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ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
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5-18「無理に近づくな! いつまでも精霊術は使えまい!」

 ルノア大平原に入ったジャハーラは、北西の都市群を蹂躙して回った。抵抗する者は容赦なく殺し、火をつけ、城壁を破壊して回る。そうして追い出した民を東へ東へと誘導する。無用な殺戮を避けたおかげで、移動する難民は十万近くまで膨れ上がっているはずだ。それが、たった五千の兵に追い立てられて東へ向かっていく。


 ジャハーラは王国軍が六万と聞いて「少ないな」と笑った。スッラリクスの仕掛けは、想像以上に功を奏したようだ。ルノア大平原にまで出てきたのが、五千だけというのも、敵の慢心を誘うのに一役買ったことだろう。


「六万でも多すぎるのですがね……」


 スッラリクスが溜息交じりに言う。ゾゾドギアで待っていろとジャハーラは言ったのだが、どうしてもとスッラリクスはついてきたのだった。ジャハーラにしてみれば、戦場でのスッラリクスは足手まといでしかない。だが、スッラリクスの気持ちもわからないでもなかったので強く反対はしなかった。

 都市を焼く。それを作戦立てておきながら、人に手を汚せと言えないだろう。自分の手も汚す。そうしてようやく、作戦を決行せよと指示できると思っている節がある。


「このまま退きますか?」


 アーサーの問いに、ジャハーラは「バカなことを言うな」と答えた。


「人間どもに、魔族の力を見せてやるとしよう。一度ぶつかり、頃合いを見て後退する」


 ジャハーラは不敵に笑った。アーサー、カート、ナーランの三人の子どもたちがそれぞれ一千ずつ、ジャハーラが二千を率いる軍勢である。


 スッラリクスは何かを言いたそうだったが、結局、口を挟まなかった。言いたいことは予想が付く。北西部の主要都市を破壊するという目的は果たした。何もここでぶつかる必要はない、と言いたいのだろう。


「アーサー、カートはここで待て。ナーランとおれは二、三刻ほど進んだところで待機する。あの丘陵の影に隠れているようにでも思わせるさ」

「どうするおつもりですか」

「敵の先鋒を大きく崩す。それから押された振りをして撤退を開始する。騎馬隊が先回りして退路を塞ごうとしてくるはずだ。それを、アーサー、カートの部隊で叩く」

「こちらの情報は敵に漏れているのではありませんか? 三千しかいなければ、伏兵が潜んでいるとすぐに見抜かれてしまいます」

「軍師殿には別の策があるのか?」

「伏兵自体は、上策と存じます。しかし、伏兵は二重に致しましょう。ジャハーラ殿の案に、さらに伏兵を足すのです。最初の伏兵は見抜けても、次の伏兵までは見抜けない。そういう形をとるべきです」

「……なるほどな。面白い、それでいこう。配置はどうする?」

「ジャハーラ殿の本隊が千五百、ナーラン殿の部隊が一千。まずは敵の先鋒をお二人で崩していただきます。敵は、こちらが五千を連れていると思っているはず。その半数しかいなければ、分断を狙ってくるでしょう。おそらく、ジャハーラ殿の左右から騎馬隊を先行させ、回り込ませて退路を断とうとしてくるはずです。突出してきた騎馬隊へは、アーサー殿、カート殿の一千ずつで波状攻撃を仕掛けて対処します。それでジャハーラ殿とナーラン殿が逃げ出す隙を作り出せるでしょう。そして、撤退に移ります。撤退線上にある破壊した都市の中に、百名ずつ……そうですね、五隊に分けて隠しておくのです。そうすれば、敵は追撃を仕掛けるにしても慎重にならざるを得ません」


