはずだ。


「ありがとう」


 礼を言うと、カルロは照れくさそうに笑った。


「礼を言うのは、こっちかもしれないな。ラッセル、お前のおかげで希望が見えた」


 ラッセルは頷くと、三角錐を天に向かって投げた。今度は、一回で固定できたようだ。ナイフの柄を足場にして少し上った後は、またできるだけ壁に体重をかけるようにしながら上っていく。結局、人の身長の二、三人分くらいの高さまではいくものの、そこで落ちてしまった。

 身体が丈夫な者たちも、ラッセルに続いて試みるが、どれも失敗に終わってしまった。何度か挑戦する内に、やがて夜が明けた。地下牢にもわずかに太陽の光が降り注ぐ。


 日の出ている時間は、もし上に出られたとしてもすぐに見つかってしまう可能性が高い。だから、糸を伝って上を目指すのは夜にしようと決めていた。ラッセルは陽が昇ると、壁に背をもたれて眠りについた。


(……やっぱり、無理なのか、こんな糸じゃ)


 そんなことを考えながら眠ったせいだろうか。夢を見た。つい数日前、この地下牢に閉じ込められる前の夢だ。


 マリーナに、ラッセルは「対岸から松明で語り掛けるよ」と約束していた。マリーナがゾゾドギアに帰っていくと、ラッセルは約束を忠実に守った。毎晩、決まった時刻に松明に火を灯して、対岸を駆けまわった。何か反応はないかとゾゾドギアを見ていると、城塞都市の一室から漏れる明かりが、点滅していることに気が付いた。光を遮って、ラッセルに合図をしてくれている。

 ラッセルはたまらなくそのことが嬉しかった。松明を片手に川辺を走り回り、マリーナが反応してくれるのを見る。その儀式は毎晩続いていた。


(昨日は……できなかったな……)


 ラッセルは目を覚ますと、残っていた食べ物を腹に詰め込んだ。臭い飯だった。だけど、スラムで暮らしていた頃には、こんな物でもありつけるだけマシだった。それに、あのころと違って、今のラッセルには目的があった。マリーナを助ける。そのためにまず、ここを抜け出す。


「死んで、たまるかよ……」


 スラムで生きていた時は、生きることが目的になっていた。今は、生きることは手段になっている。マリーナを助けるために、生きなければならない。生きてここを抜け出して、ラールゴールを倒してゾゾドギアに食糧を送る。それが、ラッセルの成すべきことだった。


「待っててくれよ……。必ず、必ず行くからな……!」


 ラッセルの無謀な挑戦は、それから二十日余り続いた。

色々と立て込んでおり、1月は丸々お休みいただく形になりそうです。

来週は更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラッセル凄いですね。 無謀であろうと挑戦するのが素晴らしいです。
2019/12/21 23:10 退会済み
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