表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
111/163

5-21「あんまり女性を待たせるもんじゃないわよ」

「あと、これ。サイズあってたらいいけど」


 ディスフィーアが服を一式取り出した。商人が着ていそうな服装だった。


「感謝してよね、ミズリスまで買いに行ってきてあげたんだから」

「……どうして?」

「元の格好じゃ目立つでしょ。なんだか訳ありみたいだし」

「お金……」

「いーわよ。昨日、紅宝玉(ルビー)もらったし。それで十分」


 オールグレンは、ディスフィーアのくれた服装に着替えた。商人がよく着ている、質の悪い服だ。


「これ……ぶかぶか過ぎない?」

「グレンが痩せすぎてるだけよ、肉食べなさい、肉」


 ディスフィーアはそう言って笑う。

 不思議と、着心地が悪いとは感じなかった。むしろ、鎧を外して、絹の下着も捨てて身軽になったという気持ちの方が強い。


「似合わないわね」


 オールグレンを上から下まで観察するように見たディスフィーアは、うーんと顎に手を当てた。


「だから、ぶかぶかだって言ったじゃないか」

「そーじゃないの。なんていうかな、雰囲気? あまりに服装と雰囲気がミスマッチというか……うーん」


 ディスフィーアはしばらく考えたようだが「ま、いっか」と言った。


「着てるうちに馴染んでくるでしょ」


 オールグレンはとりわけ気にせず腰に剣を佩いた。鎧や下着は脱ぎ捨てたままである。服や鎧はどうでもよかったが、剣だけは気に入っていた。それに、モンスターや野盗に襲われた時に、抵抗手段がなくなってしまえば敵わない。剣だけは、捨てることができなかった。


「それ、どーするの?」


 ディスフィーアが、オールグレンの脱ぎ捨てた服を指さして、訊ねた。


「どうするって、捨てるつもりだけど……」

「あなたね! どこのボンボンだか知らないけど、これ捨てていくなんて正気じゃないわよ。どうせ路銀も持ってないんでしょ。……あー、いいわ、答えなくていい。ええとね、どこぞの貴族様なのかは知らないけど、一般人は生きていくのにお金がいるの。わかる?」

「それは、わかるよ」

「でね、あなたが今、捨てようとしてる服は、ちょっとした財産に換えられる価値があるわけ。グレン、あなたは逃げてきたって言ったわよね。それは、戻る場所がないってことよね? 違う?」


 オールグレンは少しだけ悩んだ。


 王国軍の場所に戻る。それは選択肢の一つとして存在してはいた。だが、オールグレンはそれを選びたいとは思っていなかった。

 自由に生きたい。そう思い続けてきた。そのチャンスなのではないか。


 そう思って、オールグレンはディスフィーアの眼を見て、頷いた。

 戻る場所がないと答えれば、ディスフィーアのそばにいられるかもしれない。それも大きな理由だった。まだ会って間もないのに、オールグレンはディスフィーアに惹かれている自分に気が付いていた。王子だとわかっていないからかもしれない。それならば、身分を隠し通すだけだ。


「帰る場所がない。それは大変なことよ。あなたが思っているより、よっぽど大変なことなの」


 ディスフィーアは、まるで子どもに言い聞かせるように、優しい口調でゆっくりと喋った。


「お金があれば、生きていくのが少しばかりは楽になるわ。お金もなければ、本当に大変よ。気の落ち着く場所を得ることもできないし、生きてゆくことさえできない……」


 ディスフィーアの表情が陰った。昔、お金に苦労したことがあるのかもしれない。すぐに、ディスフィーアはいつもの顔に戻ると、オールグレンの瞳を見た。


「だから、ある物は大切になさい。必要ないなら、せめて、売る」

「売るっていったって、どこで?」

「あそこに一本だけ大きな木が生えてるでしょ? あの方向にまーっすぐ走ればミズリスに着くわ。そこで売ったらいいじゃない」


 オールグレンは首を振った。身に着けていた鎧には獅子の紋章が彫られていたし、下着にさえも獅子が刺繍されている。教会都市ミズリスで、彼自身がこれを売ろう物なら、すぐに身分がバレて連れ戻されてしまうだろう。


「あー、もう、世話が焼けるわね」


 ディスフィーアは、オールグレンの脱ぎ捨てた物を片っ端から拾い上げると、オールグレンの乗って来た馬の手綱を取り、乗った。馬は抵抗する素振りの一つも見せなかった。


「ほら、行かないの?」


 馬上で、ディスフィーアが言う。馬もからかうようにオールグレンを見ている。


「あ、あの……一角獣は?」

「ユニコに乗っていったら目立つじゃない。大丈夫、馬の足でも、真っ暗になる前にはミズリスに着くわよ」


 確かにそれはそうだが、と思いながらオールグレンが振り返ると、一角獣は腰を下ろしたまま、獅子の尾っぽを振っていた。笑っているようだ。


「あんまり女性を待たせるもんじゃないわよ」


 ディスフィーアが本当にそのまま馬に乗って行ってしまいそうな気配を感じて、オールグレンは慌ててディスフィーアの手を取って馬に跨った。二人が乗っても、馬は平気そうにしている。


「手綱くらい、持つよ」

「いいわよ。それだとこの子も思い切り駆けられなさそうだし。……ほら、行くわよ」


 ディスフィーアが勢い良く、馬を走らせる。オールグレンは思わず、ディスフィーアの腰にしがみついた。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 教会都市ミズリスは、美しい都市である。その名の通り、都市内部には聖ソニュアの教会が立ち並び、信心深い人たちが多い。

 ルノア大平原の都市の中で、もっとも犯罪の少ない町だとオールグレンは聞いていたが、まさにその通りだった。道路にはゴミの一つも転がっていなかったし、物乞いや泥酔した人の姿も見当たらない。二人は馬を預けると、町の中を散策し始めた。


「ねえ、ディスフィーア。売れないと思うんだけど……」

「いくら教会都市でも、絶対あるのよ。物の価値だけでちゃーんと引き取ってくれる場所がね。たとえ曰くつきの物だろうが、盗品だろうが買い取ってくれるところがね」


 ディスフィーアはそう言うと、歓楽街をずんずんと進んでいった。まだ酔いの残っていたオールグレンは吐き気を堪えながら、両手に鎧を抱えて、ディスフィーアの後を追った。


 結果は、まさにディスフィーアの言うとおりだった。オールグレンの想像していたよりもずっと簡単に、着ていた物はお金に代わったのである。

 ディスフィーアが入っていったお店に、オールグレンは荷物を運んだだけだった。店主はオールグレンのことを従者か何かだと思ったようで、ディスフィーアと交渉した。オールグレンは店の外でディスフィーアが出てくるのを待った。あまり長い時間はかからなかった。


「はい、これ」


 出てきたディスフィーアは何でもないことのように、ぽん、とオールグレンに袋を渡した。中身を開いてみると、大量の銀貨が詰まっていた。夕陽に照らされて、銀貨はきらきらと輝いている。


「こんなに?」

「だから、値打ものだって言ったじゃない。少しはお姉さんの言うことを信じなさいよ」

「お礼を……何かお礼をさせて」

「いいわよ、そんなの」

「いや、そんなわけには……」

「ふーん」


 ディスフィーアは意地悪げにオールグレンを見つめた。


「じゃあ、美味しいディナーでもおごってもらおうかしら」

オールグレンとディスフィーアのお話は、次回まで続きます。

それから東部戦線に話が戻ります。

お待たせして申し訳ございません。引き続き、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