 百名ずつの伏兵ならば隠しやすいし、敵もどれだけの伏兵が潜んでいるのかを判断しにくいだろう。


「それでは、二重目の伏兵には精霊術師を多めに配置しよう。それで敵は迂闊に攻め込んではこれまい」

「銃などのルーン・アイテムもそちらに回すのが良いでしょう」


 スッラリクスの答えに、ジャハーラは満足した。


「軍師殿は、どうする?」

「何としてでもついていきますよ。ジャハーラ殿をこんな場所で失うわけにはいきませんからね」


 自信なさげに答えるスッラリクスの間抜けな顔を、ジャハーラは笑った。


「まるで、軍師殿がついていなければ、おれが自ら死地に飛び込んでいきそうな言い方ではないか」

「い、いえ……そういうわけでは……」


 うろたえるスッラリクスの姿に、ジャハーラは再び大声で笑った。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 こうしてルノア大平原の北部で、クイダーナ帝国軍とルージェ王国軍が衝突した。ランデリードは自ら騎馬隊を率いていた。オールグレン王子も騎馬隊の中軍についている。王子の周りは、特に屈強で信頼のおける騎士で固めている。


 敵兵発見の報が入ったが、数が明らかに少なかった。二千五百、ルノア大平原に入ってきた帝国軍は五千と聞いている。半数はどこかに潜んでいるということなのだろう。


「伏兵がいるのは間違いないな。デュラーに歩兵部隊を前進させるよう伝えろ」


 指示を出す。デュラーの歩兵隊が前に出る。敵が丘陵の陰から顔を出した。


「ジャハーラ! 貴士王の情けを忘れ、王国に仇なす不届き者よ! その首、王国騎士団がもらい受ける」


 デュラーの声が、風に乗って微かに聞こえた。


「ほう、面白い。人間族風情が、この炎熱の大熊公ジャハーラの首を取ると。やれるものならやってみるがいい! 相手をしてやろう」


 ジャハーラが答えた。デュラーの声とは比較にならない程にはっきりと、その声は届いた。


 デュラーの歩兵隊が突撃していく。

 平原を、人が埋め尽くしたようだった。敵の二千五百など、ものの一瞬で押しつぶしてしまうだろう。


 そう思ったのもつかの間、方々で火の柱が上がった。天にまで届きそうなほどの、太くて長い炎の柱だった。

 兵たちの悲鳴が上がる。ランデリードは眩しさのあまり目を手で覆った。何とか眼を開いて戦場を見る。火の柱が順々に破裂している。兵士たちが吹き飛んでゆき、平原には円形に焦げた跡が残された。


「これが、魔族の純血種か……」


 ランデリードは戦慄していた。さらに、爆風で兵が吹き飛ぶ。

 敵の精霊術は、火の柱だけではなかった。大地が盛り上がり、丘陵を新たに作り上げている。馬は転がり、兵は投げ出される。そこに帝国軍の弓矢が降り注ぐ。


「無理に近づくな! いつまでも精霊術は使えまい! 弓矢で対応しろ!」


 デュラーが指示を出している。炎の柱が、また上がった。動ける兵たちは逃げ惑う。

 柱が、破裂した。硝煙と土煙が上がる。

 その煙の中へ、王国軍の矢が一斉に放たれた。万を超える弓矢は、太陽の光さえも陰らせた程である。


「やったか……?」


 風が吹いて、硝煙を流していく。遠くに、敵が退却しているのが見えた。

 さらに風が吹く。煙が晴れた先に転がっているのは、王国軍の兵の姿ばかりである。


「丘を迂回し、敵の退却口を塞ぐ! 続け!」


 ランデリードは叫ぶように言うと馬腹を蹴った。いくらジャハーラが強力な精霊術を使えようとも、いずれ限界がくる。そこまで追い込むことだ。

 歩兵隊はかなりの被害を受けている。彼らが前進するのには、時間が必要だろう。ここは、騎馬隊で先に退路を断っておくべきである。


 ジャハーラの作り上げた丘を迂回し、騎馬隊を敵の背後に向けて進ませた。


「敵の伏兵があるとすればこのタイミングだろう、注意させろ!」


 言った傍から、敵の一隊が姿を現した。一千程の敵騎兵が、林の中から飛び出してくる。後続の一部が崩されたようだ。


「敵は少数だ! このまま反転して血祭りにあげるぞ!」


 ランデリードが反転しようとしたとき、反対側のなだらかな傾斜の下から敵の一隊が頭を出した。一斉に矢が放たれ、騎馬隊の一角が崩される。

 即座に騎馬隊を二つに分けた。敵の伏兵をそれぞれ叩くのだ。数の上では、圧倒的に王国軍が優位なのである。


 大地に、衝撃が走った。ジャハーラの精霊術だ。土煙が、視界を遮る。


「このままだ、敵はこの先にいる!」


 ランデリードは土煙の中を猛進した。影が見える。ランデリードは剣を抜いた。影も近づいてくる。


「待て! 味方だ!」


 分けた騎馬隊の一隊だった。勢いを殺しきれず、一部で同士討ちが起きる。

 煙が、晴れる。遠くに、まとまった帝国軍の姿が見える。四千はいるだろう。煙の中で、敵は集結したようだ。最初から、こうなることを予想して合流地点を定めていたとしか思えない。こちらの犠牲は五千以上になるだろう。


