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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
115/163

5-25「我が炎で、王国のことごとくを燃やし尽くしてくれようぞ!」

 スッラリクスの読み通り、王国軍は無闇に攻めてこようとはしなかった。ジャハーラ、アーサー、カートがそれぞれ部隊を率いて敵を牽制したというのもあるが、何よりも先の戦闘で大きな犠牲を出したことが効いているのだろう。


 王国軍五万以上の兵力は、帝国軍を包囲する格好で布陣した。クイダーナ帝国軍の五千弱は、背後をリズール川に阻まれ、周囲は王国軍に囲まれるという格好になった。


「フン、腰抜けどもが。たったこれだけの我らが恐ろしいと見える」


 陽が落ちる前、十分に距離を開けて布陣した王国軍に対して、吐き捨てるようにジャハーラが言った。帝国軍内で、微かに笑い声が上がる。


 敵は数を減らしたとはいえ、それでも五万を超える大軍である。文字通り、地平を埋め尽くそうな大軍を前にして笑うことができる。それだけでも十分なものだ、とジャハーラは思った。


 千人の決死兵は、ジャハーラが選んだ。自身の領地から連れてきた者たちを優先する。その中でまだ若い者たちは外し、代わりに英魔戦争の際にも従軍した者たちを入れる。それでも数が足りなかったので、決死の噂を聞きつけてやってきた者たちの中から年長者を優先的に入れた。

 今までの選兵と違ったのは、決死隊であることを話した上で、拒絶する権利を与えたことだった。直接ジャハーラに拒否するとは言いにくいだろうと思い、拒否する場合には、刻限までにスッラリクスの下へ言いに行くように伝えた。


 スッラリクスが伝えてきた人数は、五人だった。

 ほぼ間違いなく死ぬという戦で、辞退する者がそれだけしか出ないのは奇跡にも等しかった。


 陽が完全に落ちきってから、二刻が過ぎた。王国軍は攻めてこようという姿勢さえ見せない。決戦は明日以降だと思っているのだろう。


「これより、死地へ向かう」


 千人を集めて、ジャハーラは言った。風の精霊は支配下にある。王国軍にまでは決して声は届かず、逆に決死隊一千人の耳には必ず届く。


「勝てる戦ではない。敵は五万を超えていて、こちらはわずかに一千人だ。しかし、死を決意した一千人である。エリザ様の築く帝国の礎となるべく、死地へ赴く一千人である。運が良ければ、生き残れよう。その為に、おれも力を尽くす。だがおれは、皆に命じねばならんのだ。――ここで死ね、と」


 息の詰まるような沈黙が、場を支配した。恐れというより、武者震いに近い。精霊たちが、兵たちの周囲に薄いベールをかけている。そのベールがざわざわと震えているようだ。様々な思いが交錯している。


「死んだ者の家族には、必ず報いよう。そのことは軍師殿が約束をしてくれる。だから、生きて帰ろうなどと考える必要はない。安心して、ここで果てろ。この大平原に、諸君らの墓標を立てろ。さすがは魔族だと、さすがは魔族の兵だと……後世に語り継がれるであろう戦をするのだ。死して、戦の名を残すのだ。我らがここに生きてきたことを、エリザ様の理想の為に死んだことを、世に残すのだ。自分自身が生き延びるよりも長く、それは語り継がれるだろう」


 ジャハーラは、一度言葉を切った。

 言葉に、魔術をかけてある。そのおかげか、兵たちの周りを纏う精霊たちが動くのをやめているようだ。兵たちの気持ちが、一つになっている証拠である。


「見事な戦を、しようではないか! あの腰抜けの人間族どもに、魔族とはこういうものだと見せつけてやろうではないか! やつらの心胆を寒からしめる程の戦をすれば、やつらも無理にはクイダーナへ攻めよらんだろう。我らの国土を、あの真っ赤な大地を守り切るのだ!」


 兵たちの周囲を纏うのは、決意の精霊たちである。死を覚悟した兵。それも、強制して死に兵にされたわけではない。自分自身で死兵となることを選択した兵たちである。彼らに拒否権を与えたのは、自分自身で「ここで死ぬことを選んだ」と認識させるためである。人に強制されるよりも、自分自身で選んだ方がよほど強い気持ちになることを、ジャハーラは知っている。


 かがり火が焚かれ、決死隊の手に渡った。


「おれが先頭に立つ。遅れるなよ! 出撃ーっ!」


 ジャハーラは後ろを振り返らず、一目散に真正面の敵へ突撃していった。まとまった一千の兵が後ろに続いてきているのは、確かめるまでもなく明らかだった。ひとたまりに周囲のすべてを飲み込んでしまいそうな圧力が、後ろから迫ってくる。


 獣のように咆哮を上げ、突っ込む。盾を構えた重装備の部隊が、前衛に陣を敷いている。さすがに大軍なだけあって、夜襲の警戒にも人員を割いているようだ。


 王弟ランデリードは各地で武功を立て、現国王の右腕として活躍した将だと聞いている。大軍を率いても、十分に統制をとることができるのだろう。


(――だが、ぬるい)


 ジャハーラは精霊術を使った。闇の中で炎が爆ぜる。重装備の部隊は熱に弱い。鎧はひしゃげ、熱を持った金属の塊と化す。盾は捨てれば良いかもしれないが、鎧はそう簡単にはいかない。苦悶の声と同時に、肉の焦げる臭いが漂い始める。


「このまま押し切るぞ、進め!」


 ジャハーラは自ら開いた突破口に飛び込むと、剣を抜いた。敵兵の姿を見るなり、剣を振るう。血飛沫が舞う。身体が熱い。再度、吠えた。敵がたじろぐのがわかる。手当たり次第に殺した。視界の端で、ジャハーラが討ち漏らした敵を、カートが斬るのが見えた。


 敵の前衛を突破したようだ。抵抗が薄い。おそらく、休んでいた兵なのだろう。構わず、ジャハーラは剣を振るい、炎を撒き散らして殺戮の限りを尽くした。

 ジャハーラに追いついてくる者たちが、出始めた。腕に覚えのある歴戦の勇士たち。前線に出るなり、精霊術で敵を怯ませ、剣でもって叩き切る。いいぞ、とジャハーラは思った。押している。まだまだやれる。


 背後の圧は、勢いを殺していない。ジャハーラは振り返らなかった。味方がどれだけやられたのか、確認をする必要はない。まだ戦えるだけの余力が残っていることさえわかれば、それでいい。限界まで戦うだけだ。


「炎熱の大熊公ジャハーラ、ここにあるぞ! 黒女帝の目指した理想の為と、王国の苦汁を飲んで四十年。いつまで待てばいい? いつになれば世界が変わる? 変わらぬのなら、変革の炎をあげねばならんだろう! おれは、あの時の恨みをひと時も忘れたことはない! 我が炎で、王国のことごとくを燃やし尽くしてくれようぞ!」


 名乗りというよりも、雄たけびに近い発声だった。風の精霊を扱う必要もない。炎だ。いま必要なのは、王国軍を燃やし尽くす炎だ。


 勝てない、と兵たちに向かっては、言った。だがそのことをジャハーラ自身は考えないようにしていた。勝てない? だからどうしたというのだ。焼き尽くせばそれでいい。勝てる勝てないの問題ではなくなる。


 ずいぶん、押した。

 闇の中で、敵の旗も見えない。敵の大将さえ討てれば――とは思うものの、どこに敵がいるのかさえわからない。


 スッラリクスたちは、無事に渡河しているだろうか。


(このおれを、餌にしたのだからな――あとはうまくやれよ、軍師殿)


 ジャハーラは、風を切る無数の音を聞いた。瞬間的に、闇夜に向かって炎を放つ。壁のようにして広がった炎は、飛来した弓矢のほとんどを飲み込んだが、それでも討ち漏らした矢が落ちてくる。

 矢は、四方八方から打ち込まれてくる。ジャハーラは炎の壁を宙に作って兵たちを守ろうとするが、そのすべてをカバーすることはできない。


 あちこちで、矢雨にやられた味方の悲鳴があがり始める。ここまでの勢いが嘘のように、防戦一方になっている。


「ちっ」


 思わずジャハーラは舌打ちをした。敵の大将――王弟ランデリードは、想像していたよりも指揮官としての素質があるようだ。包囲して矢雨で決着をつけるつもりだ。


 ジャハーラが突撃している箇所に関しては、そのすべての兵を捨て駒にしたのだ。その間に、弓兵隊を配置している。おそらく、周囲を囲むようにして……。


 ランデリードのことを、ジャハーラは認めた。

 最後の敵として十分な相手である。


 炎の精霊術を使うため、決死隊の面々のほとんどが松明を手にしている。裏を返せば、敵にはこちらの位置は筒抜けだということだ。

 それを相手が逆手にとって、兵を配置してきたのだとしたら、退路を塞ぐために騎馬隊が動いている可能性がある。文字通り、取り囲まれたということになる。


「決死の戦とやらを、見せることになりそうだな」


 ジャハーラは口元を歪めた。炎に照らされたその顔は、笑っていた。

諸事情により来週はおやすみいただきます。

次回更新は11/2(土)予定となります。よろしくお願いいたします。

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