「まるで敵の手のひらの上だな……」


 ふう、とランデリードは息を吐いて呼吸を整えた。しかし、ジャハーラの精霊術もそろそろ限界だろう。敵が一直線に退却していくのが、その証左だ。


 追うべきか、追わぬべきか。ランデリードは逡巡した。デュラーの歩兵隊が敵を追いかけていく。オールグレンは騎馬隊を振り返った。オールグレンの姿を認め、安堵する。


「追うぞ!」


 ランデリードの号令の下、ルージェ王国軍はジャハーラを追った。敵は歩兵ばかりだというのに、逃げ足が速い。もともと魔族は人間族よりも体格や身体能力で優れている上に、精鋭揃いのようだ。

 厄介だったのが、廃墟と化した都市の中に潜んだ伏兵だった。数は大したことがないが、無視するわけにもいかない。やっと帝国軍に追いすがったと思ったタイミングで、見計らったように敵の伏兵が精霊術や銃撃を仕掛けてくるのだ。


 次第に王国軍の陣形は伸び、騎馬隊と歩兵隊が分離する。デュラーたち歩兵隊と、ずいぶん距離が開いてしまった。ランデリードは馬を止めた。周囲にいるのは、一万騎程のようだ。


「深追いしすぎるな!」


 ランデリードは指示を飛ばすが、先頭を走る騎士たちにまで指示は届かない。陽が陰り始めている。追撃もここまでだろう、と思い始めたとき、ランデリードはオールグレン王子の姿を見た。目を疑う。先頭を駆け抜け、ジャハーラに突撃していく集団の中に、オールグレン王子がいる。王子は中軍にいたはずではないか。戦闘の混乱の中で前へ駆けだしてきたのか。


「オールグレン王子をお止めしろ! 急げ!」


 ランデリードは慌てて叫んだ。


 気弱な王子が、どうして先頭を駆けていたのか、ランデリードには想像することしかできなかった。武功をあげてほしい、というランデリードの想いが伝わりすぎたのか。それとも、帝国軍を早く打ち倒し、民を守りたいと思ったのか。


 突出してしまった騎馬隊は千騎あまり。その中にオールグレン王子がいる。西日が、帝国軍の騎影を細長く作り上げている。馬を駆る。視界の先で、帝国軍が反転しているのが見えた。追撃の先頭を走っていた王国軍が、敵の騎馬隊に飲み込まれていく。揉んだのは一瞬だった。一千余りの王国軍は、五千の帝国軍の総攻撃を受けてしまった。立場が逆転し、崩された王国兵たちは雲の子を散らすように逃げ去っていく。ランデリードは必死で馬を駆った。


(こんなところで、オールグレン王子を失うわけにはいかない!)


 兄との約束を果たせなくなる。それは、ランデリードにとって何よりも怖ろしいことだった。


 散らせた王国騎士たちを、帝国軍が追いかける格好だった。

 ランデリードの一万騎が追ってきていることに気が付いたのか、帝国軍は逆襲するのをやめて撤退していく。陽が落ち切り、辺りが見えなくなった。


「王子は? 王子はどこだ?」


 火が焚かれる。ジャハーラの部隊は、もう闇の向こうである。

 ランデリードは辺り一帯に捜索隊を出すよう命じた。デュラーたち本隊が追い付く。野営の準備をさせると同時に、死体を検分するように命じた。


 翌日の陽が落ち始めるまで、およそ一日にわたって、捜索が続けられた。オールグレン王子は、どこにも見つからなかった。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


※現状の配置まとめ


挿絵(By みてみん)


※矢印の大きさや、都市の細かい位置には突っ込まないでください……。

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